フルーツケーキ

  

 

 

57スペルト又はファリナ(穀粉)プディング

スペルトとナッツ、皮を剥いたアーモンドを白くするために湯に漬けて白い粘土で洗ったものを一緒にボイルする。レーズン、煮詰めたワイン又はレーズンワインを加え、一緒に丸いディッシュに入れる。
潰したナッツ(ナッツ、フルーツ、ブレッド又はケーキクラム)を上に振る。

これはアピキウスのレシピである。詳細な作り方は述べられていないが、粉の中にレーズンを主体としたフィリングを入れて、恐らく蒸したのであろう、それをディッシュにのせてアルコール度数の高い
甘いワインをしみ込ませ、その上に刻んだナッツ等をのせた。

デザートとはっきりと言える、この時代には珍しいレシピである。このプディングが今日本で認知されているイギリスのフルーツケーキの元となったのではないか? と思うのは私一人ではないだろう。
(プディングについては別項で詳しく述べようと思う。)

ザ・フォルム・オブ・クーリィのレシピの中で一番フルーツケーキに近い?ものと言えば、次の ルスチューズである。

182. フルーツのルスチューズ

イチジクと葡萄を用意し、掃除をしてワインで洗い、皮を剥き種を取った(あるいは傷んだところを取った)リンゴ、ペアといっしょに挽く。そこにグッドパウダーとホールスパイスを入れる。これでボールを作る。オイルの中でフライする。サーヴする。

これは フルーツのと断っているところからレントのレシピである。オイルは勿論植物オイルだ。

バターが使えるようになるのはインノケンティウスⅧ世 ( Pope Innocent VIII, 1432 – 1492/7/25 ) 1490年に「バター書簡(ドイツ北部のザクセン地方で作るシュトーレンにバターを使うことを許可した
教皇書簡 )」を出してからである。「多くの悪しき息子達が生まれ、娘達も生まれた。まさにこの人こそローマの父である」という言葉は、贅沢を尽くし、派手な女性関係を持ち、乱れた私生活を送り、
聖職売買、親族登用など、堕落した中世的のキリスト教の範でもあった教皇への痛烈な皮肉の言葉である。回勅によって魔女狩りと異端審問を活発化させたことでも有名である。

イングランドでは1600年代になるとバター、卵、砂糖を使った「ケーキ」が盛んに作られるようになる。1615年に出た次の料理書(The English Huswife by Gervase Markham1615)にはこれまでに
なくたくさんの種類のケーキレシピが入っている。バーバリーケーキもその一つである。このあたりからプディングとケーキがはっきりと分かれたようだ。正確に言うならば、プディングがあるところにケー
キが入り込んできた感がする。

バー バリーケーキ

旨いバーバリーケーキを作るには、カラント4ポンドをきれいに洗い乾いた布で乾かす。卵3個を用意して卵黄を1個取る。溶きほぐしてパン種と一緒に漉す。
クローヴ、メイス、シナモン、ナツメグを入れる。クリーム
1パイント、ミルク1パイントを火にかけて暖める。粉、バター、砂糖を卵とパン種の中に入れる。一時間以上混ぜる。
一部分を取って残りはピースに分けてカラントを入れる。形づくり、カラントを入れていないペーストでまわりを薄く包む。大きさに応じて焼く。

パン種を使って膨らませているところは、ブレッドとケーキの区別がされていないからだが。卵を使って効率よく膨らませる技術が確立するまではこの状態が続くのだろう。

ロバート・メイ1660年刊のTHE ACCOMPLISHT COOKに「フルーツケーキ」の名は見あたらない。「特別に立派なケーキ」、「アーモンドプディング」の2レシピ引用する。

アーモンドプディング

アーモンドを茹でて皮を剥いて潰す。クリーム1パイントで濾して挽く。篩ったペニーマンシェット、卵を4つ、砂糖、挽いたナツメグ、デイツ、塩をボイルしてバターと一緒にディッシュに入れてサーヴする。
ムスクダイン又はウエファーを突き刺す。すりおろした砂糖を振る。

特別に立派なケーキ

非常に細かく篩った最上の粉を1/2ブッシェル用意してそれを大きなペーストリィボードの上に置く。その真ん中に穴を作り最上のバターを3ポンド入れる。きれいに摘んだカラント14ポンド、
新しい濃い温めたクリーム
3クオート、潰した砂糖2ポンド、新しいエール3パイント、パン種又はイースト、細かく潰して篩ったシナモン4オンス、潰したジャンジャー1オンス、細かく潰して濾した
ナツメグ
2オンス、これらの材料を一緒に入れて普通の固さのペーストにする。オーブンが熱くなるまで温めておく。作って焼く。11/2時間焼いたら砂糖掛けする。二回精製した砂糖を4ポンド用意して
潰して篩う。深いきれいに磨いた
1ガロンの大きさの鍋に入れてキャンディの温度にまでボイルする。ローズウォーターを少量入れてケーキの上に流す。糖衣になるまでオーブンに入れる。

ハナ・ウーリィ( Hannah Wooley , 1672年刊 )のクィーン・ライク・クロジット( The Queen-like Closet or Rich Cabinet, stored with all manner of Rare Receipts for preserving, candying and cookery, very pleasent and beneficial to all ingenious persons of the female sex. )の中にプラムケーキのプディングがある。そのレシピは;

272. プラムケーキのプディング ケーキをスライスしてクリーム又はミルクの中に入れる。冷めたら卵、砂糖、少量の塩、マロウを入れる。平鍋にバターを溶かして焼く、又は腸にそれを詰める。
1802年にはジョン・モラード ( John Mollard ) がディ・アート・オブ・クッカーリー・メイド・イージィ・アンド・リファインド( The Art of Cookery Made Easy and Refined )でリッチ・プラムケーキを
取り上げている。

ハナ・ウーリィから130年後の プラムケーキである。

リッチ・プラムケーキ 溶いた卵白5,卵黄10個の中に篩った砂糖1ポンド、バター1ポンドを入れて分離しなくなるまでよく混ぜる。そこに洗ったカラントを1 1/2ポンド
、シトロンを
1/4ポンド、粉を1/4ポンド、スライスしたオレンジ又はレモンの皮の砂糖漬けを1/4ポンド茹でて潰したヨルダン産のアーモンドを1/4ポンド、
サルタナレーズンを
1/4ポンド、甘口のワインを1/4パイント(140ml/4,ブランディ1TBSを加える。卵白5個を加えてできるだけさっくりと混ぜる。

これは明らかに今日言うところのフルーツケーキだ。フルーツケーキは時代、地域、国別でそれぞれ呼び名が異なる。カナダ及び英連邦ではクリスマスケーキとして、
フランスでは
gâteau aux fruits ("fruit-cake") 又は単にケーキという呼び名で、ドイツではシュトーレン、アイルランドでは barmbrack の名でハローウィンに、イタリアの
シエナでは
Panforteが、GenoaではPandolceMilaneseではPanettoneと呼ぶ。ポーランドではKeks 、ポルトガルではBolo Rei、ルーマニアではCozonac、スペインでは
Bollo de higo is 、スイスではBirnenbrot。そしてイギリスではカラント、チェリーの砂糖漬けが入った物をGenoa cake、スコットランドのチェリーの入っていない物を
Dundee Cakeと呼ぶ。

フルーツケーキといえばイギリスと言われるように、中世になってポルトガル、東地中海からドライフルーツがイングランドにもたらされると、今日のフルーツケーキ
に似たフルーツブレッドが作られるようになる。スコットランドにはスコティッシュ・ブラック・バン(
Scottish Black Bun )があり、イングランドでは1700年に入ると
ブライドケーキ、プラムケーキが作られるようになる。

フルーツブレッドとフルーツケーキの関係を示すレシピがある。

それが、1727年、エリザ・スミス(Eliza Smith)のThe Compleat Housewife, or, Accomplish'd Gentlewoman's Companion-プラムケーキである。

プラムケーキ

カラント6ポンド、粉5ポンド、クローヴ1オンス、メイス1オンス、シナモン少量、ナツメグ1/2オンス、粉にしたアーモンド1/2ポンド、砂糖1/2ポンド、スライスした
シトロン
3/4ポンド、レモンとオレンジのピール3/4ポンド、サック酒1/2パイント、少量の蜂蜜水、エールのイースト1クオート、クリーム1クート、溶かしたバター
1/2ポンドを粉の真ん中に注ぎ入れ、滑らかになるまで錬る。紙に粉を振った篭に入れ、火の前に置いて膨らませる。

2001年刊、キャロル・ウイルソン編になるフェイバリット・ホーム・ベイキング・レシピ( Favourite Home Baking RecipesからBreads, Buns & Trecakes) の中にあるランカシャー・バン・ローフを
紹介してフルーツケーキの説明を終えようと思う。(下はスコティッシュ・バンブラック)
「古い」レシピであると記されているが、一体それが何時なのかはっきりしない。

ランカシャー・バン・ローフ

1ポンド用のローフパンに脂を塗る。強力粉11/2ポンド、塩1/2オンス、イースト1袋をボールに入れてバター2オンスを擦り入れる。暖めたミルク280ml、暖めた水140mlを入れて混ぜる。粉を打って
滑らかになるまで錬る。薄く脂を塗ったボールに入れてきれいなタオルを被せる。暖かい場所で
11/2~2時間、二倍の大きさになるまで膨らませる。粉を打った場所に移して空気を抜く。ドライフルーツ
(カラント
6オンス、レーズン3オンス、サルタナ3オンス)、ピールの砂糖漬け2オンス、ミックスト・スパイス1tsを入れて練込む。平らに延ばして巻き、型に入れる。二倍の大きさに膨らませて190℃で
3035分間焼く。

ハレー彗星の尾のように時代と共に過去のレシピを引きずりながら、時には大きく光ったかと思えば、消滅し、消えたかと思えば長々と尾をたなびかせて時代の流れの中で光を放つレシピがある。
今も生き続ける「バン」はそんな料理だ。ランカシャー・バン・ローフの説明にある、「恐らくブレッドの残ったドウで作ったものであろう」の言葉はフルーツケーキの源流を求める旅の中で一筋の光を見た
思いがした。

又。同書のリンカンシャー・プラム・ローフのレシピの中にフルーツケーキに関する興味ある記述があったのでそれを次に引用する。

リンカンシャー・プラム・ローフ( Lincolnshire Plum Loaf )

過去にドライプラムをフルーツケーキ及びブレッドに使ったので、プラムケーキ又はプラムブレッドの名がある。今はドライフルーツを使いプラムを使わなくなったが、名前には「プラム」が残っている。

材料:

強力粉、塩、バター、砂糖、ドライフルーツ(レーズン、カラントなど)、ピールの砂糖漬け、卵、ベーキングソーダ、ミルク

 

 

参考文献

Joseph Dommers Vehling, Apicius 1936

Satoh Yosinori, The Forme of Cury, translation 1390

Robert May, The Accomplisht Cook 1660-85

Gervase Marham, The English Hus wife 1615

Eliza Smith, The Compleat House wife 1727

Hannah Wooley, The Queen-like Closet or Rich Cabinet 1672