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子供の紹介
記・YAMATOくんのおかぁさん

やまとはこの1月で7歳になりました。
「たまごちゃん」のなかでは一番年上で、現在小学校一年生です。
二歳の時 急性脳症を発症して、
その後遺症で身体的にも知的にも重度障害・・・・・
と書くと すごく弱々しい感じがしますが、
不自由ながらもよく動いて暴れてどこに行っても 「ゲラ」 と呼ばれるくらいよく笑う、
実は 元気いっぱいパワフルな男の子です。
障害児通園施設の外来保育と訓練(PT・OT・ST)を一年間、
措置通園(母子通園)で一年間、
その後、地元幼稚園に単独通園を一年間、
そして昨年の四月から地元小学校に入学し毎日元気に登校しています。
入学に際して、障害児学級(支援学級)を新設していただきました。
担任の先生とやまとのマンツーマンの学校生活です。
学級の名前は、『あおぞら学級』と名前を付けていただきました。
見ることが苦手なので、その分聴力に頼るのか『地獄耳』です。
音が大好きで、
音楽だけに留まらず、物音や遠くの雑音、スーパーの店内放送までもが、
やまとの遊び道具です。
でも、一番好きなのは子供の声、お友達の声が大好きです。

動作法とやまと
1999年7月に発症、
4ヶ月の入院を経て、
退院後は入院していた病院の外来でリハビリ通院、
それに加えて通園施設での外来訓練に通うようになりました。
中途障害で、気持ちの整理もうまく出来ないまま、
とにかく以前の姿に戻したい一心で
無我夢中であちこちに連れまわしていました。
喋っていたのに喋らない、歩いていたのに歩かない、
車やミニカーが大好きで道行く車にきらきらと目を輝かせていたのに・・・
何の興味も示さない見てくれない・・・・私は焦るばかりでした。
そんな時、病後知り合った方の紹介で、動作法をされている先生に出会いました。
2001年5月から、その先生に週一回の割合で訓練して頂いています。
何の知識も無いまま、人と人のつながりの中で、動作法と出会い、
勧められるままに初参加した一週間キャンプで、
またたくさんの先生方や保護者の方々と出会い、
動作法によって、私たち親子の世界がどんどん広がっていきました。
私の場合、動作法に興味を持って始めたわけではなかったので、
人から聞いた動作法の話の良い面ばかり、自分たちに都合のいい所だけを掻い摘んで、
すぐに効果の出る特効薬のように思ってしまっていました。
実際私はキャンプに参加すれば、
やまとは歩いて帰れると信じ、子供の靴を荷物に忍ばせていきました。
もちろん、急に歩くわけがなく、目を見張るような変化はありませんでしたが、
それでも確実に手応えを感じ
一歩前進したと思える充実感いっぱいで帰ってきました。
参加して本当によかったと思っています。
やまととの関わり方を見つめ直すきっかけにもなりました。
特別の道具を使うわけではなく、
互いを信頼し感じあうような訓練方法に共感しました。
動作法を始めて、二年半以上が経ち、
現在やまとは自力で体を起こし、座れるまでに成長しました。
補助して立たせると、しっかり足を踏みしめることも出来ます。
病後、首も据わらず、まるで赤ちゃんに戻ってしまったかのようなグニャグニャの身体が、
今では信じられないほどしっかりしました。
一日や二日で効果の出る秘薬ではなかったけれど、
一年、二年・・・と確実に、前へ前へ歩き出しているのを感じます。
でも一番大きく変わったのは私自身ではないかと思います。
「障害=不幸」という気持ちで、暗く沈みがちだった私ですが、
今では病気をする以前よりずっと毎日が充実し、
何事にも前向きに、寛容(いい加減!?)に、
楽しく過ごせるようになりました。
それはアニーさんとの出会いや、
動作法を通じて知り合ったたくさんの方々に教わったような気がします。
初めて出会ったときのアニーさんには、強烈なオーラを感じましたよ〜(笑)
その人並みならぬ明るさに驚き、元気パワーを分けて頂いたような気がします。
それから、動作法を勉強する中で、子供との関わり方を見直すようになり、
障害の有無にかかわらず、
やまとや、やまとの兄弟に対しても、言葉のかけ方、手をさしのべるタイミング・・・・
子供(相手)の身になり物を見ること、
感じる事を心掛けるようになりました。
子供の成長が楽しめるようになったのは、動作法と出会えたお陰だと思います。
11月からは「らんらん」に仲間入り、また新しいつながりが出来ました。
月一回の訓練会が、親子共々楽しみです。

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