ザシュ…。刀の振るわれる音を聞いたとき、イルカはこの道を通るのではなかったと心の底から
後悔した。火影に頼まれた密書の受け渡しの任務を終え、早急に里へ帰ろうと森の中の近道を通ったのがいけなかったようだ。
殺気がこちらまで漂ってくる。 (ここは里から近いから、一方は木ノ葉の忍びだろうか。) とりあえず、場合によれば助けに入る必要があるかもしれない。面倒なことになったとイルカは進む方向を変えた。 だが、ひたりと忍び寄ってくる殺気と、それに伴うチャクラに心当たりがあった。 (ま、まさか…このチャクラは…) 間違いない。先日、任務後のひと時の安らぎを台無しにしてくれた某上忍のチャクラだ。まさかカカシがあの場所を暗部の任務後に 使用しているとは知らなかったのだ。じぃっと見られたのがどんなに気まずかったことか。 (まあ、カカシ先生ほどの人なら任務は完遂するだろう。) 正直関わりたくないのだ。どうやら先日の邂逅でカカシの興味をそそったらしい、自身の裏の顔に迫られそうで。 そして、くるりと踵を返そうとしたときだった。 「おや、まだ一匹いた。」 クナイの鋭い一閃がイルカに向かって飛んでくる。とっさに自身の持つクナイで弾き返したものの、体勢を整える間も許されず、傾いた体で 木の幹を蹴ってクナイの飛んできた方向へと飛び込む。こんなふざけた事をするのはたった一人しかいない。 「カカシ先生!悪ふざけはやめてください!」 腹立ち紛れにそう叫んで、カカシの足を払おうと蹴り込むと、元凶であるカカシはひらりと避けた。 一瞬見えた表情はひどく楽しそうで、イルカの気分を逆なでする。 「おや、敵かと思ったらイルカ先生じゃないですか〜」 しまった、と思った瞬間、脇腹にピタリとクナイが突きつけられていた。 「油断した、って顔に書いてありますよ、イルカ先生。」 任務帰りだったんですか、奇遇ですね、と嘯くカカシをひと睨みすると、カカシは楽しそうな顔をした。 「いや〜思ったとおり、イルカ先生強いですねえ。」 ああそうかよ、あんたに負けたけどな。…畜生。 実力云々という話ではない。圧倒的な経験の差だ。敵がどこから攻撃を仕掛けてくるか、予測することができるだけでなく、勘も ずば抜けている。暗部で数々の死線を潜ってきた忍び。その事をまざまざと見せつけられたようなものだ。 ぼうっと無言で考えに耽っていたイルカを現実に引き戻したのは、ぬる、と唇に触れた暖かさ。 カカシの舌だった。そのまま唇を貪られる。 「んんっ…!何すんだっ!」 思いっきりカカシの体を引き剥がし、ぐいっと口を拭うイルカの姿に、カカシはさほど落胆もしていない様子で、あらら、と呟いた。 「イルカ先生、オレあんたのこと気に入ってるんですよ。笑顔の裏にいくつ仮面を持ってるのか知りたいしね。この前のイルカ先生の 体すごくそそられたし…ね。」 また、任務ご一緒しましょうね、と笑い、イルカに反論させる暇もなくあっさりと姿を消したカカシに、イルカは呆然と立ち尽くした。 「…な、なんなんだ。あの人は…」 悔しいことに、顔は火照っていた。 ――抜き身の白刃は、闇夜に陶然と笑う。 |