過ちも罪も穢れさえ全て、あなたがいてくれれば消えてしまうような気がする。 「おや、イルカ先生、何してるんですか?」 「あ、こんばんは、カカシさん。」 居間に座り込んで何かしていたイルカは、片手に酒瓶を携えたカカシの姿を認めると柔らかく微笑んだ。 通い慣れたイルカの家だ。カカシは遠慮せずに上がり込むと、イルカの手元を覗き込んだ。 「おや、桃の花ですか。」 ふくよかな香りに包まれた薄桃色の花とつぼみをつけた桃の花をイルカが活けていたのだ。 「イルカ先生ってなかなか風流ですよね。」 感心したように呟くカカシに、イルカは照れたのか、頬を走る傷を軽く掻いた。 「まあ、我流なんですけどね。実は生徒が折り紙の雛人形をくれまして…」 カカシがちゃぶ台の方へ視線を向けると、形よく折られた雛人形が一組置かれていた。鮮やかな模様の入った折り紙で作られている。 生徒からの心を込めた贈り物なのだろう。 「まあ、桃の節句は女の子のものですが、この際関係ありませんよ。雛人形っていかにも春って感じがするでしょう?」 「そうですね〜。ここのところ、随分暖かくなりましたしね。」 カカシは雛人形へと視線を落とす。平面の愛らしい雛人形。ふと訊いてみたくなった。 「そういえば…イルカ先生、流し雛って知ってますか?」 「ええ、知ってますよ。雛人形に一年の過ちとか災いを託して川に流すんだったかな…。」 花を活ける手つきを止めることなく、イルカが淀みなく答える。 「あれって、オレたち忍びに似てませんか?」 依頼主に応じてターゲットを殺す。全ての穢れや憎しみを身に背負う。忍びというのはそんな職業だ。そしてそれを浄化できるのは、死んだときだけだ。 一瞬空気が緊迫する。 「…っ」 「そんなふうにくよくよ考えるなら、忍びなんてやめなさい。里にとっても邪魔なだけです。」 一瞬のうちに、桃の枝をイルカがカカシの喉元に突きつけたのだ。 「…危ないでショ。」 きっぱりとしたイルカの言葉と行動に、いささか傷ついたカカシは、背後からイルカを抱きしめた。 「ゴメンナサイ。ちょっと考えてみただけですから。」 ぎゅっと抱きしめるカカシに抵抗することなく身を預けたイルカは、腕を後ろに回し、カカシの髪をさらさらと撫でた。 「…馬鹿ですねえ。あんたの穢れとか過ちなんて、俺がいくらでも引き受けてあげますよ。」 穢れなんで別に怖くも何ともないから、もっと俺を頼ってくれればいい。カカシさんほど才能も力も地位もあるわけじゃないけど。それでも 互いに歩んでいきたいから。 忍びをやめろ、なんて言ってみたけれど、カカシにも自分にも許されない話だろう。きっと死ぬまで忍びとして生きていくのだ。 でも言ってみたかった。二人ならそれも叶うような気がしてしまったから。 イルカは小さく笑うと、振り返ってカカシに口付けた。 どうせなら、俺はカカシさんへの想いを乗せた雛を流したい。その流れはあなたに届くだろうか。 |