![]()

![]()
![]()
![]()
〜心理リハビリテイションの会第26回全国大会(千葉大会)での体験発表より〜2000.12.10〜
兵庫県 親の会の**でございます。
この度、順天堂大学の飯島先生より、
「若いおかあさんの今の体験を発表して欲しい」とのお話があり
現在、兵庫の親の会の代表をさせていただいております関係で
私が発表させていただくことになりました。
どうぞよろしくお願い致します。
まず、わたしと子供との動作法との出会いとその後の関わり、
体験を申し上げ、その上で現在の心境をお伝えできればと思っております。
また、兵庫県の親の会の活動の一部を報告したいと思っております。
![]()
動作法との出会い
兵庫県における動作法は、大変歴史があり、
子供さんの年齢が30歳を過ぎている今でも、
月例会やキャンプに参加されているお母さん達もいらっしゃり、
成人された子供さんとともに生き生きと動作法を頑張っていらっしゃいます。
私の息子は、
この3月、肢体不自由養護学校の高等部を卒業し、19歳になりました。
私には3人の子供がおりますが、
次男は,その中の双子の一人として生まれ
未熟児だったため、知的障害と脳性麻痺による障害を持つこととなりました。
私と次男の動作法との出会いは、
次男が養護学校に入学した、その年の七月で、
ある先輩のおかあさんに声をかけていただいたことがきっかけとなりました。何もわからないままに
8月に開催された兵庫県の1週間療育キャンプに参加しました。
それまで、訓練としては、ボイタ法,ボブァース法をはじめ、
自分なりに一生懸命関わってきたつもりでしたが、
「動作法」という言葉は その時始めて 耳にしました。
後でわかった事ですが、その頃は、動作法がタテ系に変わった頃でした。
古くから動作法をされてきた お母さん達や子供達は、
新しい手法にとまどい少し混乱しながら
キャンプに参加されていたように思います。
私自身は、動作法という言葉を始めて聞いたわけですから、
タテ系がなにかも解らないままに研修を受け、
動作法とは、とりあえず
(ほめたりおだてたりしながら体をしっかりさせる訓練法なのかなぁ)
というのが正直な第一印象でした。
首もすわらず、全身がグニャグニャで、発語もなく、オムツをつけ、
どこまで理解できているかわからない、
私の子供にあぐらをかかせ、うしろから
「そう・・・・そう・・・・そうよ!」
と声をかけている トレーナーやスーパーバイザー。
何がどう
「そう・・・そう・・・・そうよ!」
なのか理屈もわからなければ、見よう見真似で訓練しても、
微妙な手応えも 感じられない私でした。
二人の幼い姉兄達を 留守番させ、
1週間キャンプに参加していた私は、
この1週間で、次男の成長発達させる手がかりを、
少しでも身につけたいと考え、 それはそれは必死の思いでした。
始めて出会ったスーパーバイザーの先生に、
ボイタ法やボバース法と動作法の違いを質問しつづけました。
たまにやっとの思いで寝返りをする我が子、
首もすわっていない我が子を どうあつかったら、
少しでも発達するのか質問を繰り返す私に、
そのスーパーバイザーの先生はおっしゃいました。
「ボイタ法もボバース法もあるけれど、比較するのではなく、
毎日とにかく一生懸命 子供とかかわってごらん!
毎日努力したらきっと子供はかわります。
継続は力です。
そして、1年たったら また会いましょう・・・・。」と。
うまれてすぐから、延々と繰り返す痙攣発作と
、体力的に虚弱で、年に5回も6回も呼吸困難で 入退院を繰り返す日々。
3人の子供の子育てと
障害児の親として生きる 自分の人生へのあせりと不安
日常の絶えることのない疲労の中で
私はそのスーパーバイザーの先生の
「毎日努力したらきっと子供はかわります。継続は力です。」
という言葉にすがりました。
とにかく続けてみようと思いました。
キャンプから帰った次の日から 毎日夜寝る前の
「そう・・・そう・・・そうよ!」
が始まりました。
とりあえず見よう見真似で あぐらをかかせ
後から肩に手をそえ 本人が自発的に動かす様子が感じとれたら
「すごーい!上手!かしこねぇ!そう・・・・そう・・・・・そうよ!」
と言ってみる事から始まりました。
私の言葉を どこまで理解できているのかわからない子供に
ほめる言葉をかけることの、照れくささと抵抗みたいなものがありました。
私と子供との動作法の第一ステップは,
まず 子供を声を出してほめるてれくささから 私自身が抜け出す事でした。
この手とこの心をセンサーにして
チョットでも反応が感じとれたら 照れずに
「スゴイ!!!やったねぇ!!!」
と言葉に出して、自分の気持を表現するようになることでした。
また、同時に、発達してほしいという思いが ありすぎて、
・・・・こうしてごらん。ああしてごらん。・・・・
・・・・ああしてほしいなぁ。こうしてほしいなぁ。・・・・
そうゆう言葉ばかりを使って子供とかかわっていた自分を反省もしました。
![]()
次男の変化
続ける中で、子供はどう変わっていったのでしょう。
1年たっても首はすわりません。
これといった身体的な変化が目に見えてあったというわけでもありません。
ただ大きな変化は
「さぁ!!!訓練しましょうかぁ!!!こっちにいらっしゃいよぉ!!」
と私が座布団を指差すと
大喜びで目を輝かせるようになったことです。
30分から40分、呪文のようにからだをさわりながら
「上手ネェ!!!かしこいねぇ!!!そう・・・そう・・・そうよ・」
を繰り返す私との時間を待ち望むようになりました。
私はそうゆう訓練の様子や変化を記録しました。
それは子供のためというより、自分のための記録でした。
訓練中の表情、
ちょっとした顔つきの変化
私の声かけにたいする反応を記録することで、
子供の成長や発達の手応えを確かめたい!
また自分の努力も記録していきたい!
と思いました。
動作法と出会って 5,6年たった頃でした。
最初はわけもわからず夢中でやっていた私でしたが、
その頃は、少しずつ経験をつみ、研修を受け、技法も学び、
子供との訓練に自信を持って取り組む様になっていました。
スーパーバイザーやトレーナーの先生の
一方的な御指導によりかかるのではなく
子供の体や心の動きにあわせて、
親子での訓練が出来るようにもなっていました。
特に、下肢の緊張の為
七歳で股関節亜脱臼の状態になり、
脱臼の進行をなんとか予防したいと毎日一生懸命訓練しました。
家庭での訓練だけでなく、
学校教育の養護訓練の時間も有効に使ってもらい、
家庭と学校と連携して子供の体の改善をしたいと望んでいました。
私がもっとも学びたいと思い あせり・悩んだ時期でした。
悩みながらも
私は自分の手で子供の訓練が出来るという充足感をあじわってもいました。
子供も私との訓練が楽しそうでした。
毎日誉められながら 体をさわられることが嬉しそうでした。
![]()
先生方との出会い
ただ、私との関係は良好でしたが、
キャンプなどで、
私以外の先生にグイグイ力任せに体を扱われると
はっきりと
「ママとします!触らないで下さい!」
と訓練を拒否することもありました。
子供が13歳の頃でしょうか、
兵庫県に心理リハビリテイション研究会が発足して10年目の記念大会の時に成瀬先生に来て頂いたことがありました。
たまたま成瀬先生とお話する機会があり、私は先生にお聞きしました。
「子供の訓練ですが 今は私との訓練が楽しいらしいのです。
私も自分が一番適格な訓練ができていると思うのですが、
未熟なトレーナーとの訓練を拒否するようになっているのです。
どうしたらいいのでしょう・・・・・。」
すると、成瀬先生はにこやかに
「おかぁさんとだけしか訓練しないというのは
彼が本当の意味で動作法がわかっているということではないです。
誰とでも訓練ができるようになることをめざすことです。」
そうおっしゃいました。
その言葉の深い意味を、理解できぬまま、
その年の1週間療育キャンプに参加しました。
あまりベテランとはいえないトレーナーとの組み合わせでした。
中学から養護学校に転勤されたばかりの先生で、
運動部の指導で整体が得意なんです。
とおっしゃり 股関節脱臼の部位にばかり注意がいき、
体ばかりぐいぐい力任せにするような訓練でした。
案の上訓練はうまくいかず,
キャンプの途中から子供は自分の体を触らせようとしなくなりました。
子供の心に耳をかさず、
形にばかり気をとられ、
泣いている子供に訓練し続けるトレーナーに、
私は心の中で叫んでいました。
「私の子供は先生達のモルモットじゃぁない!」
「もう二度と訓練効果を目的としたキャンプには参加するまい!」
「子供の泣く姿を見たくない。家での訓練を地道にやっていこう!」
と思いました。
その時の総合指導は大神先生でした。
最後の日
泣きながら親の気持を訴える私に大神先生はこうおっしゃいました。
「**さんの気持は、親として当然な気持でしょう。
でも、
上手なトレーナー
期待通りの訓練効果・・・・・。
それだけがキャンプ参加の目的ではないのです。
いろいろな人との訓練を子供が体験すること。
その人との訓練を自分なりに受け入れていくことが、
子供の人生の糧になると思います。
そして親も色々なトレーナーと出会って、
その人と1週間どうかかわるかという勉強が、
**さんのこれからの親としての成長につながると思います。
こうゆう体験をして、
来年からキャンプ参加をやめるのも**さんの自由。
けれど、続けていったら、キット見えてくるものがあると思いますよ。」
そして、そう言い終わると白いTシャツに
頑張れ!かぁちゃん!俺達がついている!!!
と黒いマジックで大きく書いてくださいました。
継続は力なり・・・・・といいます。
私達親が継続する為には、支えが必要です。
頑張るには応援してくださる人が必要です。
現在まで、13年間かかさず1週間キャンプに参加してきました。
いろいろな先生との出会いがあり
笑ったり泣いたり怒ったりしながら積み重ねてきました。
今、成瀬先生がおっしゃった、
「誰とでも訓練出来るようになることをめざす」
という言葉の意味、
大神先生がおっしゃった
「訓練効果を期待する事だけがキャンプに参加する目的ではない」
という言葉の意味をしみじみかみしめています。
![]()
息子の自立
息子は中学部に進み、
さらに高等部に進み、
骨格の成長と共に家での訓練は、
いくら大柄な私といえども負担になってきました。
そして、あれほど私の訓練を喜んでいた子供も思春期になり、
人前で母親の私に訓練されることを嫌がったり、
体で抵抗するようになってきました。
親の私との訓練より、
動作法が初心者と言う方々との訓練でも生き生きと、
楽しそうにかかわるようになりました。
「あのぉ・・・・・・先生としたら、しやすいです。」とか
「これだったら、体がらくになります。」とか
「そこを持ったら立ちやすいです。」とか
自分の意思をはっきりと伝える様になり
若いトレーナーの先生をいたわり励ます様に
訓練をするようになりました。
子供の訓練は私が一番と思いこんでいた私には大変ショックなことでした。
訓練の場面での子供の心の変化は 日常のなかでの成長につながり、
何をしている時も、
僕は僕なんだと胸を張って自信満々に生きています。
私は始めて気付きました。
たとえ障害を持っていようとも
自立にむけて子供は成長するのだ。
子供は親の所有物ではなく、
親離れ子離れ・・・・当たり前のことなのだ。
子供の為という言葉をかりて、
私は自己満足の世界に酔っていたのではないだろうか。
動作法はしてやる訓練なのではなく、
寄りそう訓練なのだということ。
子供自身の生き方を認める訓練なのだということ。
![]()
動作法とは
13年前、動作法を開始した時は、
子供の心の窓をのぞくことなく、
ただ、外見上にこだわり、
しっかり首がすわってほしい。
できれば立てるように
できれば歩ける様に
そう願って続けた訓練でした。
19歳の息子は見違えるほど体は大きく成長しました。
しかし、歩ける様にも立てる様にもなったわけではありません。
しかし、なんとたくましい心の青年になったことでしょう。
嬉しい時はこの上なく幸せそうに笑い、
嫌なことには、はっきりとそれは嫌です!と言えるようになり、
おはよう!とみんなに声をかけ、
ありがとう!と大きな声でいいながら
生きています。
僕は僕なんだ!と胸を張って自信満々に生きている日常があります。
私には動作法が子供の心を成長させたのだと実感しています。
そして、動作法を学ぶことで、
私も自分の生き方を学んできたのだと思います。
![]()
動作法における親の役割
障害を持った子供の成長と発達を願って、
訓練という手段を通しほとんどの親は我が子と向き合います。
ボイタ法があり、ボバース法がありドーマン法があり、静的弛緩法がありその他いろいろな訓練法があります。
同時にいくつもの体があるわけではないので、
それらを比較しながらの・・・
その子にとっての絶対・・・
それはきっとないのでしょう。
でも、親は明日の成長をただひたすら願って訓練をします。
私は動作法を通して、子供の心と向き合ってきました。
子供の心と向き合うという事は、
私自身の心と向き合うという事でした。
動作法で学んだのは、
子供は障害に関係なく
、自立した一人の人間なのだという事。
たとえどんなに障害が重くても、
その内なる声に寄りそうのが親なのだと気付いたことでした。
![]()
動作法との出会いは、多くの人との出会いでもある
そして動作法との出会いは
、たくさんのお母さん達や子供達、先生達との出会いでもありました。
私と子供との歩みを支えてくれたのは、
家族、友人・先生達でした。
今学校教育を終え、
子供と私との生活を生き生きさせてくれているのは、
その人達との出会いとかかわりです。
![]()
兵庫県の動作法の歴史
歴史のある兵庫の動作法は、私が出会うずっと前から、
現場の先生達によって広められ、
兵庫教育大学の藤田先生・冨永先生・そして多くの現場の先生達によって
充実し発展してきました。
先生達の蒔いてくださった動作法の種子は、
様々の形で芽を出し、
小さな花を咲かせています。
県下2箇所で開催される1週間キャンプ。
肢体不自由養護学校連合での3泊4日の療育キャンプ。
県下肢体不自由養護学校各学校主催の校内キャンプ。
そして親がすべてを企画運営し
、トレーナー役をこなす親子訓練キャンプ。
県下20数カ所で運営されている訓練会と
そこでそれぞれ独自の特色を生かし実施されているミニキャンプ。
それぞれの先生達や親達が、独自に活動すると共に、
兵庫リハビリテイション心理研究会やその親の会の組織を充実させ、
仲間つくりにむけて今もコツコツ努力しているところです。
来年の兵庫での全国大会開催にむけて、
これまで支えあってきた仲間同志が心を一つにし、
さらに大きなステップになるように頑張ろうと思っています。
![]()
最後に
最後に、現在では,息子は養護学校を卒業し、在宅の生活を送っています。この5月、
私と子供との在宅生活が閉鎖的にならないようにとHPを開きました。
それをきっかけに、
全国の障害者や障害児を持つ親達とも知り合い、
心を通わせあうことができるようになりました。
そのトップページの言葉をお伝えして、
私の発表を終えたいと思います。
![]()
19歳の次男は重度重複障害者である
次男の人生は障害があるということで大きく変わった。
そして、私の人生も大きく変わった。
けれど、次男は自分が存在しているということに
自信を持ち・・・・生き生きと・・・・楽しそうに幸せな毎日を送っている。
私も次男と共に生きる日々を楽しんでいる。
私達家族も。
次男の幸福は自分のせいで誰かの生き方が犠牲になるのではなく
自分がいることで
周囲の誰もが自分らしい生き方を見つけ
存在そのものを受け入れられることなのだと思う。
ありがとうございました。
![]()
![]()
![]()