ゆめのあわゆき。




   夢淡雪



   
「…なんで正月まであんたと過ごさなきゃならないんですか…。」
勝手知ったる我が家のごとくイルカ宅を訪れると、つれない恋人(一方的呼称)は不機嫌にそう吐き捨てた。
「え〜いいじゃないですか。恋人と正月を過ごすのは当たり前のことでしょー。」
「誰が恋人だっ!」
即座に切り捨てたイルカは、こたつに入ってテレビの正月番組を観ていた最中らしい。 卓上にはお約束の蜜柑の入った籠。おせちをお重に詰めた残りらしき品々がつまみ代わりに盛り付けられた皿も乗っていた。 お重に詰めた方は後でナルトと食べるのだろう。
「イルカ先生、これお土産です。」
カカシが取り出したのは、限定生産の銘酒。
「……あんたからはもう酒は貰いません。」
若干未練がありそうな表情でイルカは断りを入れた。イルカがカカシに付き纏われるきっかけ――すべての元凶はカカシが媚薬を入れた高級銘酒だったのだから。
「な〜に?イルカ先生アノ時のこと思い出してるの?大丈夫、正月くらいはおとなしくしますよ〜。」
「うっさい!帰れ!」
イルカの魂の叫びも届かず、カカシはいそいそとこたつの中に潜り込んできた。

「…久しぶりですよ、年末正月と任務無しで過ごせるのは。」
カカシの意外な言葉に、イルカはまじまじと彼の顔を見つめる。口布を外し、のんびりと蜜柑の皮をむき始めたカカシは 穏やかな表情をしていた。
「少しは平和になってきたって、信じてもいいんでしょうかねぇ。」
まだまだ対立国との間には溝がある。いつ発火するかわからない導火線もあちこちに埋まっているが。
「少しでも民が穏やかに生活できるように、努めるのが俺たちの使命です。…ただ敵を殺すことだけじゃない。」
そうだ、この一年もまた、誰かを助けることが、一人でも多く救うことが自分たちの使命。国が揺るがないように影から支えることが大切な役目。
「イルカ先生は強いねぇ。」
真っ直ぐな言葉。意志の強い透徹した瞳。すべてがカカシの心を揺さぶることなど多分イルカは知らない。
いや、きっと自分自身思っているよりもずっと、彼に固執しているのだ。

食べ散らかしたつまみ、蜜柑の皮、からっぽになった酒瓶。
うとうと。そんな音が聞こえそうなくらい眠たそうにしているイルカに、カカシは苦笑する。普段ここまで隙を見せるイルカではない。 これは『こたつマジック』なのだろうか。
本日何個目かの蜜柑を頬張ったカカシは、ゆるりとイルカの頬に触れる。
「…蜜柑の皮むいた手で触れないでください。ばっちいから。」
うあーべとべとする、と、うつらうつらしているイルカが眠そうな声で咎める。
「…イルカ先生。ばっちいって…。」
一瞬絶句したカカシだが、安らかなイルカの寝顔に何もかもがばかばかしくなってしまう。
「まぁいいや。」
こんなイルカを見ることなんて滅多にない。いつも用心深く構えている人だからこそ、愛しいその姿。 本当は守りたいものはほんの一握りしかないのだけれど。彼の守りたいものなら自分も守ってやりたいと思う。 小さなあくびをしながらカカシもまた、ゆったりと眠りに引き込まれていった。



   ばっちい=汚いの幼児語。だそうです。以前は方言だと思っていました…。
   たまにはカカシ先生を拒否しないイルカ先生(笑)
   2007 元旦 陸城水輝




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