動作法とは・・・

     兵庫教育大学 発達心理臨床研究センター・トラウマ回復支援分野
教授 ・冨永良喜
                               


動作法は、
催眠から生まれたわが国オリジナルな心理療法であり、
障害指導法であります。

  心理療法としての動作法についてお話しします。

描画や音楽には心が描かれるというのは、みなさんよくおわかりだと思います。
動作法では、動作や姿勢に心がすでに描かれていると考えます。

気が沈んだときは、背中が丸くなり頭がうなだれます。
がむしゃらにがんばって仕事をしたときは、
腰が痛くなったり肩がこったりします。

動作法では、
ふだんの生き方が姿勢や動作にあらわれていると考えるのです。

気づかずにがんばりつづけている自分、
気力がわかずに動けない自分、
そういった自分に、
からだを動かすことで、気づいていくのです。

  ひとりでも、「気づき」は可能ですが、
投げやりな気持ちや、マイナス志向が回っているときは、なかなかうまくいきません。
「もうだめだ」「自分はなんのとりえもない人間だ」と傷ついてしまったとき、
そっと肩に手をおいてくれる人がいて、
「あなたはあなたでいいんですよ。がんばってきたじゃないですか。じゅうぶんですよ」
と言ってもらえば、少し元気が回復していきます。

動作法は、そんなプラスのメッセージを他者がからだをとおして送る方法ともいえます。
そして、少し元気がでてきたら、外界へチャレンジしたくなります。
「できない」と思っていたことでも、挑戦してみたら、うまくやれそうだという気になることもあります。



 震災で家屋が全壊の経験をした脳性マヒの障害をもつAさんは、
震災後、食欲もなくなり身体を動かすこともほとんどしなくなり、
お医者さんからPTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断されました。
そんなAさんをつれて大学のセンターにやってきたのは、震災後半年してからでした。
「Aさん、肩をぎゅーとあげて力をいれてごらん!」
と求めても、まったく動かせませんでした。
援助しながら動きを求めていくと、少しずつ動かせるようになりました
お母さんの話しによれば、
そのころから少しずつ、元気になっていったといいます。
「からだに気づくことで、自分をとりもどしてきたように思います」
ともお母さんはいわれていました。

  動作法のほんのひとコマを紹介しました。

動作法については、以下の本をごらんください。



『動作とイメージによるストレスマネジメント教育』

山中寛・冨永良喜編著(2000) 
北大路書房 より抜粋。



1節 動作法の歴史

  小林茂(1966)は脳性マヒ青年を催眠に誘導したところ、
上がらなかった腕があがることを報告した。
この報告を受けて成瀬悟策(九州大学名誉教授)は、
脳性マヒ児者の運動改善を目指した心理学的なアプローチをはじめた。
催眠は言葉の理解ができないと難しいこと、
催眠にかかりにくい人がいること、
催眠状態から覚めると効果が持続しないことなど、
限界があることがわかった。
そこで、催眠中の何が運動の改善をもたらしたのかを検討した。
わかったことは、リラクセイション(弛緩)が大切だということであった。

リラクセイションには、自己弛緩と他律弛緩があり、重要なのは、自己弛緩の方であった。

他律弛緩は、筋肉などの身体が弛緩するために身体に直接働きかける方法であり、
筋弛緩剤やマッサージなどがその代表である。
自己弛緩は自分が身体を弛めるという行為と能力をさし、
暗示を自分で唱える自律訓練法と身体に力を入れて脱力する漸進性弛緩法が代表的であった。
すなわち、筋肉など身体が弛んでいる状態と自分が身体を弛めるという行為を明確に区別した。
自己弛緩法の自律訓練法は自己催眠であり、
漸進性弛緩法は、脳性マヒ者の場合ますます緊張が強くなるということで、適切ではなかった。


 そこで、他者に四肢を動かされると緊張が強くなるという事実から、
他者が四肢を少し動かし、緊張が生じたところで、
本人が弛めるまで待つという「他動援助弛緩法」が開発され、
「弛緩訓練」と名づけられた。

ここで、援助する人をトレーナー、
援助される人をトレーニーと呼ぶ。
例えば、
トレーニー(脳性マヒ児)の曲がっている肘をトレーナーが伸ばすとトレーニーの緊張が増大する。
この緊張は、筋の緊張としてあらわれるし、心の緊張としてもあらわれる。
トレーナーは、
「いま、ぎゅーと頑張ってるね。ふわっとできないかな」と声かけする。
少しでも、トレーニーが弛めることができると、
「そうそう、いまの感じだよ。上手だね。」とフィードバックし、
トレーナーの援助の手を弛める。
トレーニーは、トレーナーの言葉かけや援助の手の感じから、
自分で弛めるコツを少しずつ習得してゆく。
 また、単一関節部位を自分でうまく動かせるように援助する単位動作訓練、
日常生活の動作の基本となる立位や歩行を援助する基本動作訓練が考案された。

弛緩訓練、単位動作訓練、基本動作訓練を総称して「動作訓練」と呼び、
組織的な訓練法が開発されていった。

 成瀬らによる脳性マヒ児への研究成果は
朝日学術奨励賞を受けるなどマスコミでも大きく報道され、
全国から脳性マヒ児が訓練を受けに訪れるようになった。

そこで、森繁久弥らの「あゆみの箱」の基金で
福岡県朝倉郡夜須町に「やすらぎ荘」が建設され、
そこを本拠地として、1週間集団宿泊形式の訓練キャンプが開始された。

訓練キャンプでは動作訓練が中心となったが、
脳性マヒ児への心に働きかける方法として
遊戯療法が重視され「集団療法」として位置づけられ、
また、食事・排泄などの「生活指導」も重視された。

「動作訓練」「集団療法」「生活指導」の3つを柱とした「心理リハビリテイション」が生まれた。

  「動作訓練」は、養護・訓練の主要な方法として養護学校に受け入れられていった。

初期の頃、やすらぎ荘を訪れた脳性マヒ児は、
緊張は強いが動きがよい子が多かった。
だから、弛緩訓練を中心に訓練を行えば、
あとは、自分で動かし方を工夫し、運動が改善していく事例がたくさんあった。
ところが、障害が重度重複化していく中、
弛緩訓練中心では、キャンプが終わった直後はよいが、
すぐに元に戻るということが多々みられるようになった。
また、この足首がもう少し伸びればといったトレーナーの情熱が、
ついつい他動の力を強め、
その結果、訓練をいやがるようなトレーニーがでてきた。
子どもの心を大切にする訓練法でありながら、
訓練を拒否する子がでてしまうのは、おかしい。
そこで、技法の改変が試みられた。
坐位や膝立ちや立位といった姿勢動作の中で訓練をするという方法が考案され、
「タテ系動作訓練法」と名づけられた。
姿勢動作中心だと、訓練成果がすぐに日常生活に活用される。
また、弛緩の成果がすぐに姿勢や動きの成果として感じられやすいので、
訓練をいやがることがほとんどなくなった。
 例えば、坐位訓練では、
背中が屈となっている時は、トレーナーに身体を任せるようにまず弛緩(お任せ脱力)を行う。
身も心も他者に任せる体験がトレーニーにできるように援助する。
少しでも任せられるようになると、頭から尻まで一本の軸をつくり、
力をいれる練習(軸づくり)をする。
また、腰がひけていると、腰を起こし前に股を折る弛緩をする。
腰を立てたまま、頭からお尻に軸をつくり、身体を立ててゆく。
次に、左右のバランスづくりのために、
右・左の尻にうまく体重を載せる練習(左右の踏みしめ)をする。
  このような、タテ系動作訓練法は、
させられる体験より、自分でする体験が強調されるため、
訓練への拒否も少なくなったのである。



2節 動作法の理論

  催眠によって、脳性マヒ児者の運動が改善されたことから、
脳性マヒ児者への心理的な働きかけについての研究がなされた。

ひとつは、集団遊戯療法である。
脳性マヒ児10名を集めて、週に1回、1時間程度の集団遊びを行った。
その結果、運動の改善がみられた子どもと、逆に、運動が悪化した子どもがでてきた。
運動が改善した子どもは、もともと外界への興味関心が乏しい子だった。
運動が悪化した子どもは、リーダー的存在の活発な子だった(大野清志,1989)。

もうひとつの研究は筋電図バイオフィードバックである。
大野博之(1967)は、まだ、バイオフィードバック研究が世界的に普及してない頃、
脳性マヒ者に、筋電図の波形を提示し、その波形を小さくするように求め、
随意的に筋緊張を弛緩することに成功した。
 この事実と、催眠による事実から、
成瀬は、意図−努力−身体運動の理論を提唱した。
すなわち、身体運動は、意図と努力によって実現されるものであり、
その一連の過程を「動作」と呼び、「運動」と明確に区別した。
  集団遊戯療法で、運動改善が見られた子は
、もともと意図が不活性な子であり、
他児の活発な動きに伴い意図が活性化され、
その結果、膝立ちをするなど運動が改善されたと説明できる。
一方、運動が悪化した子は、もともと動きがよく、意図は活性化していた。
ところが、自分なりの努力の仕方で頑張るので、
それが強化され、筋緊張が強くなったと説明できる。
また、催眠での運動改善は、
直接、「努力の仕方」に働きかけたためだと説明できる。
また、筋電図バイオフィードバックでは、
身体運動としての緊張弛緩の情報が詳しく与えられたため、
身体(身体運動)と心(意図や努力)の関係を変えることができたと説明できる。

  「意図→努力→身体運動」という動作図式は、あたりまえのようだが、
今の医学や教育の現状を見ると、この動作図式が驚くほど新鮮にみえる。
例えば、医学での脳卒中の後遺症のリハビリテイションをみれば、
多くは他動訓練がなされている。
これは、手足の硬さをやわらげるために、
機械的に、手足の曲げ伸ばしを理学療法士が行うのである。
患者は、理学療法士が行う他動運動に身を任せばいいのであろうか、
または、一緒に動かそうと努力すればいいのであろうか。
そういった、患者の構え、意図・努力の仕方を一切問うてないのが、他動訓練である。

一方、教育をみれば、
50mを車椅子で何秒で走れたか、
といった成績中心の取り組みがなされている。
脳性マヒ児の場合、
頑張らせた結果、
腰痛がひどくなり、車椅子にも座れなくなったといった報告もある。
この結果中心の「頑張れ」教育は、
普通教育でも日常化している。
「頑張れ」という意図への働きかけと
何秒でという身体運動の結果のみに、視点をおき、
「努力の仕方」を考慮していない。

このように、いま実践されている療法や教育をみると、
動作図式は、新鮮な枠組みを提供している。
  つぎに、心理療法として動作法をとらえる時、
「体験様式」と「体験内容」という概念が重要になる。
人はみな悩みを抱えている。

例えば、
過去の失敗(△のa)が思い出されて苦しいと悩んでいる人のことを考えてみよう。
△の中味が、体験の内容である。
精神分析やカウンセリングでは、
その過去の失敗から連想することを求める。
そして、時には母子関係の歪みまでさかのぼることもある。
それは、体験内容に視点をあてた心理療法である。

動作法による心理療法では、
その内容ではなく、過去の失敗とのつきあい方(矢印)に視点をあてる。
過去の失敗が思い出されると、
どう自分が身構えているかということを尋ねる。
身体に力が入り心臓がドキドキし、居ても立ってもおられない。
そうならば、そういった構えを変えるために、
身体を弛めたり、しっかりと立つ練習をし、
過去の失敗とのつきあい方を変えていく。
過去の失敗という思い出に圧倒され、
コントロールできなくなっている自分のあり方が問題なのであって、
過去の失敗という内容そのものが問題となるわけではない。
そういった立場の心理療法を「体験治療論」とよんでいる。
 動作法では主たる体験を三つ考えている(成瀬,1999)。

「生活体験」と「動作体験」と「ともなう体験」である。

  「生活体験」とは、
日常生活を送っているときの体験のしかたであり、ひいては生き方である。
例えば、
勉強や仕事をするときにその結果のみを重視して
しゃにむに頑張るような生き方をしている人もいれば、
周りの人に気を遣ってばかりいて自分の気持ちを抑えてしまう生き方をしている人もいる。
そういった生活体験のしかたでは、
神経症や心身症などさまざまな問題を引き起こす。

そこでストレスマネジメント授業や動作法では、
日常生活での頑張り方や生き方の基となる望ましい努力のしかたを提案し、
そこで得られる動作の体験を「動作体験」とよび、
またその「動作体験」にともなうさまざまな体験を「ともなう体験」とよんでいる。

ともなう体験には、
ほっとしたといった安心感、
なにかやれる気がするといった自己効力感、
自分の身体をいたわろうとする自体慈愛感、
他者の努力を実感する共感などがある(展開編、第1章参照)。
こういった「ともなう体験」が起こって、
はじめて望ましい生活体験の変化が生じる。

そこで、体験ワークにあたっては、
「勉強や仕事をするっていうのはがんばることだよね。それはとっても素晴らしいことなんだけど、がんばり方っていうのがあるよね。例えば、肩をあげて耳までくっつけようと思ってください。その時に、全身に力をいれて肩をあげることもできれば、肩だけ力をいれて他は適度に力をぬくっていうがんばり方もあるよね。
全身力を入れていては、すごく疲れちゃうでしょ。勉強している時もたまにそういったがんばり方を点検してみるといいですね。」と教示しながら行う。

  動作法では、
援助の手段として、直接、身体にふれる。
この「身体にふれる」ことの理論的な意味をおさえておきたい。
「自分ではどうしても力の抜き方がわからない。力が入っているのかさえわからない」とういった時に、
他者から動かしてもらうとよくわかる。
他者にさわってもらうとよく感じられる。
自分ができないところを、できるようになるために、
手伝ってもらうのである。

つまり、自己理解や自己コントロールを促進するために、
他者からの「ふれられる」という援助がある。
そして、自分で緊張を感じられたり、
力をうまくぬけるようになれば、
いつまでも、援助していては、かえって、妨げとなる。

「身体にふれる」というのは、
「してもらう体験」から「自分でする体験」へと変えていくための、
援助の一過程にすぎない。
これは、スポーツの援助で、
生徒の身体を補助するのと同じ考えである。

だから、ふれあうことで、人間関係をよくしよう、仲良くしよう、ラポールをつけよう、といった目的で、
「身体にふれる」のではない。

このため、動作法によるストレスマネジメントは、
構成的グループエンカウンターでの肩もみや肩ほぐしなどといった体験ワークとは基本的に異なる。
また、自閉症児を対象に「とけあう体験」を重視した動作法を考案した今野(1997)とも異なる。
自己理解を深めるために、他者の援助が有効であるという考えに基づいている。

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  冨永先生の事・・・☆見た目は・・・トトロみたいな先生。
              ☆心は・・・・・ゆったり、ふっくら、たっぷり・・・・・そんな先生。
            ☆「そう・・そう・・いいじゃない?!」・・・が口癖の先生。
          ☆障害を持つ子供達みんなが大好きな先生。
        ☆優しい言葉の裏側に、チョッピリ本音を語りながら・・・障害を生きる
         人達や悩みを抱える人達と共に歩もうとしてくださっている先生。