ソーマは、ぼくの本当に辛いことなんか、解からないんだから。
 きつくきつく抱きしめる。
 どこにも行かないで。




月虹



 白い月が夜の真ん中に浮かんでる。
 ソーマは月を見るのが好きだから、こんな夜には必ず空を見上げてる。
 今日も、ほら、ひとりで。
 高く伸びたテッセンの上。
 ぼくが近づいても身じろぎひとつしないで、心を奪われている。

「ソーマ」

 たまらなくなって、呼びかける。ぼくに気付いてよ。

「そんなに、月が好き?」

 月の中でゆらり、影が揺れて消えた。
 その代わりに、虹色の光がいくつも浮かぶ。空に輝くものが散らかる。

 光、光、淡い虹色。

「ソ、ソーマ!? どこ?」
「今下りる」

 小さな光を纏って、ふわりと落ちる影。一緒に落ちてくる水滴。
 もう一度月を見上げて、虹色は露のプリズムだと気付いた。
 ほっと胸をなでおろしながら、それでもソーマの形を確かめたくて、細い肩にしがみつくみたいに抱きついた。

「光に、なっちゃったかと思った」

 月明かりに、苦笑するソーマが見えた。
 冗談なんかじゃないよ。本当だよ。
 あの時みたいに。ぼくの手の中で、ソーマは光になってしまいそうだったみたいに。

「どこにも行かないで。お願いだから、どこにも」
「ポポ、お前…泣くほどのことじゃないだろう?」
「ソーマは知らないんだ」

 何を?

 そう言いかける口をキスして塞ぐ。
 痛みが伝わる?
 ぼくが、ソーマを失くしてしまったら、この世界がどれほど無意味になるか、なんて。

「…知ってるから」

 こつん。額がぶつかる。
 やさしく、ぼくを抱いてくれる。

「泣くな。お前の目の方が、溶けて光になりそうだ」
「ぼくが、光に?」
「ほら、そんなこと考えたこともないんだろう?俺が月に何を誓ってるかなんて、知らないだろう」

 何を?

 問いかける前に、ソーマの唇が届いた。
 ぬくもりが伝わる。
 繋がる思いは、ふたり、同じ。

「だから、月に嫉妬なんてやめろよ。意味無いから」
「そんなことしてないよ!」

 怒って泣いて笑って、気持ち全部、交換しよう。
 あたたかいキスをしよう。
 そして、最後まで、いっしょに、ね。

「だいすき」

 もうどっちが言ったのか、わからないほど。
 きつくきつく抱きしめる。
 どこにも行かない。





続いてしまいます…。


2006.06.10