虚血性心疾患
Ischemic Heart Disease〈IHD〉



 虚血性心疾患は心筋の栄養血管である冠動脈の狭窄や閉塞により心筋の虚血や壊死を伴い心筋の機能不全をきたすものである.心エコー法では冠動脈が直接観察出来るのは冠動脈主幹部や,エコーの描出しやすい小児などの場合であり,通常は虚血に伴う心筋の壁運動異常(asynergy)を観察することによって心筋梗塞の診断と梗塞範囲の評価が行われる.また,逆にこの梗塞範囲からこの範囲を潅流領域としている病変冠動脈も推定される.

 1)壁運動評価
 心エコー法では探触子の操作によりあらゆる断面が描出可能であるが虚血生心疾患による壁運動評価には米国心エコ−図学会
(American Society of EchocardiographyASE)により提唱されている左室壁16分割モデル1),2),3)やそれに近い断面で壁運動評価が行われている(図5-14).このモデルでは胸骨傍−長軸断面,胸骨傍−短軸断面,心尖−4腔断面,心尖−2腔断面の4断面を基本断面としている.この4断面のうち胸骨傍−長軸断面,心尖−4腔断面,心尖−2腔断面の3断面では心基部から心尖部方向にかけて左室壁を心基部,中央部,心尖部と3等分する.

胸骨傍−短軸断面では心基部(検索レベル)および中央部(乳頭筋レベル)の短軸断面では左室壁を前方中隔,前壁,側壁,後壁,下壁,中隔の6分割,心尖部では前壁,側壁,下壁,中隔と4分割する.

この時の各部位での壁運動評価は大きく4段階で評価され,壁運動異常のある分割部分で虚血を伴ったと判断される(表5-5).

  2)壁運動評価断面の描出法

 紙面の都合により壁運動評価に利用される4断面のうち運動評価に最も適した胸骨傍−短軸断面の描出法について述べる.

a)胸骨傍−短軸断面(Parasternal short axis view)

 胸骨傍−短軸断面は心基部から中央部,心尖部まで描出されれば壁運動評価のほとんど全体が評価可能なほど壁運動評価に適した断面である.描出法としてはまず探触子を第3ないし第4肋間付近に置き,胸骨傍−長軸断面を描出する.この時,視野内の中央で超音波ビームが心室中隔や左室後壁に可及的に垂直に投入されるよう注意する.次いで探触子を時計回転方向に約90度回転し胸骨傍−短軸断面を描出し心基部側から壁運動評価をしつつ探触子を徐々に頭側に傾け心尖部まで壁運動評価を行う(図5-15).探触子を傾けていく際必要に応じては肋間も移動する.

健常心筋では心筋の収縮に伴う壁厚の増加と心室中隔や左室壁の収縮期左室内方運動,右室壁の内方(左室方向)運動が観察される4)(表5-5).

 この時,右室容量負荷症例や開胸術後症例などでは健常心筋であっても右室壁や心室中隔の左室内方運動が認められないこともある.従って壁運動評価には心筋の運動方向のみでなく収縮期壁厚増加の有無を特に注意する必要がある.

 

3)ASE左室壁16分割と冠動脈潅流領域

 壁運動評価を16分割モデルで行った場合,各分割部位と冠動脈の潅流領域との関連がわかれば病変冠動脈が推定される.冠動脈は大きく分けて右冠動脈,左冠動脈前下降枝,同回旋枝の3本より構成されている.右冠動脈は大動脈弁右冠尖バルサルバ(Valsalva)洞から起始し右冠状溝,後室間溝と走り右室壁や心室中隔後方3分の1を潅流する.この潅流領域はASE左室壁16分割では4,5,6,10,11,16番に対応する.左冠動脈は左冠尖バルサルバ洞から起始し1〜2p走ったのち左前下降枝と回旋枝に分岐する.前下降枝は前室間溝にそって心尖部まで下降し心室中隔の前方3分の2と左室側壁,心尖部を潅流する.この潅流領域は1,2,6,7,8,12,13,14,15,16番に対応する.回旋枝は左冠状溝(房室間溝)から左室後側壁と走行し左室後壁や側壁を潅流する5),6),7).この潅流領域は3,4,9,10,15番に対応する(図5-14).

 以上,冠動脈の大まかな潅流領域とASE左室壁16分割との関連を述べたがこれらの潅流領域は各個人によって多少異なるところもあり壁運動異常範囲から病変冠動脈を推定する場合にはこのことも考慮する必要がある.

 

4)症例

a)前壁−前方中隔心筋梗塞

 図5-16は左前下降枝の閉塞によ前壁−前方中隔心筋梗塞を発症した症例である.心筋梗塞部位では壁運動はakinesisで壁の菲薄化も伴っている.梗塞部より心基部側では壁厚が保たれ壁運動も正常であった.

b)冠動脈瘤

 図5-17は川崎病既往患者において左前下行枝に冠動脈瘤を呈した症例である.通常冠動脈は主幹部近位部がかろうじて描出されるのみであるが冠動脈瘤症例では瘤状冠動脈が明瞭に描出されることも多く,症例によっては瘤内血栓なども描出される.

c)心室中隔穿孔

 図5-18は前壁−前方中隔,下壁梗塞症例において梗塞部心室中隔に穿孔を呈した症例である.心筋性状を失い瘢痕化した梗塞部心筋では脆弱となるため穿孔を来すことがある.穿孔部は断層像だけでは描出困難なこともあり穿孔部短絡血流のカラードプラ表示が非常に有用な手段である.

d)左室内血栓

 通常左室内は血液鬱滞を生じないため血栓を生じることは無いが心筋梗塞症例では壁運動低下に伴い血液鬱滞を呈し血栓を生じやすい状態となる.特に心尖部に血栓を生じることが多く,心尖部を含めた心筋梗塞では注意を要する(図5-19).

 紙面の都合により代表的な症例や合併症のみを示したがこの他にも冠動脈潅流障害により乳頭筋機能不全や腱索断裂などを生じ僧帽弁閉鎖不全を呈する症例などもあり,虚血生心疾患では常にカラードプラ法での血流評価も行う必要がある.

 

5)おわりに

 心エコー法は非観血的に心筋の性状,壁運動,壁厚の増減などをリアルタイムに観察可能な簡便な検査法である.最近の超音波装置ではその性能の向上により心筋内血流の評価8)(図5-20)やコントラスト剤という媒体を血中投与し冠動脈潅流領域を描出する事も可能となってきている.これからもますます臨床の場において多くの情報を簡便に提供する検査法となることが期待される.