帰ってきてくれた。
 変わってない。すこし変わった。あの頃と。

「セラン!?」




あやとり




 遠く、火の爆ぜる音、笛の音、話す声、笑い声。
 薄い膜につつまれて聞こえる。テントの中。
 オレンジ色の明かりが揺れて、視線をめぐらすと、私が大好きな、優しい人。

「気付いたか。覚えてるか?倒れたこと」
「ソーマさま…?」
「薬草を貰ってこよう」
「いや、行かないで、ソーマさま」

 離れる手に追いすがると、頭の中に暗い影が揺れる。ふらつく体を支えてくれる。

「す…みません」
「謝らなくていい」
「紋章が…」
「あ、ああ。消した。もう必要ないから」

 頬に触れる。闇のしるしはそこに無く、代わりに左の耳に強い願いが輝いてる。
 ふいに、涙が溢れてくる。
 嬉しくて。

「ごめん」
「たくさん泣きました。ソーマさまがいなくなって。忘れてしまいたいのに、忘れられなくて」
「俺も、忘れられなかった。帰るまで、随分遠回りをしたな」

 夢のよう。
 小さな私、もう泣かなくていいの。

「ソーマさまは少し変わった気がしました。でも、やっぱり変わってません」
「セランは、姿は変わってしまったけど、やっぱりセランだな」
「…そうでしょうか?」
「なきむし」
「ひどいです」

 私が怒ると、ソーマさまは笑う。
 ほら、変わってない。でも、少し変わった。
 前より目が優しくなった。

「何も変わってないんだ。セランを人質に取ったのも、ポポを本気で殺そうと思ったのも、ここにいる俺だ」
「わかっていました。ソーマさまが苦しんでいたこと。傷ついていたこと」
「許されないことをした」
「みんなソーマさまを許しています」
「知ってる」

 出会ったときから、変わらない。
 ソーマさまは、たったひとりで罪を背負おうとするんです。

「ソーマさま。…前に見せてくださったあやとり、もう一度見せてください」
「上手くないよ?母さんほどは」

 弓に張る糸を長く切って輪を作る。
 細い指がしなやかに動いて、さまざまな形をつくる。
 川、網、鼓、魚、梯子、箒、橋、蝶、
 ひとつの輪が作り出す無限。

「・・・・取り違えた。絡まった」

 無理に引っ張ればますます絡まる。
 ふたりで解そうとしても、癖の無い糸は結び目あたりで堅くなったまま。

「切ろう」
「切ってしまうんですか?」

 せっかく見せてくれた夢が途切れてしまうようで、残念で、少し悲しい。
 そんな私に、ソーマさまは少し笑う。
 迷わず、結び目を切り落として、絡んだ糸を今度こそ慎重に解していく。
 長い糸が甦った。

「また繋げればいい」

 ソーマさま、
 いつか、私の運命の輪が切れてしまっても、また同じように繋げてくれますか?
 元通りの輪、最初の輪、あなたと同じ。
 その力を私にもください。

「セラン。あやとりはふたりでもできる」
「教えてくださいます?」
「もう少し元気になったら、ね」

 らせんの輪の夢、あなたの指で教えてください。




おわる


やりたかったのは掛け合い漫才なんだが。いまいち。すみませんこんなので。(汗)

2006.05.30


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