子供の顔と、大人の顔と、優しさと強がりと。
一番危ないところで一番安定するそんなお前を、気付いてないと思ったか?
優しい時間
まだ夜と言えるだろう。
ひとりでキャンプを抜けるソーマを追いかけるのは容易かった。
珍しく無警戒だったから、こっそりアダーの手の者と接触してるのかという疑いはすぐ立ち消えた。
香りの強い夜の花の前で、ソーマは足を止めて明かりを灯した。その葉を何枚か取って、くしゃくしゃと潰し始める。薬草だ。
この間、戦ったときの傷はそんなにひどかっただろうか。ソーマは自分で薬を使っていたからよく確かめなかった。
やがて、薬ができたのか、それを塗るために服を脱いだソーマを見てビビは息を飲んだ。
「誰だ!?」
「…俺」
「…なんだ、ビビか。脅かすなよ」
「脅かしてんのはオマエだろ?何だよ、傷だらけじゃないか!?」
隠れてる意味も無くなったので明かりの側まで寄ると、白い肌に残る傷痕が一層無残に見える。
新しい傷と、少し古いもの。古いものの方がひどいのは一目。
右肩には血と膿で汚れた包帯、解くというよりも剥がすのが大変そうだ。
最後にこの手当てをしたのは、チョーク?
「いつ、こんな…この前デュークの甲虫と戦った時のじゃないな」
「……」
「黙るな。大人は気付いてんだぞ?」
「え?」
「最初に気付いたのはブーだけどな。バビもオマエが食事してるときの様子がおかしいってよ」
「そう、か。気付かれないように振舞ってたんだけどな」
「俺は今まで気付かなかったさ。…デュークにやられたのか?それともアダーか?」
なるだけ新しくて柔らかな葉を千切って、一緒にすりつぶす。夜露を含ませて肩の包帯の上から湿布にすると、眉根を寄せて痛みに耐えている。
「デュークだよ」
「父親、じゃなかったのか?」
「父親だ。似てるんじゃないかな、目的も手段もゴチャゴチャなところが」
「酷いな。子供にこんな傷」
「…でも俺のオヤジでよかった。ポポの父親じゃなくてよかった」
穏やかに目を細めるソーマは、一瞬とても大人びてみえた。
「自分の親と戦うなんて、俺だけでいい」
「…そんな風に思ってたんだな」
「ポポには言うな」
と思ったらまた子供に逆戻り。
苦笑すると、案の定むくれる。
「アイツは、まだ本当の父親の行方も解からないし、守護者の証の責任を負うことだけで大変だろう?俺は、アイツの、いや、みんなの負担になりたくはない」
「負担だなんて思わないけどよ。まあポポには内緒にしておいてやるよ」
傷の手当てを進める。背中の傷など、今まで放置していたのか。
この体で、腕で、剣を振るい弓を飛ばした。無理をしているとは言わない。集中力とセンスを誉めてやってもいいくらいだ。
こんな無茶苦茶をやってられるのも、きっとあと少しの間。大人になれば変わってしまうかもしれない。
ふと思いついて、薬草を口噛みする。硬い繊維が多いが、よく噛めば苦味と一緒に唾液に溶けるのだ。
「ソーマ、口開けてみな」
素直に、ソーマが明かりの前で口を開くと、予想通りその中にも傷がある。
殴られた痕。
軽く顎を持ち上げて、口の中の苦味をソーマの中に移してやる。
最初、身を堅くしたが、傷に染みないのが解かるとおとなしく受け入れた。
「この傷、本当の傷だ。描いたんだと思ってた」
ソーマの手が右頬に当たる。
驚いて少し距離を取った。
隠していたわけではないが、実はあまり恰好のいい話じゃない。
「オヤジは傷のせいで片目見えなくなったけど、あの頃は失っても得るものがあったんだ…」
「デュークだけじゃねえ。大人ってのはな、埃っぽい時間が積もって面倒なイキモノなんだよ。そのうちじっくり語って聞かせてやるよ」
「話はいらない。だけど」
俺を見上げる顔は、今の時間と同じ。
夜と朝の間。
子供でもなく大人でもない、ほんの一瞬。
「ちょっと、信じてもいい」
「十分だ」
おわり
脱いでたりちゅーしたりのくせに、色気の欠片もありませんね。
すみません。(土下座)
2006.05.20
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