みゆうが生まれて(記・2004.4月みゆうママ)

 平成14812日、予定より2ヶ月早くみゆうは生まれました。
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gという小さな身体にいろいろなチューブをさされているのを見て、
安定期に入ったからと無理をしすぎたことを本当に悔やみました。

2ヶ月が過ぎ、なんとか退院できる体重になり、
みゆうを家に連れて帰ったときのうれしさは今でも忘れることが出来ません。

その後、10ヶ月の健診で身体がしっかりせず、
おすわりもできないので
MRIの検査をすることになりました。

「生まれてからも何も問題はなかったし大丈夫」といわれてはいたものの、
結果、脳周囲白質軟化症による脳性麻痺と診断されました。

今になって思えば、
抱っこしたときの感じや目の動きに不安に思うことが多くあったことは事実です。
そのときは、先生の
「未熟児だしね。大丈夫、もう少し様子をみましょう。」
という言葉で心の奥にある不安を打ち消していただけなのかもしれません。

それからは、障害児となったわが子をどう受け入れればいいのか、
毎日が葛藤でした。

大学で障害児教育を学び、障害児と接する機会も多く、
それなりに分かっているつもりでした。

それなのに、
それがわが子のこととなると、
こうも簡単に崩れ去るものかと自分の弱さに絶望し、
思い描いていたみゆうの将来にも、
また、これからの自分の人生にも絶望感を覚えました。

みゆうのことより自分の人生がなくなることを考える自分を情けなく思い、
気分は沈んでいくばかりでした.

そして、まだまだ一つの壁を乗り越えたに過ぎませんが、
色々な思いを乗り越え、
今は、みゆうと共に明るくたくましく生きていこうと決心するまでになりました。

そのひとつのきっかけが
アニーさんのホームページにたどりつき、
動作法をはじめるに至ったことです。

動作法との出逢い

 病院で診断を受け、
何か良い方法がないかとパソコンを開き、
脳性麻痺にかかわることを調べ続けていた私は、
Nさんのホームページからアニーさんを紹介していただきました。

アニーさんの
「一人じゃないんだよ。大丈夫だよ。」という最初のメールは
今でも私の大事な宝物です。
このメールでどれだけ私の心が救われたことでしょう。

ホームページでの出会いがきっかけで動作法を始めるに至ったわけですが、
人との出会いってほんとに不思議です。

もし違うホームページに先に辿り着いていたとしたら、
もしメールをしてみようと思わなかったら、
今のこの出会いはなかったのですから・・・。

動作法がみゆうのこれからの成長にどれだけの力になってくれるのか、
座れるようになるのか歩けるようになるのか、
まだ分かりません。
動作法についても初心者で、全く分からないといってもいいぐらいです。
これから少しずつ学んでいきたいと思っています。



今の時点で動作法って何?と聞かれても答えられません。
でも、これだけは確かなこと。

アニーさんやたまごのお友達、
そのお父さんお母さん、
そして先生方という素晴らしい人々と出会えたことです。

みゆうが生まれて出会いの大切さを日々実感させられます。

明るく、たくましく、元気に、みんなで生きていけるといいな。

そして、
いつかは私も、
「大丈夫。
1人じゃないんだよ。」って言えるようになりたいなあ。




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