子供たちとの簡単な任務を終え、いつものように報告書を提出した。 けれど待機所へは寄らず、一人、里の外れへ向かう。 うっそうと繁る木々が立ちはだかる、道とも言えぬ道を抜けてゆく。すると突然、開けた場所に出る。 ちょうど家1軒が建ちそうなその空間の中央に立って見上げれば、火影の顔岩が木々の間に覗いた。 そしてカカシの足元には、控えめに積まれた石。その前に膝をつき、ぽつりとこぼす。 「オレもこんな歳になっちゃった」 何を供えるでもなく、ただ報告のように呟いた。 この言葉だけで、充分な気がする。 無口というより言葉で表現することが苦手だった、ここに眠る人には。 いや、ここには誰もいない。ただ、カカシの気持ちで石を積んで奉っただけで、遺骨や遺髪どころか、 遺品一つ埋まってはいない。 あの人がこの世に遺したのは、伝説のような名前と、カカシ一人きりだ。 はたけサクモという男が、遺したものは。 あの三忍を凌ぐとまで言われた男の痕跡がたったそれだけかと思うと、虚しさも感じる。 だが、仕方がない。 忍びには何も残らない。遺してはならない。それが掟だ。 それでも名を遺し、子を残しただけ、父は恵まれていたと言える。 例え、里に慰霊碑に名前が刻まれることもないとしても。 あれは、任務中に殉死した『英雄』たちの為のものだ。どんなに名があろうとも、任務と関係なく自ら 命を断った者の名は刻まれることはない。 それが、文字通り命を賭した『英雄』たちへの礼儀であり、残酷なまでの里の不文律。 子供だった時分には、それが飲み込めずに、後悔しても仕切れない馬鹿なことをした。今でも、日々 自分を責めずにいられない程のことを。 そんな風にまた、自身の闇──いや、殻というべきだろう──へ落込みそうになる。 吹っ切るように、カカシは立ち上がった。 そしてはっきりとした声で告げる。 「来年からは、二人でくるね」 ただそれだけを──幾つもの思いを込めたそれだけの言葉を、告げるために今日はここへ来た。 自分の生まれた日に、父へ自分の行き方を報告するために。 背を向けると、木々の間を風が吹きぬけた。髪を揺らすその風が、懐かしい声を呼び起こす。 ───おめでとう、カカシ そう言って、父が自分の頭を撫でたのは、あれは何時のことだったか。 とても遠い記憶だ。 けれど、とても暖かく、そして少しだけくすぐったい。 カカシは苦笑し、足を速めた。 今、やっと見つけた、自身の帰る場所へと。 もはや通いなれた、と言えるほどに辿った道の先。 夕暮れを過ぎ、宵闇に包まれたその家の窓に、ぼんやりとした明かりが点っている。 扉の前に立った。それと殆ど同時に、それが開く。 溢れ出す光と暖かな空気に、体中から嫌な気持ちが剥がれていくようだ。 「おかえりなさい」 笑って出迎えてくれる人が、当たり前のように言った言葉に、胸が熱くなる。 初めて、そう言って迎えてくれたことを、この人も分かっている。 「どうしました? 入らないんですか?」 少し憮然と、それ以上に照れくさそうにするその人が、愛しくてたまらない。 「イルカ先生……」 抱きつくように上がりこみかけ、慌てて後ろ手に扉を閉めた。 それから改めて抱きしめ、額を肩口に押し付けたて気持ちを落ち着けてから耳元に返す。 「ただいま」 ちらりと見えたテーブルは、この関係が始まった時と同じ食器が並んでいた。 2つ並んだ藍地のグラスには、切り子で刻まれた時期外れの桜。それが、最初だった。 この人との繋がりが欲しくて、必死だった自分が思い出される。そして、彼も覚えてくれている。 それが嬉しくて、気恥ずかしくて、そんな自分が情けなくて、幸せで息が苦しくて、動けない。 「……ただいま」 「おかえりなさい、カカシさん」 苦笑しながらも抱き返してくれる腕の強さは、どんな言葉よりも優しく思えた。 |