Woods Pod



「Hey Shadow! 待ってたぜ」
「生憎、僕は待ってない」

 人間の手が入らない深い森、無人基地での極秘任務を終えて、すべての痕跡を消しつつ退却という時点で、何故この青いハリネズミに会うのか理解の範疇を超える。

「これ、なーんだ?」

 愉快に笑うソニックの、その指先に現れたのは親指の爪ほどの大きさのメモリーチップ。つい数日前までシャドウが追っていたもの。他の誰でもなく、シャドウが手に入れなくてはならなかった。

「NIDS治療薬に関する分子構造データ。ただし、破棄されるべき内容のもの」
「キミが持っていたのか。どうりで見つからないわけだ」
「GUNに渡る前に、オレもちょっと見ておこうと思ってね。完成した薬がどんな兵器なるか、気になるだろ?」
「それは国家的最重要機密に当たる。データを保護し、機密を知ったものは消さねばならない。…どういうつもりだ?」

 ソニックの指先で、メモリーチップが弄ばれる。爪に弾かれくるくると宙を舞う。指先に落ちたそれを目の前で掲げ、うっとり夢を見るように語る。

「これでも薬なんだぜ?命が助かる子供がいるんだ…お前の大事なあのひともこれならきっと助かった…」
「黙れ。それと引き換えに何万人もの命が失われる可能性もある」
「だから未来に託すって?正しいようで、愚かなようで」

 腰に隠しておいたショットガンを取りだす。セフティを外して銃口をソニックに向ける。外しようのない距離。
 なのに逃げようとしない。そんな素振りもない。
 当然だ。シャドウに撃てるわけがない。

「GUNはヤだけど、シャドウになら渡してやってもいいぜ」

 言って、ソニックはメモリーチップを自分の舌の上に乗せた。そのままぱくんと口を閉じる。
 驚きと焦りに、シャドウは思わず銃を放り出してソニックの腕をつかむ。

「食べた、のか?」
「まさかー。まだ舌の上。…取ってみれば?ただし、鼻を摘まんだら本気で飲むからな」

 ソニックの頬に手を当て、指を口元に添えて、強引に開こうとするけれども、見えるのは強く食いしばった歯だけ。アタマを押さえて顎を引いてみても、貝のように閉じたまま。
 はあ、とシャドウが落胆のため息を大きく吐くと、噛みしめた歯の奥でソニックがくっくと笑う。

「もっと、あるじゃん。簡単な方法が、さ」

 小さな子供にクイズのヒントを教えるように、囁く声に艶がにじむ。
 顎に添えた手で顔を上げさせる。
 森の薄明かりに、恍惚としたソニックの顔が浮き上がる。

「…んんっ…」

 シャドウが口づけるとソニックの唇は容易く割れた。そのまま舌を差し入れて、口腔を探る。ソニックの舌は濡れてあたたかく、その上をたどると吸いつくようにじゃれてくる。
 けれど、その上に、硬い異物はどこにもない。
 唇を離すと、ソニックはこぼれた唾液を手の甲で拭いた。

「く、…どこだ?」
「んー。まだ口の中」

 飴玉を転がすように口をもぐもぐさせて、いたずら好きのハリネズミは、へへん、と嬉しそうに笑う。緊張感のかけらもない。
 二度目のため息を吐く。命の遣り取りではなく、愛情のそれでなければメモリーチップは渡してもらえない。
 もう一度口づける。最初は優しく触れて、少しだけ開いた唇にそっと舌を入れて歯列を舐める。細く尖った牙をなぞると、シャドウの舌を傷つけないように、薄く隙間が開く。そこから少し奥へ入り、今度は歯の裏側を丁寧に舐めてゆく。

「…う…、ふ…ん…」

 鼻にかかった甘い吐息が漏れる。さっきとは違い、ソニックの舌はほとんど動かないままピクピクと痙攣している。あやすように誘うように、シャドウの舌がソニックの舌をからめとると、その下から硬いものがぬるい唾液に流れるように浮き上がる。

「あっ!…んんーっ!」

 掻き合うように二つの舌が絡む。距離はシャドウの方が圧倒的に不利だったけれど、ぐっとソニックの顎を持ち上げると、唾液を呑み込まないようにソニックの舌が咽喉の方に落ち込んで動きが鈍くなった。その瞬間、シャドウの舌先が小さなチップをすくいあげた。
 追いすがる舌が蠢く前に、シャドウはチップを自分の口まで引き上げて、カチンとそれを噛んで押さえた。

「はぁ、はーっ!とられ、ちまった!」

 二人で抱き合うように支えあって、荒い呼吸を繰り返す。
 ソニックは笑いだしそうなほど上機嫌にシャドウの赤い瞳に問いかける。

「な、シャドウ、それどーすんの?あの基地の、タイムカプセルに入れちまうのか?」

 エージェントの依頼は、開発中の生物兵器となる病原菌を消滅させ、特効薬となるデータを大統領府直轄の保護機関…この森の奥にあるシェルターに格納することだった。特効薬が存在するということは、万一の事態に備えるだけでなく、外交的に最強のカードを持つ意味もある。
 ただ、薬は未完成で、多すぎる効能と災厄を秘めていた。

「キミの言う通り…、かもな」

 シャドウはメモリーチップを噛み締める。
 現在、この薬を正しく使うことができない世界なのに、それを未来に託すなんてことは無責任だ。
 今、このデータが失われてもいい。こんな薬がなくても、ひとは精一杯生きられるはずだ。

「すまない、マリア」

 過去に詫びて、シャドウがチップを噛み砕こうとしたとき、ソニックがシャドウの頭のトゲを思いっきり掴んで引っ張った。
 強い衝撃に噛み締める力が緩むと、ソニックは歯を当てる勢いでシャドウからメモリーチップを奪う。
 そして、

 ガチン!

 破片と電子臭がソニックの唇を傷つけた。
 ポロポロと、破片が二人の間に落ちる。

「な、何故だ、ソニック…」
「ha... sorry. やっぱりオレが壊したくなった」

 ヘラリとソニックが笑う。けれど、その笑顔の重さを痛いほどに感じる。
 護られた。シャドウは心からそう思う。

「キミのせいで任務が一つ遂行できなかった。だけど」

 シャドウは続けて礼を言おうとしたのに、言えなくなった。
 微かに血の味がする口づけが始まったから。






おわり。






イ、イキオイのまま、書いたので、詳細設定とかなーんにも考えてないよ♪(どあほう)

口の中で鍔迫り合いをしてみたかった。
甘い飴玉や、酸っぱい果物の種とか、そゆのよりも甘酸っぱいものを感じてくれたらうれしす。


2009.03.25


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