ラグラ



 


ジュリア・チャイルドは、ベキング・ウイズ・ジュリア(
Baking with Julia 1996. 325p )に、「ラグラはクリームチーズを入れたドウの中にレクバール(lekvar)を巻き込んだジェリーロール(ロールケーキ)様のクッキーである。」と述べている。 レクバールとは1350年以前からの料理書に記載があり、(チェコではlektvar,フランスではleituaire 、中高ドイツではlacwarje, latwarge, ハンガリーではlekvárスロバキアではlekvár、古フランスでleituaire、古ラテンではelectuarium )と呼ばれている「医用に使ったアプリコット乃至はプルーンの濃い砂糖煮」を示す。

一方、ラグラ(Rugelach)は、regelachの他、rugelakh,rugulach,ruggalach,rogelach,rugalach, rugalah,rugulah,rugalanado
などと綴る。イディッシュ語(西ゲルマン語群に属する高地ドイツ語の一つで
400万人のアシュケナージ系のユダヤ人が話す)では"rugel" は王族 ( royal ), twist(ねじった物)を意味する。


今のユダヤ民族は大きく分けてアシュケナージ系とセファルディム系があるが、その歴史は古い。古代地中海諸都市には、ユダヤ人共同体が多く存在した。ユダヤ人は自治組織を構成し、ギリシャ人と競合することが多かった。唯一神以外礼拝しない、特異な文化を持つ、独自の社会を構成するユダヤ人は特異な存在であるとみなされたからだ。彼らの起源は明らかではないが、700-800年に北フランスにアシュナジムらしき記録が存在する。(旧約聖書、創世記の10-3に、既にアシュケナシの名がみえる。)

ラインラントで第一次十字軍運動が起こるとそこに住んでいたユダヤ人に対して虐殺が行われた。ユダヤ人迫害の動きは1290年にイングランドで、1394年にフランスで、1400年代にはドイツ連邦に波及する。追放されたユダヤ人はオーストリア、ボへミヤ、モラヴィア、ポーランドへと移住する。1264年ポーランド王国は「カリシュの法令」を発布してユダヤ人の社会的権利を保護した。ポーランド分割後は新大陸へと渡ったり、西欧に戻ったりと移住をするものも現れたが、大多数はポーランド、ベラルーシ、ウクライナ西部に移住した。
その後、シオニズム思想の影響でオスマン帝国内のパルスチナに入植する者が現れた。ドイツではナチスが台頭しユダヤ系ドイツ人がアメリカ合衆国、当時イギリス委任統治領であったパレスチナに移住していった。彼らアシュケナージの間で伝えられてきたのが「ラグラ」である。


形が今の三角形になったのは、クロワッサンと同様トルコ占領下の、1683年の第二次ウィーン包囲時であろう。

ハプスブルグ君主国の一つであるオーストリア=ハンガリー帝国の首都が二回、危機に陥った。マルティン・ルターの宗教改革で混乱に陥った首都をオスマン帝国のスレイマンI世が襲った。1529年の第一回ウィーン包囲である。10万以上の軍勢を引き連れてウィーン城壁まで迫ったが13世紀に建設されていた市壁が堅固だったことと、予想より冬の到来が早かったことで、オスマン帝国はその年のうちに撤退した。二回目は、1670年代にペストで数万人にものぼる死者を出し、1682年にハレー彗星が接近し、凶兆の噂が流れたウィーンに1683年、オスマン帝国の大宰相カラ・ムスタファ・パシャが第2次ウィーン包囲を行った。15万以上の軍勢がウィーンへと迫った。包囲は8月初頭から1月までの約5か月間続いた。異教徒との衝突は、同時に文化的交流も引き起こし、オスマン英国に伝わっていたコーヒーがウィーン包囲を機にウィーンに伝搬した話はよく知られている。ラグラに似た形をしたものに、ハンガリアのキフリ( kifli )、オーストリアのキプフェル( kipfel )、ロシアのロガリック ( rogalik ), セルビア、ボスニアのキフラ  ( kifla ), ポーランドのロガール ( rogal ), ルーマニアのコーン ( corn ), オランダ、スェーデンのギフェル ( giffel )、ブルガリア、マセドニアの(кифла )がある。中にジャム、ケシの実、ナッツの練り物を入れてイーストで膨らませた中欧諸国の三日月型のパンである。これらの物もおそらくこのときに生まれたと考えられる。


国外追放、異国への移住を重ねる度にラグラを含むユダヤの料理は姿を変えていった。中欧で生まれたラグラは東へ西へと旅をして、今の姿になった。現在はアメリカとイスラエルでラグラが作られているが、双方のラグラは少し異なった姿をしている。

 

話は戻るが、ラグラとその中に詰めるレクバールの故郷は近い。乃至は一部分オーバーラップしていると考えられる。ラグラに関する書物は数が少なく、過去に残されたレシピからその歴史を辿ることは難しい。最近のレシピからその変遷を辿ることで、過去の歴史に思いをはせることにしよう。

 

ジュリア・チャイルドはレシピの中で材料の一つにクリームチーズを挙げているが、ラグラにクリームチーズを使うのはきわめて近年になってからである。アメリカにラグラが持ち込まれてから、かって使っていたサワークリームに代えて使いだしたようだ。味がそれほど変わらない(?)ことと取り扱いの良さからサワークリームをクリームチーズにかえた。サワークリームを使うのは中欧料理の特徴であることをここで述べておこう。


「ジル・マークスのユダヤ人の食べ物百科」
( Gil Marks’ Encyclopedia of Jewish Food2010 ) によれば、1940年代にはアメリカのベイカーは(アメリカ人がよくやるように)手早くラグラを作るためにイーストのドウの中にクリームチーズを入れたと述べている。1941年刊の「美しいユダヤの家庭」 (The Jewish Home Beautiful ) には、サワークリームを入れたイーストのドウで作ったラグラのレシピが入っている。作ったものを見る限り、母親が作ってくれたものと似てはいるが、膨らませる工程と時間と練る手間を省いたレシピであると著者は述べている。今、イスラエルではハンガリーやポーランドからやって来た人達が練って膨らませたラグラを作り、国中どこでもスーパーマーケットやベイカーで手に入れることができる。

 

ラグラはイスラエルの長い歴史の中で変化し、イーストを使ったドウからバターをたくさん使ったクロワッサンのような、薄い層状のイーストのドウになった。フィリングは中東色を帯びたものからチョコレート、ケシの実、シナモンを使ったものが主流となった。

 

下記にヌテラ ラグラ ( Nutella rugelach ) とチョコレートパンに似たパン オウ チョコラ ( pain au chocolat ) を紹介する。共にイーストのドウで作った、練りと折りを施した、しかし、手間のかからない1941年刊の「美しいユダヤの家庭」で述べられたものとは異なる、作ってみる価値のあるレシピである。

 

パン オウ チョコラ ( Pain-au-chocolat rugelach )

良質のチョコレートを使い、焼き立てを供するのが一番旨い。保存するときは密閉してサーブする直前に34分加熱するとよい。

 

ラグラ ( 35個分 )

材料

ドウ:

イースト             7g

湯                56g

砂糖               56g

小麦粉             460g

卵                1

暖めたミルク          170g

バター             60g

レモンの皮(卸した)      1TBS

塩               1 1/2ts

 

折り込み生地:

バター(室温に置いた)     300g

 

フィリング:

チョコレート(刻んだ)     225g

 

トッピング:

卵             1

砂糖            1TBS

 

1.  ドウ;56gの温水をボールに移して砂糖12tsとイーストを加える。

2.  イーストが解けるまで混ぜて泡が出るまで1015分間室温に置く。小麦粉、残りの砂糖をボールに入れてそこにイーストを入れる。ゆっくりと混ぜながら、卵、ミルク、バター、レモンの皮、塩を入れる。

5分間混ぜてラップにくるんで冷蔵庫で1時間保存する。

3.  軽く粉を打ち、二つに分けたドウを二枚のベーキングシートの上に延ばす。80x15cmの長方形に延ばす。ナイフで15x5cmの三角形に切る。18個の生地ができる。チョコレートの半分を三角形の23の場所に振る。指を使って延ばしながら、底から巻き上げる。できたラグラを5cmづつ離してベーキングシートの上に並べる。濡れたタオルをかぶせて40分間置く。残りのドウも同様に取り扱う。

4.  オーブンを176°Cに上げてラグラの表面に軽く卵を塗る。少量の砂糖を振りかける。1820分間焼く。

熱いうちに供する。保存方法については上に記しておいた。

 

 

イスラエルのヌテラ ラグラ ( Nutella rugelach )

ネテラというのはごく普通のジャンドゥーヤ(焙煎したナッツ類のペーストと、チョコレートとの混合物)を使う。

ヘーゼルナッツとチョコレートのスプレッド又は好きなものであれば何でもよい。ピーナッツバターチョコレートやアーモンドチョコレートでも構わない。

 

ラグラ ( 35個分 )

材料

ドウ:

イースト             7g

温水               56g

砂糖               45g

小麦粉              450g

卵                1

温めたミルク          170g

バター              60g

レモンの皮(卸した)      1TBS

塩              1 1/2ts

 

フィリング:

バター               300g

砂糖                180

ココアパウダー           110ml

 

トッピング:

卵                  1

砂糖                1TBS

 

1.ドウ;温水を56gをボールに入れて、砂糖1/2ts、ドライイーストを加える。イーストを溶かして室温に10-15  分間、泡が出るまで置く。

2.小麦粉、残りの砂糖をボールに入れてイーストを入れてゆっくりと混ぜる。卵、ミルク、バター、レモンの皮、 塩を混ぜる。

   5分間ゆっくりと混ぜてラップにくるんで冷蔵庫に1時間入れる。

 3.軽く粉を打ち、ドウを25x40cmの大きさに延ばす。フィリングをドウの2/3の広さに広げる。左側をドウの真ん  中に折り返し、右側のドウをその上にのせる。三層にドウを折って再びドウを25x40cmの大きさに延ばす。再び  三層に折る。

   ラップをして1時間冷蔵庫で休ませる。

4.冷蔵庫からドウを取り出してもう一度二回折り返す。ドウにラップをして1時間又は一晩冷蔵庫に入れておく。

 5.  軽く粉を打ってドウを二つに分ける。40x30cmに延ばしてヌテラをドウの半分上に広げる。フチを6㎜残し   て、幅の広い方から真ん中まで巻く。結果 40x15cmの長方形ができる。ゆっくりと巻きあげる。

6.ナイフでドウを15x2cmに切る。クロワッサンの形をしたものだ18個できる。5cmづつ離してベーキングシート  に並べて濡れた布をかぶせて40分間置く。残りの物も同じようにする。

7.176にオーブンをセットして、ラグラの上に卵を塗り、少量の砂糖を振って18-20分間焼く。


「あなべるお菓子教室」ではクロワッサンのように層状になった生地の中にくるみ、シナモン、砂糖およびアプリコットの手作りのレクバールを巻き込んだラグラをお見せしよう。