吸血鬼シャドウさんと
目覚めたのは数日前。
その前は10年近く眠っていただろうか。
目覚めた理由は喉の渇きか、日の光のせいか。
シャドウは黒いマントを深く合わせて窓辺に立ち、夕暮れを待っていた。
城のある村は田舎すぎる場所にあって、外の風景に変わった様子はない。
だが、なにやら嬉しい予感がする。
極上の血を吸えるかもしれない予感。そう考えるとシャドウの頬は自然と緩む。
カラスの鳴き声に、閉じていた目を開くと、部屋は夕闇に満ちていた。
まだ少々早いとは解っていたが、待ちきれない。
蝙蝠の姿を借りて窓の外へ出ると、近くの村へ降りてゆく。以前と変わらない、少々歳を食った村人の顔を確認し、飛び去ろうとして新しい顔に気付いた。
若者。青いハリネズミ。
シャドウが好む金髪碧眼の少女ではなかったが、瑞々しい肌と針の艶に、目覚めたのは彼のせいだと気付いた。
気付かれぬよう変身を解くと、シャドウは若者に声をかけようと歩き出す。
が、やはりまだ時間が早すぎたようだ。夕明りがまぶしく足をふらつかせてしまう。と、それに気付いた若者がシャドウに駆け寄り、抱きかかえるように支えてくれた。
「ちょ、お前っ! 具合でも悪いのか?」
「いや、」
言葉が続けられなかった。いいにおいがする。血の。甘い血の。
シャドウを見つめる若者の瞳も、こちらに釘付けだ。
当然だ。純血の吸血鬼は微笑みひとつで他人を魅了する。若者が頬を染めて目をそらすのを、愉快な気持ちで見つめている。
「キミは、いつこの村へ来た?」
「半年、くらい前、かな。なあ、お前、名前なんて…」
「シャドウだ。キミの名前は、ソニック…」
ココロの底にある名前を拾い読むと、若者は驚いて目を見開いて、笑う。
ああ、なんて、芳しい。
シャドウの喉の渇きが強くなった。
身体を支えてくれる腕に、シャドウの喉が反応する。噛みついてこぼれる血は甘いだろうか。
待つべきだ。
今宵は満月、深夜ならもっと力を得ることができる。
「もしかして、シャドウは、あの、…噂の…?」
「僕は森を入ったところにある屋敷の主だ。長く旅に出ていて戻ってきたばかり」
「実はさ、俺も旅の途中だったんだ。なぜかこの村で留まらなくちゃならない気がして…」
夜の暗闇が満ちてくる。シャドウは己の力が増すのを自覚しながら、目の前の若者を注意深く観察した。
おかしい。
ただの人間ならシャドウの視力で魅了されながら、目をそらせばわけのわからない恐怖に震えるものだ。
なのに、この若者、ソニックは楽しそうに笑っている。
そして。
「きっと、シャドウに会うために…お前を食い殺したくて」
「な、に!?」
ソニックのシャドウを抱く腕がギリギリと強くなる。吸血鬼の力を使っても、腕を振りほどいて距離を置くのに時間がかかった。
甘い血の匂いは変わらない。
なのに。
白い光の柱が寂れた村の隅に落ちる。月が昇った。
「hahaha! お前ってすごくキレイでいいニオイがするぜ?どんな罪を犯したんだ、VAMPIRE!」
「…まさか、WEREHOG!?」
シャドウの目前で、ソニックの身体が大きく膨れ上がる。細かった腕にも筋肉と浅黒い棘が並び、ここに噛みつくのは容易ではなさそうだ。
気付かなかった。甘い血の匂いのせいだ。
罪を犯し魔物に変わった者の血からは、腐臭がする。なのにコイツときたら。
「互いに、美味そうな獲物に出会う為ここに来た、ということか」
「ハラ減ってるんだ。勝った方が負けた方を食うってルールでどうだい?」
「解った。相手をしてやろう」
ソニックは月光を浴びて完全な狼男に変わる。大きな牙と爪。鈍重そうに見えるが侮れない。
同じように月光はシャドウにも力を与えている。指先に光の矢を集め、撃ちおろす瞬間を慎重に狙う。
WOOOOOOONN!!!!
ソニックが雄叫びをあげた。
シャドウが地を蹴ってふわりと宙を舞う。
四足で駆けるソニックがその後を追い木立に爪を掛け大きくジャンプした。
スピードは無いはずなのに、身体のバネの力がすごい。あっという間にシャドウの目前へ迫る。
「カオススピア!」
撃ち出した赤光の矢がソニックの顔を狙う。ぱっと覆った両腕で庇われ、全て弾かれた。
これが効かないというのは、かなり手強い。が。
「吸血鬼ってのはこんな蚊が止まったような攻撃しかできないのかねえ?」
「ウェアホッグてのは、バカなのか?」
ソニックのジャンプ先、軌道を読み留まれそうな木の枝はカオススピアで破壊したのだ。
攻撃を庇った一瞬に、着地先を無くしたソニックの焦る顔は見ものだった。
後足をバタバタさせて、硬い地面に落ちてゆく。さほどのダメージは無いだろうが、屈辱の表情は見ておきたい。
「おわあああ〜〜っなんてな!」
放物線を描いて落ちるその途中で、ソニックの腕がゴムのように伸びた。古木に捕まると、すぐに体勢を立て直し、シャドウへ向けてジャンプする。今度はもっと速い。
「奇妙な腕を持ってるな。その腕で殺してきたのは闇の眷属か」
「人間なんて興味がないね!オレより強いヤツを倒して食らう!」
「倒せるものなら」
カオススピアを次々と八方に飛ばし、それを避けるソニックを慎重に見極める。
ソニックの太い腕は、次々と木々を掴み、空を舞うシャドウに爪をかける。
「お前だって、この村にいるヤツらを食ってないじゃないか!」
「味には好みがある。僕は堕天使狙いでね…はっ!!ぐああっ!」
「Got it!! 」
隙など見せていなかった。なのに、ソニックの伸びる腕が背後から忍び寄り、シャドウを両手で捕まえたのだ。
先程同様、いや、月に照らされ完全体になったソニックの腕は、先程よりもずっと強くシャドウを握りつぶそうとする。
「…カオス ブラスト!」
「うわあっ!」
体中から赤光をはじき出してやると、感電で麻痺したようなソニックが今度こそ地面に落ちてゆく。
顔から踏みしめられた土の上に落ちるソニック。
「僕の、勝ちだ」
側により、どこかから出ている血の、甘い匂いにシャドウは咽喉鳴らす。
だが、倒れているソニックが急に身を起こし、村の外に視線を向けた。
何事かと、シャドウも同じ方向に意識を向ける。
「何者だ…?」
「さあね。俺たちがここで出会ったのも、きっと今から来るヤツの策略さ」
シャドウが吸血するのは、美しさゆえに天の神が召し上げようとする者だ。ただ神の行いを代行するだけの天使など盲目と同じ。ならばお先に、と闇へ誘うのだ。
深い罪を負う者でなければ、本物の闇まで堕ちることは無い。
このソニックはどうなのだろう。力を喰らうと言いながら、穢れの薄さは虫も殺さないレベルだろう。
「来たぜ」
「ああ、二人だ」
新たな気配のひとつが急に消えた。
そして、濃い闇の霧がふたりの足元に漂ったかと思うと、まるで縫いつけられたかのように動きがとれなくなる。
金縛りというヤツか。シャドウもソニックも初めて体験する出来事に焦りを必死で押し隠す。
「キミは、何者だ?」
「…ボクはボク…今は訳あって同行者がいるだけだよ」
「やめろ。お前が殺すなよ、メフィレス」
足元の影からひとりの姿が作られていく。
冷静を失いそうなソニックに制止をかけると、目の前でシャドウそっくりの針鼠の形があらわれてゆく。
影に命令をした、その人は、…15歳程の白い針鼠、少年だった。
「アンタらは、これからオレが狩る」
「ハンターか。…お前も神に愛されてるんだな。いいニオイがするぜ?」
「エクソシスト、だと? まだひとつも闇の眷属を捕らえたことがないルーキーか」
シャドウが言うと図星だったのか、悔しそうに顔を赤らめて俯く。
だが、白い針鼠の左手から繋がっている影は、自在に宙を舞いシャドウとソニックを捕らえようとうごめく。
「オレはシルバー! 聖職者になるため、お前たちの様な闇の眷属を狩る! メフィレス、アイツらを逃がすな!」
シャドウとソニックはちらりと顔を見合わせる。
一時休戦か、どちらが先に裏切ってシルバーとやらに付くのか、それは互いに声に出さない。
迷う一瞬に、メフィレスの霧は濃淡を描いて魔法陣を完成させる。
シルバーの身体が青白く輝いた。
吸血鬼vs狼針鼠vsエクソシストなのでした!wwww
2010.01.24
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