見慣れない部屋で目覚めた。
白い漆喰の壁。青い窓枠、赤い扉。
ごうごうと規則的に響く風車。
裸足で冷たい石の床を踏み、明けきらない朝の夜空を窓越しに覗くと、ブーゲンビリアの花影に、海風が揺らしている青いトゲ。
窓越しでもわかる。
ソニックは笑っている。
感傷的な涙など、誰にも見せない。
そんなときの彼は、まるでマリアの話をするジェラルド・ロボトニックのような老人を思わせる。
15歳というのなら、こころは僕の方が自由なのだ。
強い風が窓を叩いた。
僕は脱ぎ散らかした靴を拾って、調子を確かめる。
音を立てないように歩いても、赤い扉が軋んで鳴けば、彼はいつもの笑顔を向ける。
「Good-Morning, Shadow」
頷くだけで返答すると、赤い花弁を押しのけてソニックの隣に立つ。
夜明け前の海、間もなく、凪ぎになる。
風の止まる一瞬を、僕は逃がさず捕える。
「手が冷たい」
身体もこころも、冷たい海風に曝して洗う。
正義のヒーローは、GUNに飼われた犬よりも、自らに制御を強いるのだろう。
「温めてくれるだろ?」
「手だけだ」
「昨夜は熱かったのに」
誘いは無視する。
海がオレンジから白色に輝き始め、眩しさでキミが見えないふりをする。
「コーヒーを淹れてやる。砂糖とミルクで子供向けに作ればいいだろう」
「ブラックでも飲めるようになったっての」
くつくつと笑っている間に、輝く海は空の色まで青く染めていく。
青く。
繋いだ手のひらの温もりだけが、ソニックをこの世界に縫い止めていた。
2010.03.04
待ち合わせをしていたわけではなかった。
任務の解散場所を予想して、確実ではないと念押ししながらソニックには言っていた。
エンパイヤ・シティの中央にある公園はとても広く、芝生の広場に点々とオブジェが置かれていて、人々は絵を描いていたり、音楽に合わせて踊っていたり、ボールを投げて遊んでいる子どもも沢山いる。
こんな場所で、ソニックを見つけられるわけがない。
青色の服や、つむじ風に反応してしまう。
腹立たしい思いだった。
確実に会いたいのなら、家にいろと言えばよかった。けど、そんな風にソニックを閉じ込めていたくもなかった。
広い広い公園の中を、シャドウは唇を引き結んで歩き続けた。
「Yes! GREAT!!」
喧騒の中から、聞き間違えようのない声が届いた。
噴水のある広場の一角に人だかりができていて、その中心にソニックがいることは確かだ。
ビートの効いた音楽に、手拍子、掛け声。彼の歌声。
人々があまりに楽しそうだった。
けれど、シャドウは噴水の縁に腰掛けて、唇を噛み、見えないソニックを睨みつけた。
やがて最後の花火が打ち上がった後のように、人波はざわざわと引いてゆく。
ちらちらと見えるソニックは、息を弾ませながら音楽グループの数人と楽しげに話していた。
腕に細い糸を巻いて貰い、楽しそうにメンバーたちと抱き合い、キスをしていた。
心が冷えるのを自覚する。
「シャドウ!」
視線に気付かれてしまったのかと思った。ぷいと目を噴水の高い場所に視線を向ける。
イライラと募る嫉妬など、ソニックは全く気付かずにシャドウの隣に座った。
「早く帰ってきてるなら、声をかけてくれればよかったのに。」
そんなことできるわけがない。
楽しそうだったじゃないか。
不機嫌なままシャドウが黙りこくっていると、ソニックがすり寄ってくる。
「ここでずっと待ってたら、シャドウに会えてラッキーだった」
そう言って顔を近づけてくるのを、シャドウは腕を突っぱねて拒絶する。
驚いた顔で、素直な視線はソニックの中に、重苦しい何かがあると思った。
「なんだよ、キスくらいさせろよ」
「キミは、誰とでもすぐに友人になり、キスをする」
「そのくらい、この国の人には挨拶替わりだろ?」
そう言われても、先ほどのシーンが頭の中でリプレイされしまう。
誰とでも抱擁とキスを交わすソニック。
気が狂いそうだった。
「挨拶と、好きのキスは違うだろ?」
シャドウはまだ噴水の方を向いたままだ。
「キミのキスは、どちらか信用できない」
それを告白してしまうと、隠していた嫉妬が許せずに、全てを消してしまいたくなる。
悔しい。その思いでまた傷ついてしまうほど唇を強く噛む。
ソニックは、俯きかけたシャドウの前で、精一杯の笑顔を見せた。
「試してみようぜ。それから決めろよ。俺のキスが、あいさつなのか、愛してるなのか、」
わからせてやるよ。
ソニックの唇が、血の味のにじむシャドウの唇に、優しく触れた。
その時、ソニックの腕に巻かれた糸も、ぷちりと切れた。
2010.03.05
「帰るぞ」
「もう少しだけ、待ってくれよ」
暗闇の中、シャドウの苛立ちは増してゆく。
昼の来ない冬のホロスカは、小さな村を過ぎれば明りのひとつもない。
生き物の気配だけは無数にある。
あとは、空に影ができるほどの星。
夜の世界だけでも美しいのはわかった。
ただ、僕たちが寒さに強いとはいえ、4時間近くたたずんだまま凍風に吹かれていれば、じきに二つの彫像が出来上がるだろう。
「キミが見たオーロラの話はちゃんと覚えている。美しかったというのもわかってる」
「だから、一緒に見ようぜ」
「どうしても僕に見せたいのなら、写真にでも撮ればいいだろう?」
「それは…そうだ。また今度な」
生返事だ。
ソニックは星空を眺めながら、オーロラが始まるのをずっと待っている。
こんな風に、時折僕を引っ張り出しては、世界中あちこちの景色を僕に見せる。
年代物のカメラを手に入れたことは知っていたから、半ば本気で絶景写真家にでもなればいいと言ったこともある。
なのに、カメラはいつの間にか家のどこかに仕舞われたまま。
僕は今夜もソニックに付き合わされている。
「…おっと、来たかな?」
「やっとか」
ぽとり、星空に薄い黄緑色のインクが落ちた。
滲んで広がる。次は赤色、その次は青。
ソニックがホロスカの景色を説明していて、その途中からここまで引っ張り出された。
説明通りだ。
確かに美しいオーロラだ。
「しかし、写真でもかまわなかった」
「俺が見ている景色の写真なんて、意味がないね。今、ここで起こっていることを誰かさんと見ることの方が余程意味のあることさ」
「僕は寒い」
びゅう、と風が氷の粒を運んでゆく。
風の強さに空の旗布も燃える。
さらに、ソニックの笑い声が、オーロラに光の色を加えた。
2010.03.08
「なんだよ、これ!」
僕の背中を探っていたソニックが、トゲの間に隠してあった小箱を探り当てた。
手のひらに収まるサイズのそれからは、振ればぽろぽろと音がする。
「タバコ!」
「預かりものだ。こら、勝手に」
「いいじゃん、1本くらい」
蓋をあけると、都合よくライターもタバコの隙間に並んでいる。
ソニックは悪戯を喜ぶ子どものように、1本摘み上げると先端に火をともす。
その様子は、過去に試したことがあるようで。
「吸わない方がいい」
「背が伸びなくなるからか?」
「音速で走れなくなるぞ」
口をヘの字に曲げて不機嫌になる。
たった1本きりでそうなったりはしない。害があることくらいわかってる。
そんな文句を言いだす前に、僕は火のついたそれを絡めた指で奪い取る。
「あ、オレの」
「なにより、キスが不味くなる」
僕は、ひといき、タバコを吸った。
肺の奥まで弱い毒で満たし、僅かな恍惚を味わう。
そして、
「……マズッ!」
「だろう?」
未成年はたばこダメっすよ!シャドウは一応+60歳だからwww
2010.03.11
「何度同じことを繰り返すつもりだ」
青い背中を踏みつけると、ソニックの口からは塩辛くて苦い海水がガバカバと溢れてくる。
波打ち際に転がってるのを見た時には、溺死体にしか見えなかった。
「遺跡に、たどりつく、まで」
「アダバタの海中遺跡も、今は大穴しか残っていない。すでに調査済みだ」
強く咳き込みながらも、ようやく起き上がると、ソニックはふらつく足で海面に配置されたエッグマンのギミックを遠い目で眺めている。
まったく懲りていない。僕がため息をつく。
「明日は、ゴールまでたどり着いてみせるさ」
「勝手にしろ」
「シャドウも一緒に行こうぜ」
僕の身体を支えにして立ってるくせに。肩につかまってる腕を振り払えば、ソニックはたちまち転んでしまう。
明日は、任務に戻るだろうし、一緒に行く約束などできやしない。
「ひとりで、行け」
「…そうだな。それじゃ」
「明日の夜は、僕は自分の部屋へ戻る。そこで、キミの冒険話を聞いてやる」
こんな無様な失敗で、海に落ちて死に掛けてるなど、明日の夜には絶対に許さない。
その気持ちを込めると、ソニックは胸をそらして、目指す遺跡群のあった方向を指さした。
「待ってろよ。俺は絶対に神殿のあった場所へ行ってやる!」
何もなくなった、何もない、
そうじゃない。何もない光景がある。その中に、誰かの面影を探してくればいい。
僕は、カオスエメラルドをにぎりしめ、寄り道ではない、本当の目的地へ向けて、
飛んだ。
2010.03.16
「一緒に見たかったんだ」
青い空を映す湖面から、白い鳥が一斉に舞いあがる。
他の、過ごし易い気候の湖へ渡ってゆくのだ。
二度ほど僕らの上を旋回し、風を捕まえてより高い空へ上がってゆく。
「テイルスは?」
「飛行機でここまで来たら、爆音で逃げちまうだろ」
「ナックルズは?」
「アイツはめったにエンジェルアイランドから出ない」
「エミーはどうした?」
「…勘弁してくれよ」
情けない声に苦笑が混じる。
キミと同じ速さで走れるのは僕だけだ。
だから、付き合わされてるんだ。
1歩、前へ歩むソニックが青い青い空を仰ぐ。
その背が、僅かに震えたようで。
「こんな景色は、ひとりでは見られない」
「…寂しいからか?」
「誰かに、そう言われたことでもあるのかい?」
口調だけはいつも通りだ。
でも、僕は、ずっと昔に同じ背中を見たことがある、そんな気がする。
思い出せない、マリアの言葉を…何度も彼女と一緒に足元の星を眺めた、その理由を。
お題「愛してるから」
2010.03.23
ソニックがギターを弾いている。
何度か聞かされたことのある彼のお気に入りのロックだが、アコースティックギターでは同じ曲でもまったく別のもの聞こえる。
まだ練習を始めたばかりなのか、時々指を止めては譜面に顔を突っ込むようにしている。
曲の最後まで弾くと、また最初に戻り、少しずつ躓きが減ってくる。
「だが、まだまだ下手だな」
「WAO!? 聞いてたのか! ギターよりも歌の方が得意なんだぜ」
「では何故ギターを弾いている?」
ソニックは言葉では答えず、楽しげなアルペジオを奏でた。
そして、ギターの腹でコツコツとリズムを刻むと、お気に入りの歌をうたいはじめる。
ハードロックが、彼のうたで子守唄に変わった。
僕は、そんなソニックから少しずつ目を逸らした。
お題「眩しい」
2010.03.25