密やかに愛を語れ



   
あの世で再会出来るなんて、そんな奇跡信じられるものか。



燻る焔、転がる死体。彼方此方で上がる怒号、悲鳴。堅牢な守りを誇るはずの城は、 いとも簡単に侵入者を許し、戦場へと早変わりしていた。

――その戦場は数刻後、炎に包まれ廃墟と化した。
その様をずっと凝視しているのは二つの影。かろうじて焼け残った城の裏手にある高見の櫓の上に佇んでいた。
「あーあ、何もなくなっちゃいましたね。誇っていた栄華も塵となる…か。」
のんびりと呟いたのは、狗の面を被った銀髪の暗部。おもむろに面を外す。口布で覆ってはいるものの秀麗な顔が露になった。
「…顔を晒すのは頂けません。いくらあなたが有名な『はたけカカシ』だとしても。」
控えめに嗜めるのは、隣に立つもう一人の暗部。こちらは狐の面を被っている。髪の色は銀髪とは対極的な黒。肩につく程度の長さの その黒髪を、紺の組み紐で低い位置に結わえていた。
「大丈夫だってー、敵は皆殺したはずだしぃー。」
ふざけた口調でカカシは笑い、それに、と付け足した。
「あんたがこんなに使えると思ってなかったからねぇ。」
写輪眼のカカシに並んで見劣りしない忍びはそう多くない。彼はこの任務でカカシに勝るとも劣らない動きを見せたのだ。 初めて任務を共にした者に、安心して背中を預けることなど滅多にない。
「勿体無いお言葉をありがとうございます。」
面を被っているものの、男が笑ったのがカカシにはわかった。顔が見てみたいと思ったが口には出さない。
「あんたとはやりやすかったよ。また組むことがあったらよろしくね。」
「…私が単独任務以外を受けることは多くありませんが、機会があれば…。」
「……ふうん。」
言外に自分が特殊な暗部であるということを滲ませる男にますます興味が沸く。すらりと伸ばした背、穏やかな物腰と丁寧な口調。 それらを持つ男は、先程まで凶刃を振るっていたなどとは思えない落ち着いた態度をしていた。
名前だけでも教えてもらおうと、口を開きかけたそのときのことだった。
今なお炎を上げ続ける城へと、女がよろめきつつ近づいてくるのが見えたのだ。美しいであろう顔は煤に汚れ、 高く結い上げていた豊かな黒髪は乱れ、豪奢な衣は泥にまみれている。
「いやですっ!殿…、殿!」
女は悲痛な悲鳴を上げて、その場に泣き伏した。
「…彼女は?」
「城主の第三夫人…つまり側室です。」
「皆殺しにしたんじゃなかったんですか。」
「身分の低い側室ですし、子がいるわけでもなかったので見逃してあげたんですよ。」
「ほぉー。」
気のない相槌を打つ男の姿には、微塵の感情の変化も感じられなかった。それを横目で確認したカカシは、女へと視線を移す。 女が銀色の光を閃かせたのが見えたからだ。

女は自身の喉に懐刀を突き立てていた。迸る紅が衣や地面に飛び散る。崩れ落ちるように地面に打ち伏した彼女はやがて動かなくなる。 舞を舞うときのように、ふわりと長い袖が翻ってそのまま彼女の体の上に重なった。――ヴェールのように。

「あの世で結ぶ赤い糸…か。」
つい先程まで血が通っていたはずの『彼女』から目を逸らすことなくカカシは呟いた。
第三夫人という微妙な身分で、女がどのような暮らしをしていたのかはわからない。野心を持って正室たちと寵を争っていたのかもしれないし、 属国の人質として泣く泣く嫁いだのかもしれなかった。…真実など死を選んだ本人以外知らない。
「はたけ上忍はああいうのがお好きなんですか。」
カカシの隣で黙って成り行きを見守っていた男は、それだけを口にして不意に櫓から飛び降りた。女の亡骸の傍へと立ち、何かの術式を 発動させる。すると、女の亡骸は跡形もなく消え失せた。
「何したの?」
遅れて男に続きその隣に移動したカカシの問いに、男は静かに燃え盛る城を指差した。
「城に移動させました。どうせなら同じ場所で消し炭になったほうが幸せでしょう。」
女の最期に見合う最後の安息地。ささやかな心遣いを滲ませる男の行為はどこか優しさを感じさせた。
「…あんたは。」
「…はたけ上忍は、ああいうのがお好きなんですか?」
カカシの言葉を遮るように男は先程の問いを繰り返す。
「まあね、この世から愛するヒトがいなくなるのは辛いからねぇー。どうせなら後を追って欲しいし、後を追いたいねぇ。」
何故か彼に、普段絶対に口にしない思いを吐露してしまう。
喪った人は数え切れないほどで。もう手の届かないところへ行ってしまった。死にたい訳ではないが、時々その場所に憧れる時がある。
「私は逆ですね。」
面で表情は隠れているはずなのに、男が笑うのがわかる。
「愛する人を喪っても、その人に焦がれて焦がれて愛し続ける。それこそ狂うように…ね。」
カカシはその言葉に何も返すことが出来ず、男が面を外す姿を凝視した。――男の正体は。
「そういうのが俺の好みです。」
「……イルカ先生。」
名前を呼ばれた彼はいつものスマイルを見せた。受付で、アカデミーで見せる笑顔。けれど暗部姿のイルカは普段の彼とは異なる凄絶さを纏っていて。

それを見た瞬間。
恋に、堕ちた。



   拍手お礼文から。最期通告の暗部バージョンな感じ。1年書き続けて元に戻った感じです(笑)
   最後のほうは息切れがして書き逃げになりました…
   2006 09 24 陸城水輝




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