



母アニーは、僕を世渡りの達人と言う・・・・・・。
なぜって?僕はこの笑顔で
たくさんの人に愛され、たくさんの人を愛してきたから♪
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ギルは障害を持っています。
予定日より2ヶ月も早く、
双児の次男としてうまれ、
脳性麻痺による四肢麻痺と知能障害を併せ持つ
一種一級重度重複障害者です。
生後8ヶ月からは、てんかんも発病し、
未熟児や障害を持つ子供達のほとんどがそうであるように
幾度となく入退院を繰り返してきました。
かつて
言葉も無く、
体動も無く、
時折無心に笑う笑顔はあるものの、
周囲の人と心通わせ合っているという確信もないままに、
ただただ、毎日を無事に過ごすことだけを考えながら、
家事と3人の子供の育児と病院や訓練に通う日課を繰り返す生活でした。
日常の多忙さと精神的な苦しさ、
悲しみに押しつぶされそうになりながら、
障害ある子と共にどう生きていったら良いか
障害児に関するあらゆる情報に耳をそばだて暮らしていました。
ギルの将来を冷静に考えられるようになったのは、
三歳ぐらい、
長女が幼稚園に行く頃からだったでしょうか。
家族や限られた友人と家の中で過ごす事の多かった生活から、
長女の幼稚園生活を通して
送迎や行事の度ごとに長男の手を引き、
ギルをバギーに乗せ人の前に出る事も多くなり
姉兄達は障害児の弟がいる姉兄として、
私は障害児の母親として
自分自身を見つめる時期が来たのです。
心の平和を求めて最も悩んだ時期でもありました。
その頃私の胸にあったのは
障害児がいるからといって、
私自身の人生がなくなったと思いたくない・・・・・。
この子を疎ましい煩わしい存在として
姉兄が苦しむ事になってはいけない・・・・・。
そうゆう思いです。
人の目を恐れ、
背負って生きる重い人生から、
この子を私の前に出して、
この子は私の子です!!!
私の生んだかけがいのない愛しい子です!!!
そんな風に生きる人生を歩もうと思いました。
様々の人と関わり
できるだけ多くの友人を持ち
心を開いて人と接する事や
素顔で生きる心地よさを知る事で
私は自分が開放されていきました。
元気な子(心が)
明るい子(いつも笑顔で)
優しい子(愛されることより愛することに喜びを)
月並みですが、そればかり思ってきました。
いつもいつも思います。
愛されることに感謝して、
愛する喜びを知っている子になってほしい・・・・と。
障害を持つということは、
たいへん不便なことです。
でも、ギルバートが私達家族の中にいるということは
楽しさ、喜び、人生の充実を
確かな手応えとして味わえることです。
なんて大切な子でしょう!
ギルバートがいるおかげで
いつもいつも、笑いの絶えない日常があります。
私自身が、人として、女として、母親として、妻として
生き方を試されている日々があります。
ギルバートと共に生きるということは
私自身の可能性の挑戦でもあります。
ギルバートは、虹をかける仕事をする為に
障害を持って生まれてきました・・・・・
人と人の心の虹を次々にかけて行くのです・・・・・
青い空に、太陽のひかりを浴びながら、虹をかけて行くのです・・・・・
自分の全人生をかけて・・・・・
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