アルパイン友の会(略称;アル友)
山の会が、今すべきこと
第2次登山ブームと言われて久しい。
その中核となっている主な層が中高年であり、かつての第1次登山ブームの担い手であった世代だと言われている。
平成12年の日本山岳会の平均年齢は59歳。20代、30代の若者は1%しかいなかったそうだ。
平均年齢の上昇は、仕方のないことだが、その登山団体の弱体化につながっていることは間違いないだろう。

登山の内容も、近在の山へのハイキングが中心。
もちろん、健康のための、あるいは余暇を楽しく過ごすための登山を否定するものではない。
市民が山に求めるのは、それぞれの意識、年齢によってさまざまであり、いろいろな山登りがあって当然である。
しかし、ロッククライミングやアルパインクライミング、フリークライミング、冬山登山などの
本来、登山の醍醐味が味わえる本格的な登山が一部の人たちだけのものとなりつつあるのは寂しい。
このままでは、先達たちから伝えられた優れた技術や工夫はどうなるのだろう。

現代の若者の感覚と価値観に重い荷物を担いで登る登山が合わないのかも知れない。
われわれの年金負担で、若者が疲れ果て、山登りどころではないのかもしれない。
パソコンやケイタイでお金を使い、とても山道具まで買う余裕がないのかもしれない。
若者が少なく、山の会が高齢化していくのは、日本の少児化問題と同じく構造的な問題かもしれない。
このままでは、お年寄りだけが楽しむゲートボールと同じになってしまうかもしれない。

山の会も自分たちだけの楽しみを追及していくだけでなく、社会的な存在として後世に登山文化を伝え、
その楽しみと素晴らしさを伝えていく義務があるのではないか。
山の会が教育、研修の力を高め、そこに若者を呼び込み、安全思想豊かな、技量の高い登山人を育てていくべきではないか。
山の会も、その財政的基盤を充実させ、若者に無料で貸し出せる山道具を揃えていく工夫が必要ではないか。
そこまでしないと、山の会の現在の主要な担い手がいなくなった後は、衰退し消滅していくのではないか。
                                                                                                    (記;生 千歳)
リーダーの法的責任について
1.大日岳第一審判決(富山地裁平成18年4月26日)
(事案) 平成12年、登山研修所主催の冬山研修会の研修中、大日岳頂上付近で雪庇が崩落し、大学生2名が死亡。
      被害者の家族が提訴。
(判決) 裁判所は、リーダーである講師が下した雪庇の規模の判断、登高ルート、休憩場所の選定に過失があったとして、
       リーダーの責任を認め、国に賠償金の支払いを命じた。

2.法的責任の種類
  (1) 刑事責任ー業務上過失致死傷罪(刑法211条)  業務の意義
    刑は5年以下の懲役もしくは禁錮又は50万円以下の罰金
  (2) 民事責任
    @ 契約責任―安全配慮義務違反(民法415条)
    A 不法行為責任(民法709条)
    ー いずれも、損害賠償責任(金銭賠償)
    * 注意義務違反の有無がポイント
       (イ)「危険な結果を予見する義務」−計画段階、登山中を通じて、危険を予見し、具体的な結果を回避する義務
       (ロ)「危険を回避する義務」−緊急時等、予見し得ないような事態の発生に対しては、その状況に応じて冷静沈着な
      判断により危険を回避する義務

3.リーダーと被害者との関係からみた責任の認定
  (1) ガイドの場合―容易に認められる(契約責任あり)
        民事責任はもちろん、刑事責任も肯定されやすい
    @ 雪上散策ツアー雪崩事件(札幌地裁平成12年3月21日)
    A 屋久島沢登りツアー死亡事件(鹿児島地裁平成18年2月8日)
  (2) 学校行事、研修(公的研修、民間研修)
    @ 大日岳事件 (富山地裁平成18年4月26日)
    A 五竜遠見事件(長野地裁平成7年11月21日)
  (3) 山岳会、山の会、同好会
     引率者、責任者を定めた場合 ― 責任が認められる

4.損害の種類と賠償金額
  (1) 財産的損害、精神的損害(慰謝料)を問わず、あらゆる損害を含む
  (2) 具体的金額
       上の富山地裁の判決―2人で1億6千700万円の損害賠償を命じた。
      大体、一人で、7000万〜8000万円

5.意識・感覚の変化(時代の変化)
  (1) 伝統的な感覚、考え
       山岳会、山の会で事故が起きても法律上の問題ならなかったのは、信頼関係、身内意識があったから。
        好意で山に連れて行っているのだから、事故が起きても法律によって解決すべきでない。
       (例)刑法の親族相盗例(244条)−法は家庭に入るべからず
  (2)現代の意識、感覚
    @ 加害者と被害者は信頼関係に立っていても、被害者の家族とはそのような関係にない
    A 現代人の権利意識は確実に変わりつつある。
        自己の権利が侵害されたら法に訴えてでも実現するという人は増えてきている。
         ― ― 過失がある以上、裁判になったら勝てない。  山好きな人は、この点で、のどかで、無防備。

6.リーダー、個々の会員、山の会が教訓とすべきこと、やるべきこと
  (1) リーダーは、法的責任が恐いからやらないということではなく、向上心をもって技量(知識、体力、経験、
        判断力など)を磨き、強い責任感をもってやろう。
        積極的にリーダーを引き受けることにより、自らの登山力を高めていく契機とすべき。
        やるべきことをやっていれば法的責任は問われない。
  (2) 個々の会員は、リーダーの重い責任を認識し、「連れて行ってもらう登山」から脱却すべき。
        すべてリーダーにお任せでは、リーダーのなり手はいない。
         リーダーのリスクを積極的に分担するという意識改革が必要ではないか。
  (3) 山の会は、単なる仲良しクラブではない。
        あらゆるスポーツの中で最も死亡率が高い登山という危険な行為を反復継続して行う以上、組織として、
        よりレベルの高い教育、研修、山行管理をしなければならない。
        リーダーの養成と認定についても同様と考える。
       会として、教育も研修もせず、技量の無い者をリーダーとして認定することは大いに問題がある。
       その点をキチンとしないと、リーダーだけでなく、会の法的責任が問われる時代がもうそこまできている。
       裁判所の判断も被害者保護という観点から厳格化しつつある。
                                                                                                                              (記;生 千歳)
(参考書)本多勝一「そのときリーダーは何をしていたか」朝日文庫
     中山建生「雪崩裁判を体験して、問われた責任とは」
     辻次郎「登山事故の法的責任」判例タイムズ998号
     羽根田治「瞬時に崩壊した雪庇」山と渓谷2006年7月号178頁
     特別企画「大日岳遭難事故、私はこう思う」岳人2006年7月号182頁

感謝されないリーダー
最近、金田正樹著「感謝されない医師」−ある凍傷Drのモノローグ(山渓出版)を読んだ。
著者は日本で最も多くの凍傷患者を扱っている整形外科の医師だ。
凍傷患者のうち、その4割が指を切断されるという。
この医師は、手術してあげた患者から感謝されたことは極めて少ないそうだ。
それはそうだろう。 指を切り落とされて「ありがとうございました」もないからだ。
 昨年、ある会の冬山入門講座で八ヶ岳に行った。
目的は冬山でのアイゼン歩行とピッケル操作。 目標は赤岳だ。
各自20キロ前後の荷物を担いでいたが、登山口の美濃戸口を出て2時間程行った所で9人のメンバーの
1人の足がつり、歩けなくなった。
さて、どうするか。 選択肢は3つあった。
@ 皆で荷物を分け、空荷にしてあと1時間ほどのテント場まで行き、テントを張りそこで休息させ、様子を見る
A 残りの8人のうち、2人を付けて登山口の小屋まで降ろし、残りの6人は予定通り赤岳を目指す
B その場でビバーグし、明日全員で下山する
 さて、あなたがリーダーならどうします?
久しぶりの三連休、皆が楽しみにしていた八ヶ岳山行だ。
雪はたっぷりあるし、天気も快晴。
我がリーダーは、その場所にテントを張り、翌日下山することに即決した。
内心「えー」と思った者もいただろう。 元気な者からすればまだ2時間しか歩いていない!。
一口食べたおいしい御馳走を途中で引き上げられたようなものだ。
折角来たのだから、@かAの選択肢でも良いのでは、と思うのも当然だろう。
 しかし、リーダーの立場からすれば、何があっても安全な道をとらざるを得ない。
優先すべきは全員の安全である。
今回に限らず、他の山行でも、リーダーは安全を優先して苦渋の決断をせざるを得ない場合がよくあるだろう。
ベストの選択にもかかわらず、安全を第1に考えるリーダーの決断は、凍傷医師と同じく感謝されない。
                                                                                                                              (記;生 千歳)

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