壮絶!黄金の魚 ドラード








全身黄金に輝く魚あり
その名をドラード
釣り師を自負するならこいつを
釣り上げてからにしてくださいな、セニョール

━アルゼンチン旅行会社のパンフレットより━ 


 私がブラジルに旅立つ少し前、衛星放送で、あのバスフィッシング界でカリスマ的存在の村田基さんが、南米のパンタナールという所にドラードという魚を釣りに行く番組をやっていた。その時私はドラードという全身黄金に輝く魚を初めて知る。かの黄金郷、エルドラドと同じ黄金という名を持つ魚。
 私が計画していた旅のルートにパンタナールは入っていなかったため、その時は「世界にはまだまだいろんな魚がいるなぁ、、」とただ‘ぼぉー‘と見ていただけだった。 
パンタナール
 ほんの一部


 当初の旅の予定は、アマゾン河の河口の都市ベレンから、6000キロ上流のペルー領イキトスまでを、船でさかのぼって行くつもりだった。釣りにはそれほど時間をさくつもりはなかったのである。しかも、ペルーからの帰りのチケットもすでに購入していたし、、、、。




 しかし、アマゾンでのピーコックバス釣りにすっかり気を良くしてしまった私は、さらなる感動、新たな名魚を求めて旅のルートを大幅に変更することにする。そして、少ない所持金を捻出して飛行機代を作りパンタナールヘと飛び立った。(この辺の気まぐれな行動は、やはりB型からくるものなのか、、)


 パンタナールは、ブラジル、ボリビア、パラグアイの3国をまたいでいる広大な湿原である。地球最後の楽園と言われており、動物、鳥、魚、ワニと何でもいる生物の宝庫だ。しかし、、、しかし、今は雨期なのである。魚も鳥もあらゆる生物が森の中へと消えていくのだ。だから、やはり釣りにはこれ以上ない程不向きな時期なのである。

 アマゾン河流域のマナウスからブラジル マットグロッソ州のクイヤバという都市まで飛行機で移動、空港に着いてすぐにパンタナールの玄関の町カセレスに向かうバスに乗る。クイヤバという都市を探索できないままバスは走り出した。もう私の中では、観光なんてどうでもいいことになっていた。「そんなことより早くドラードに会いたい」、頭の中はそれ一色になっていた。

 今日は朝から移動ばかりでかなり疲れていた。しかし、バスはなかなかカセレスに着かない。寝たり起きたりを繰り返し4時間半後、ようやくバスの揺れから開放された。もう夜の10時である。こんな遅くに、見ず知らずの所でたくさんの荷物を持って1人でいると、普段ぼぉーとしている私もさすがに心細くなってくる。「しゅん、、、」と、ちぢこまっているところにようやく迎えが来た。
 「ボア ノイチ(こんばんは)」とあいさつすると、日本語で「こんばんは」と返ってきた。日系人である。どうやら今日お世話になる宿は日系人が経営しているらしい。ここの宿は、マナウスの旅行会社の山本さんに手配してもらったのに、彼は経営者が日系人だとは一言も言わなかった。まったく、、、人が悪いなぁ、、。言ってくれたらいいのに、、、。簡単な日本語ならわかるというので、本当に助かった。
 泥だらけの悪路を走ること20分、カエルの鳴き声しか聞こえない所に4日間宿泊する宿、ポウサダ、ランバリはあった。6人の従業員がいて、うち3人が日系人だったので心強かった。ドラード釣りについて夜遅くまで、蚊に刺されながらレッスンを受ける。結局寝たのは夜の1時だった。

チャレンジ 1日目

 昨日の話では、ドラードをルアーで釣るのはかなり難しいということであった。ATSの山本さんも言っていた。一番の原因は口が堅いことにある。口がつるつるで、おまけにかたいため、ルアーの針がひっかからないのだ。事実、あの村田基さんもこの口の堅さに何度も苦戦している。氏はTVで、5度ドラードを引っ掛けるのだが、途中で針が外れてしまい、結局釣り上げられたのは2匹である。あの大師匠をここまで苦しめたその強靭な口。私に与えられたチャンスは3日しかないので、とりあえず1匹はドラードを釣ろうと初日はえさ釣りにする。
 ルイスという船頭兼ガイドとともにアルミボートに乗りいざ出陣!
 餌釣りといってもウキを付けてじっと待つのではなく、ルアーが生きた魚に変わっただけで、あとはアクションを付けずにエサまかせに泳がせるだけである。 
 

 かわいらしい顔をしたアナゴみたいな魚に、罪悪感を感じつつも大きな針を口から突き刺し、岸沿いに投げ続ける。岸に沿ってドラードは移動するからだ。岸から30センチ以内が最もおいしいポイントで、それを外すと釣れる確立は極端に落ちてしまう。正確なキャスト技術(エサを投げる技術)が要求されるのだが、この日はキャストが妙にさえていた。狙った所に「ピシャリ」とエサが落ちる。この快感といったら他にない。

 ボートが水に300m流されると、エサを回収しボートのエンジンをかけ再び300m上流に戻る。そしてまた岸沿いに餌を投げアタリを待つ。これの繰り返しである。そのため、勝負はこの300mにかかっている。
 また、水の流れに同調させてエサを流していき、ある程度までエサが流れていけば急いで回収しなければなれない。ある地点を過ぎるとピラーニャ(現地ではピラニアをこう呼ぶ)がうじゃうじゃいるのである。この中に、えさをいれてしまえば急いでえさを回収したとしても戻ってくるのは頭だけ、、ということになる。
 しかし、このピラーニャがいる一歩手前が非常においしいポイントで、まさに「虎穴に入らずんば孤児を得ず」の心境である。

 1時間を過ぎた頃、ようやくあたりがあった。なんともよわよわしいアタリで非常にわかりにくかったが、私もそれなりに腕を上げてきたのである。これは間違いなく魚がエサを食っていると思い、思いっきりあわせる。すると、がっちり口にかかったという手応えがあった。小物やなぁ、、と油断していると、「グ、ググゥ、グググググ、、、」と竿が曲がる。思わぬ引きに緊張が高まった。
 やたら重い。ひたすら重い。竿は折れんばかりにヒン曲がっている。「いったい何なんだ、この魚は、、」とワクワクしながら格闘をたのしむ。そして、水面に姿を現したかと思うと、またすごい力で水中に潜っていく。
 10分後、ようやく姿を現したのは、カッシャーラというゼブラ模様をした美しいナマズであった。

カッシャーラ 83センチ でかいっす!

 
 日本のそれと比べると、気品、迫力、華麗さ、大きさ、パワーと、すべての点において勝っている。おなじナマズとはとうてい思えない。日本のナマズは釣れた時、正確にいうと釣れてしまった時、きたならしくてどうにも触る気がしない、どちらかと言えば嫌われ者である。
 手がすっぽり入る、、。この掃除機のような大きな口でガバガバと小さい魚を吸い込むのだ。

 効率よく小魚を食べるために大きくなった口、早い水流でも泳げるよう発達したヒレ、にごった水の中でも捕食できるようにセンサーとなる長いひげが無数にはえている。同じナマズでも、住んでいる場所によって、こうも違うのか、、、と改めて大自然の驚異を肌で感じた。

 思わぬ大きな来訪者にすっかり気をよくしてしまった。1発目からこんなのが釣れた日にゃあ、これからの釣りに期待せずにはいられない。

 このカッシャーラ、熱帯魚屋では20センチくらいの稚魚がン万円で売られている。この大きさなら50万円は下らないだろう。「これを2匹持って帰ったら、旅費のもとを取れるなぁ、、、」と、いやらしいことをニヤニヤと考える。
  ここ、パンタナールの生物は、条約やら、法律やら何やらでしっかりと守られており、魚類にあっては魚ごとに捕獲してよいサイズが決められている。
 このカッシャーラは80センチ以上は捕獲OK、それ以下は必ずリリースしなければならないのだ。

 現地の人にとっては、ナマズは大事なタンパク源のため、リリースせずに持って帰るという。まさか、晩の食卓には上がってこないだろうなぁ、、と、びびりながらクーラーの中に入れたが、予想は見事に当たってしまった。

 いきなりの大物に、「俺ってうまいやん」と、カン違いしたりする。しかし、このカン違いがまんざらでもなかったのだ。
 ピラーニャに何度もエサをかじられながらも、めげずに投げ続けること30分、私は心を奪われる出来事に遭遇する。
 「コン、、ココン、、」と軽めのアタリが竿先から伝わる。瞬時に合わせると瞬間黄金の矢が空中に放たれた。

 
出た! ドラード!!
  
ドラードー!!」とルイスが叫ぶ。しかし、私はまだ事態を飲み込めていなかった。なんせ竿を合わせると同時に、しかも、エサがあるだろう所から全く見当違いの所で魚が飛んでいるのだから。
 そのため、私の竿にかかっている気がしなかったのだ。しかし、確実に竿を握る腕に生物感が伝わってくる。5秒くらいたってからようやく事態を飲み込む。

 この魚、何度も飛ぶ。全身を黄金で覆った矢が水面を割って何度も何度も、、。金色の魚体が日の光を浴び ”キラキラ、、キラキラ” まぶしいばかりに光り輝く。その美しさといったらない。心を奪われるとはこのことだ。噂には聞いていたが、これほどまでとは、、。

 しかも、なかなかへこたれないのだ。ジャンプのたびに頭を左右に振り、針を外そうと激しく抵抗する。いつ針が外されるかもしれない緊張感に手は汗だくである。ようやくボートに寄せるとすごい力でボートの下に潜っていく。それをうまくさばき、ついに黄金を手中に収めた。

うおー!!やったぜ!!!

 ”かっこいい、、”子供じみた言葉だが率直な第一印象。しばし見とれる。奪われた心はなかなか帰ってこない。そして、足が震える。がくがくブルブル小刻みに、、。血沸き肉踊るとはまさにこのこと!心から興奮、心から感動、、。あっぱれあっぱれ。

 調子に乗ったら止められない。「まだまだいくでぇー」と、満面の笑みを浮かべながら釣りを続ける。とりあえずは目標を果たした。あとはサイズアップだ。それと、もっといろんな魚に出会いたい。はやる気持ちを抑えて竿先に集中する。
 次に私を出迎えてくれたのはピラプタンガという見たことも聞いたこともない魚だった。尾ひれが色、形ともにドラードそっくりで、ボートに寄せてきた時には間違えかけた。稚魚の時には見分けがつかないらしい。
 しかし、華麗さがない。ドラードを見た後ではどんな魚もチンケに見えてしまう。 
 この魚は40センチから捕獲できる。釣り上げたものは41センチあったので持ち帰ることにした。もちろん食べるためである。

 


 午前中の釣りが終わろうとした時、再びドラードが食いついた。さっきよりもでかい!そう直感できた。2匹目ともなると多少余裕が出てくる。何度もジャンプする魚体をうっとり眺める。何回見てもすばらしい。
 「ドラードを釣れば他の魚ではちょっと満足できなくなる」とよく言われる。それは、このパワー以上にその跳躍のすばらしさにある。ほれぼれするほど美しい。鳥肌が立つほどかっこいい。ブラックバスのエラ洗いなんかと比べてもらったら困りまっせ。

68センチ たまりまへん!!

 ボートに上げると同時に口からポロリとハリが外れる。一瞬ヒヤリとした。あとちょっとで逃げられていたのだ。
 何度もあわせて、しっかりがっちり口にハリを突き刺したつもりが実際は浅くしか掛かっていなかったのだ。あらためて口の堅さに驚嘆する。
 それにしても今日の俺はついている。気持ち悪いほどにさえている。先輩はこういった現象を「電球が切れる前の最後の強い輝き」と、表現していた。“パァッ”と最後に強くひかり、直後に玉が切れるそれである。もしかして、もうすぐ不幸が来るのかなぁ、なんて思ったりもするが、逆にこんなすばらしい瞬間に死ねたら最高やな、と考えたりもする。

 そうこうしてるうちに、昼食の時間となった。1度宿に帰り腹ごしらえする。宿のオーナー、アントニオが「ルイスが君のことをすごくうまいと言っているよ。」という。いずむイズム、少々鼻が高くなる。
 アントニオが、「ドラードも釣ったことだし、昼からはペーシュ・カショーロを狙ってみれば?」と聞いてきた。犬魚ペーシュカショーロ。ポルトガル語で、ペーシュが魚、カショーロが犬。犬の牙を持った魚だ。ドラードと同じくパンタナールを代表する名魚である。
 ドラードのサイズアップは後回しにして、この名魚を狙うことにした。  

 ペーシュカショーロを狙うには少し遠出しなければならない。1時間半ほどボートを走らせようやくポイントについた。この魚、トップウォーターへの反応がいいという。私はスイッシャーというプロペラのついたルアーを水面に浮かせ、「ジャージャー」と音が出るように水面を引くことにした。この音に反応して魚は飛びついてくるわけだ。
 2投目、バシャっとアタリがある。いきなりだったので少し驚いたが、冷静に合わせる。しかし乗らない。バラしてしまった。この後、なんどもアタリがあるがひたすら乗らない。「なんでやねん!」とムキになりながら続けること一時間、ようやく魚がかかったという手応えがあった。 

 ドラードほどの華麗さはないが、この魚もよく飛ぶ。日本刀のような妖しい輝きを放ち、銀鱗が宙に舞う。最後まで抵抗し簡単には屈しないなかなかのファイターだ。
 1匹目なので、慎重にかけひきし、ようやく犬魚が音を上げた。

悪者顔してます。

 ご覧のように、あごの前歯が異常に発達しており、これが邪魔でルアーがなかなか口にかからない。そのため、なんどもバラした。この歯にかかればプラスチックのルアーにすっぽりと穴があくのだ。
 大昔に、歯が大きくなりすぎて、エサが食えなくなって絶滅したサーベルタイガーという動物がいたが、それの魚版といったところか。なんとも悪人顔をしている。
 ルイスに「こいつはうまいのか?」と聞くと、小骨が多くて食えない、と返ってきた。そのため即リリース。

2本の歯は上あごにすっぽりと納まる。


 その後、ペーシュカショーロ1匹とピラプタンガ1匹を追加し、1日目の釣りは終わった。
なんとも充実した日であった。狙った魚を釣り、また、いろんな名魚とも出会えた。今までに味わったことのないほどの充実感を抱いたまま宿に帰る。


 今日の晩飯は、午前中に釣ったナマズのから揚げ。これだけではない!なんと!ドラードの刺身、、、。両方とも遠慮したかった。生まれてこの方ナマズなんて食ったことない。しかも、釣り上げたナマズには数匹の寄生虫が付いていてカサカサ動いていたし、、。ましてや川魚の刺身なんて、、。



 ところが、ナマズはまずまず食えた。それなりにおいしく、なんとなく鶏肉っぽい。味付けが日本人風ならもっとおいしかったように思う。でもさすがに刺身は勘弁して欲しかった。ようやく下痢も治り、釣りに集中できるようになったのに、再発しそうで、、、それ以上にへんな病気にかかるのではないかと恐怖した。一応A型肝炎のワクチンを受けてきたとはいえ、やはり怖い。
「刺身苦手なんですよぉ〜」とアントニオさんに泣きついてみると、「ドラードの刺身はおいしいよ!この魚だけは生で食べても大丈夫なんだ。まちがいないよ。どうぞどうぞ。」と言いつつ、刺身しょう油を持ってきて私のテーブルの前に座った。ここまでくるともう後に退けない。ほんまかいな、、と思いつつ1切れ口にしてみる。
 腹が減っているのも手伝ってか、なんともうまく感じた。で、調子に乗ってパクパク食べる。釣ってよし、見てよし、食べてよし、と3拍子揃った魚もめずらしい。
 あっという間にぺろりと平らげてしまった。しかし、これが災いしたのか、帰国後、原因不明の下痢に1ヶ月近く襲われることになる、、。これ、実話です。

チャレンジ 2日目

 昨夜、アントニオさんが「今日はパクーを狙ってみれば?」と言ってきた。 しかし、私は今日もドラードを狙いたかった。初日に2匹釣ったとはいえ、それはエサで釣ったものだ。釣れたことは素直にうれしいが、あくまでも私はルアーマンなのである。腕はからっきしでもルアーマンとしてのプライドがあるのだ。ルアーマンにとっては、エサで釣った魚よりもルアーで釣ったほうが、同じ魚でも何倍も価値があるのである。釣りをしない方には、この気持ちが判らないかもしれない。まぁただの自己満足の世界なのだが、、、。
 で、その気持ちをアントニオさんに伝えると、パクーのいるポイントの近くにドラードもいるので、午前中はパクーを狙って午後にドラードを狙えばいいとすすめられた。それならいいや、と2日目のプランが決まった。
 

 ポイントまでは約2時間ボートで飛ばさなければならず、朝5時に出発することになった。あたりはまだ薄暗く、所々で不気味な泣き声が響いている。サルかオオムか、、。そんな中、もくもくと仕度をしてボートに乗り込む。2時間の長旅だ。昨日の疲れもあるのでポンチョにくるまって少し寝ることにした。
 ポイントに着きまず最初にしたことは、パクーのエサを捜すことである。草食性でおもに木の実を食べる魚で、少し大きめのビー球くらいの木の実が大好物。で、まずはそれを手に入れないと始まらない。この魚は草食性のため、小魚に似せたルアーでは釣れないのである。
 パクーは、“タンバッキー”“コロソマ”とも呼ばれている魚で、たいそう美味でレストランではよく出てくる。ポピュラーな魚で、ピラニアそっくりの稚魚が熱帯魚屋でよく売られている。また、大きくなれば80センチくらいになり引きが強い。
 パクーの釣り方が変わっていて、4メートルもある長くてやたら重い竹製の竿にラインをつけ、その先にこの木の実をつける。パクーという魚はこの実が水面に落下する時に発する「ポチャン、、」という音に反応してエサを探す。そのため、あたかも木の実が水面に落ちたように、このくそ重い竿を操り演出しなければならない。
 ”ボチャン”ではなく”ポチャン”、、、。この演出がなんとも難しい。何度もチャレンジするがボチャン、ボチャン。これでは魚が逃げてしまうとルイスに何度もしかられる。腕には早くも乳酸がたまり、だるくなってきた。
 2時間竿を振りつづけ、ようやくコンスタントに”ポチャン”を出すことができるようになった。飲み込みが早いのか、遅いのかは想像にまかせるが、これで釣りらしくなってきた。そして、ようやく私の演出に役者がかかった。 
 「グ、グ、ググググッ、、、」と、ものすごい勢いで竿が曲がる。予想外の大パワーに思わずよろけボートから落ちそうになる。両手でしっかり竿を持つが竿は折れんばかりに”ぐにぃー”とひん曲がっている。「これはそうとうデカイぞ!!」と興奮した、、、が、、、いざ上がってきたのは42センチの子供サイズ。「ペケーノ、ペケーノ(小さい小さい)」とルイスが笑う。

 このサイズであの引きだから大人サイズの80センチはいったいどんなんやろ? そんな奴がかかればまず竿が折られるだろうな、、とワクワクしながら釣りを続行した。
その後、私らしく1匹を追加しただけで、午前中の釣りは終わった。そして、作ってもらった弁当を食べ、しばし休息に入る。
 

 午前中は2匹といういまいちの結果に終わったので、それを取り返そうと気合を入れる。午後はドラードをルアーで狙う。ルアーマンの意地にかけて。自己満足を満たすために。
 私がまずチョイスしたルアーはバイブレーションプラグ。プラスチック製のボディーの中に小さい玉がいっぱい入っていて「ガラガラジャラジャラ」と派手な音を立てる。また、水中で魚が好む振動を出す。この2つの要素で魚を誘うのだ。
 このルアーを選んだ理由は単純明解。もう私のルアーBOXの中には釣れそうなルアーがないのだ。これも日本で680円で買ったかなりの安物で(現在、ルアー1個の相場は1400円くらい)釣れる気がしない。でもやはりルアーでドラードを釣りたいので、不本意ながらも釣りを始める。
 しかし、これが功をそうしたのか、2投目でいきなりあたりがある。「コ、、ココン、、、」というドラード特有の小さなあたり。「まさかな、、」と思いつつ大きくあわせる。と、水面が裂け黄金が飛び出した。が、、、、次の瞬間ラインから伝わる生物感がフッ、、と消える。「うそやん、、」と、すっかり軽くなったラインを急いで巻き取ると、ルアーもついてない。ラインが切れたのだ。
 あまりのショックに、全身から力が抜けた。そんな私の目の前で先ほどのドラードが何度もジャンプしている。口に引っ掛かったままのルアーを外そうと何度も空中に飛び出して、頭を激しく振っている。それがこっけいに見えたのか、ルイスはケタケタとわらっている、、。
 もうくやしくてくやしくて、、、万にひとつのチャンスを逃してしまったのだ。でもあの美しい黄金の舞いを落ち着いて見れたからええか、と自分をなだめる。

 バイブレーション、いいじゃあないか!マナウスでテキトーに買ったラパラ社のバイブレーションを付け、再びキャストし続ける。しかし、反応がない。ウンともスンとも言わなくなった。
 太陽は最も高い所に昇り、容赦なく私をいじめる。それはもう暑いなんてものではない。発狂しそうなほどの日差しに、暑さに、集中力は極度に低下し、時折、めまいもする。頭を冷やすため何度も帽子で水をくみとり頭にぶっかける。
 私のやる気を削ぐもう一つの要因はムケカという虫。ハエくらいの大きさのアブの1種でこいつがジクジクと刺してくる。「痛ッ!」と視線を向けるといつも彼がおいしそうに私の蜜を吸っている。ただ食いするなー!と素早く張り手を飛ばすが、あたらない。そして、すぐに別の所で食事する。ええかげんにせい!と全力で殺しにかかるが、たいそうすばやい。殺せない。ただの1匹も、、、。イタチごっこの連続だ。そのため、私の中の苛立ちは頂点に達していた。




 そんな時、カワウの群れが飛んで来た。水中に潜って魚を器用に捕まえるあのカワウである。海ではカモメのいる所にマグロなどがいるので漁師はカモメを探す。ここではカワウ。“彼らのいるところ小魚あり”小魚のいるところドラードあり!高価な魚群探知機の何倍も信頼できまっせ。セニョール。
 これを契機にやる気が一気に復活し、1投1投に集中する。今が勝負どころだ!!

  まもなく、あの独特のアタリがラインから手に伝わってきた。瞬間、背筋に「ピンッ!」と緊張が走る。「来たっ!!」こん身の力を込めて思いっきりあわせる。と同時にまたしても見当違いのところから黄金のファイターが飛び出した。
「ドラード!!」

 これはルアー釣り。エサ釣りとは違いばれる(針を外される)確率が高い。あの堅い口に針を貫通させるべく力いっぱい何度もあわせる。
 「ゴッ、、ゴゴゴッ、、!!」猛烈な勢いで魚が走り出す。そして、黄金の舞を踊る。平常心を保てといわれても無理である。極端に視野が狭くなり、もう魚しか見えていない。無我夢中とはまさにこのこと。ドラードも全身全霊でルアーを外そうと激しく抵抗する。水中よりも空中に出たほうが、水の抵抗がないため頭を左右に振りやすい。暴れて針を外しやすい。そのため全身を空中に放ち体全体で針を外しにかかる。ドラードの本能、DNAがその理論を知っているのだ。
 
 緊張しながらも竿を上手にさばき、ドラードのパワーを徐々に吸い取っていく。なんとしても釣り上げてやる!そんな願いが通じたのか、英雄は徐々に疲れ、ついに私の手に落ちた。

感無量!!

 ついに、、、ついにやったのだ!!いまだかつて出会ったことのない巨大な喜びに、、、達成感に、、充実感に、、体のすべての細胞が興奮した。同時に、やはり体が震えだす、、、。 なんせ、めちゃくちゃうれしかったのだ。心の底から込み上げてくる感動に、完全に我を失っていた。
  「オーパ!オーパ!!」と、わざとらしくブラジル語で感嘆を表す言葉を叫ぶ。そして、ルイスとがっちりと握手する、、、。この感動を伝えようと力いっぱい握ってやった。すかさずすごい力が返ってくる。ルイスはまるで自分のことのように喜んでくれた。そして、とろけるような喜びに満ちた笑顔を見せてくれた。


 針はがっちりと口に掛かっており、会心のアワセだったことを物語っている。その針を外そうとするが、興奮で、感動で、手がやたら震えてうまいこと外せない。

 結局、たまりかねたルイスが針を外してくれた。大きさは70センチと、この魚にしてはミドルサイズだった。しかし、こいつを釣った意味はとても大きかった。今まで釣ってきたどんな魚よりも私にとっては大きかった、、、。

新品のルアーが1匹掛けただけでボロボロに、、、

 もうすっかり日は落ちてしまった。クモの巣のように張り巡らされた水路の中、ルイスは器用にボートを走らせる。そして宿に帰るその帰路で、私は生涯忘れられぬ光景に出会う。
 左右の岸がぼんやりと光っている。そして、時間が経つとともにその光の数は増えてゆく。なつかしく、そしてあたたかいひかり、、。それがクリスマスツリーのように、明るくなったり暗くなったり、、。光の正体は“ホタル”。無数のホタルが手の届きそうなところで光っている、、。岸辺で光るため、陸と水路が光と影のコントラストではっきりと別れているのだ。まるで天の川を進んでいるようで、、、心を奪われうっとりする。“なんてぜいたくな時間をすごしているんだろう、、、”心底そう思った。こんなに幻想的な光景、今まで見たことがない。目の前に広がる神秘的な光景の中でうっとりしつつ、ドラードを釣った自分自身に酔いながら考える。世の中捨てたものではない。人生生きるに値する、、。今まで26年生きてきてそう思ったのはこれで3度目である。

チャレンジ 3日目


 昨晩から雨が降り出し、明け方まで降り続いた。釣りに行くころにはピッタリやんだのだが、おかげで水が濁ってしまった。ドラードは濁った水を好まないため、これが今日の釣りに悪影響を与えることになる。


 ルアーでドラードを釣るという目標も達成できたし、あとはサイズアップあるのみ。餌でもなんでもいいから、とにかくデカイのを釣るぞ!と、ボートに乗り込んだ。


 

 初日の場所は水の濁りが少ないので、そこでやる事をルイスがすすめた。泣いても笑っても今日が最終日。南米での最後の釣りなのだ。
水はほとんど濁っていない。そして、カワウもたくさんいる。天気よし、気温もよし!大物が釣れる条件はほとんど揃っているのだ。いやがおうにも気合が入る。気持ちが高ぶる。
 初日と同じように狙った所にエサが落ちる。やはり、このブラジル遠征で腕が上がっているのだ。自分の腕を信じて投げ続けること30分、最初の獲物がかかった。
 
 弱めの引きに小物だとわかる。水面に姿を現したのはナマズ。カッシャーラかと思ったら少し模様が異なっている。形はうりふたつだが、ゼブラ模様のカッシャーラと違い、こいつには体中に斑点がある。ルイスが「ピンタード」だと言った。
 まじまじと魚体を眺めリリースする。この魚は80センチ以上でないと捕獲できないのだ。
 その後、3匹の中型ピンタードと2匹のピラプタンガを釣り、午前の釣りが終わろうとしていた時、竿が大きくしなった!!「ズーン」と重い引きが伝わってくる。この感じはナマズやな、と直感する。ただ、今までと違うのは明らかに大物とわかるほどの大パワーということ。ドラッグがうなりラインがどんどん出ていく。竿を持っているのがやっとで、ラインを巻き取ることなんてできない。竿は折れそうなほどに、ひん曲がっている。ボートは川に流されてゆき、300メートルほど下流に移動してしまった。
 徐々にへばってきたのか、パワーがなくなってきた。ここぞとばかりにリールを巻く。そして、15分後、ようやくボートに引きずり込むことができた。

おもいっす!!

 でかい!初日のカッシャーラよりも重くおなかはパンパンにふくれている。いったい何を食っているのだろうか?
すかさずメジャーをあててみると、89センチの大物だ。ドラードのおまけで釣れる魚といっては、たいへん失礼なほどの見事な魚だ。



 午前中はきりのいい所で引き上げ、1度宿に帰り昼食を取る。その間にルイスが先ほどのピンタードをさばいている。そして、ピンタードの胃袋を取り出し、うれしそうに私に見せに来た。

 食事中なのをおかまいなしに、グロテスクなそれを見せ、ナイフで割いた。すると、出てくるわ出てくるわ。胃液でドロドロになった小魚が、悪臭とともにどんどん出てくる。えづきながらも数をかぞえるとなんと、12,3センチくらいの魚が19匹も出てきた。大自然の驚異にあらためて驚いた。 
 



 午後は場所を変えてみるが、行った所は水がとても濁っており、粘ってみるも結局ノーフィッシュに終わり、最後にドラードの勇姿をおがむことなく最終日は幕を閉じた。くやしかったが、まぁこれも釣りなのだ。



 その夜は他の釣り客二人(ブラジル人)と宿の従業員たちで、夜遅くまでワイワイがやがやしていた。わからない言葉はアントニオさんが訳してくれるので、それなりに会話を楽しめた。

 突然釣り客の1人が「ワニを見せてやる!」と、ジャブジャブ湿地帯の中に入っていった。無数のワニの目がキラキラと光っていて、しかも毒蛇がどこにいてもおかしくない湿地帯に、危険を冒して下半身を水浸しにしてまで1匹のワニを捕まえて来てくれた。
 
 そのすばやい捕獲の仕方にも驚いたが、何よりもうれしかったのがそのサービス精神。日本から来たヒゲ面で汚い私なんかのために、そこまでやってくれるとは、、。ますますブラジル人が好きになってしまった。
 明日にはお別れかぁ、、。すこし寂しい気がするが、それが旅なのである。

 翌朝すばらしい旅を提供してくれたみんなにお礼をいってまわった。とりわけ最愛の友ルイスにはこの前の仕返しとばかりに全力で握手した。そして、10年後の再会を約束し、ポウサダ ランバリを後にした。


おわりに、、、
     中国の古諺に次のようなものがある。
1時間幸せになりたかったら酒を飲みなさい。
3日間幸せになりたかったら結婚しなさい。
8日間幸せになりたかったら豚を殺して食べなさい。
永遠に幸せになりたかったら釣りを覚えなさい。
 なるほど、うまいこというなぁ。釣りというものは、実におもしろくいろんな感動を与えてくれるんだなぁ、、と、この旅を通じて改めて実感できた。魚を釣るということに留まらず、いろんな生き物に出会うことができ、自然の驚異にも触れることができる。そして、都会の喧噪を忘れさせ、童心に返してくれる、、、。私はこの経験を生涯忘れることなく、これからも釣りを愛し続けていく。新たな名魚に、、、さらなる感動に出会うために。
2000年3月16日  いずむイズム