「あんたらも難民か?」
「え…ぼくたちは旅をして…」
「ならば早々に立ち去りなさい」

 樹液がいっぱい出てるクヌギの森、大きな街に集まる疲れ果てた森の民たち。
 ため息をつくおじいさんにポポたちが事情を聞こうとすると、何か泣き叫びながら女の子がソーマにぶつかった。

「私はいや!あんなヤツの側へ行くなら、光になるんだから!」
「待ってくれ、アミィ!」

 ソーマがアミィと呼ばれた女の子の腕を捕まえた。顔を見合わせてその場の全員が息を飲む。

「あ」

 鏡の中から出てきたような、同じ顔だった。




鏡の向こうの森





「放して!」
「同じ顔で、光になる、なんて言われて放す気にはならないね」

 アミィはソーマより少し年上みたいだった。背丈は同じくらいで、肩で揃えられた金の髪。違いは胸があるか無いか、くらい。
 彼女を追ってきた少年を見て、またみんな驚いた。見事な赤毛、深みのある緑の服、なんとなくポポがもう少し大きくなったみたいで。

「何があったんですか?この森で…こんなに立派なクヌギがあるのに、どうしてみんな疲れてるんですか?」
「ぼくたちは…この近くの森に住んでいたんだけど、突然森が枯れてここに流れてきた難民なんだ」
「難民…」

 少年はユーリと名乗って話してくれた。
 徐々に森が枯れはじめて、光になってしまうよりはと、多くの森の民がこの森に流れてきた。
 そして、このクヌギの街は横柄な主人ムルカが強力な甲虫を使って好き放題やっているという。

「森のめぐみが少なくなって、その、少子化対策とかでムルカはアミィを差し出せと言い出したんだ。じゃないと、難民を全員、赤い目の甲虫で光にすると」
「赤い目の甲虫!?」
「私は絶対いやよ!あんなヤツと結婚なんて…」
「だから結婚式のスキを突いて、ぼくがムルカを捕らえるから」
「それでユーリが赤い目の甲虫に光にされちゃったら…もっといや!」

 難民が沢山いる、なんとかしてあげたい。
 変なヤツが力ずくで街を支配してるのもなんとかしたい。
 赤い目の甲虫がいるというのも聞き捨てならない。
 そして、なによりこのユーリとアミィに仲良くしてほしい。
 ・・・
 ポポがぽんと手を打った。

「ソーマ、身代わりになってあげてよ」
「え…えええ?俺が!?」
「おお、いい考えだナ!」
「名案だねぇ!お嬢ちゃんとそっくりだからバレないよ!」
「それにイザというときに自分で身を守れるからな」
「ひとだすけ、ひとだすけ」
「キャー!ソーマさまっウェディングドレスの着付けはセランが手伝いますぅ!」

 ユーリとアミィが一瞬戸惑いつつも、期待に表情を明るくさせた。
 疲れ果てた難民たちも、希望を見出したように歓声を上げる。

 ソーマはいやとは言えなかった。



+ + + + + + + + + + + + + + + +




「赤い目の甲虫って言ってたけど、ここでもアダーの手下が糸を引いてるんだろうか」
「森の民を光に変えるなんて言ってるから、きっとそうだろうね。…ソーマ、髪きれいだね」
「うるさい」

 ポポがソーマの髪に櫛を入れて、レースのベールを被せる。胸に詰め物までして着たシルクのドレスは、確かに見た目は純潔の乙女だったりする。
 さっきまでは、ガーターベルトの着け方がわからなくて、散々遊ばれた。

「俺、親いなくて良かったかも」(まだいないと思ってる)

 ソーマはため息混じりにこぼす。
 こんな姿を親が見たら泣くだろう。何が悲しくて息子がウェディングドレス…。

「ルージュは何色がいい?赤?」
「勘弁してくれ」
「じゃあピンク?」
「色が問題じゃなくて」
「ぼくもドレス着てソーマに付いて行こうかなぁ」
「絶対ダメ」
「どうして」
「似合いすぎるから!」

 カーン、カーン、
 鐘が鳴る。この街の主、ムルカが呼んでいる。

「じゃあ手筈通りに。できるだけ時間を稼ぐ」
「がんばって、ソーマ。ユーリたちの反乱を成功させたら急いで助けに行くからね」

 ソーマがクヌギの上に作られたムルカの屋敷に入ったところから、難民たちの反乱が始まる。
 赤い目の甲虫が出てくる前に弱い者は逃がし、力のあるものは横暴に染まったこの街の者を捕らえていく。自治の要求なんかはムルカをやっつけてからだ。

 ソーマはドレスの裾をふんずけないように注意しながら階段を上がり、屋敷の扉の前でチラリと後ろを振り返ると、難民たちが輪になってるあたりで、ポポが手を振ってるのが見えた。
 ふっと苦笑して、次に気合を入れなおす。

 大扉をあけて後ろ手に締めると、広間の向こうに真っ白いスーツを着込んだ青年から中年の微妙な位置にいそうな、金の巻き毛男がいた。

「やぁ〜アミィ!よぉく来てくれたねぇ〜。 ぼ く の は な よ め !!」

 いやー!と叫んだアミィの気持ちがよーく解かった。顔は普通なのに、喋りがねちこい。
 これでは、赤い目の甲虫がそばにいなくても、近寄りたくない。
 替え玉がバレないように、必死で悲鳴を抑えてる自分を誉めてやりたかった。
 そういえば、赤い目の甲虫は…視線を巡らせて、隣の間に滑らかな黒い大顎が覗いている。ブルマイスターツヤクワガタだ。ということは、側にいるのは…

「…こんな話は聞いていないぞ!難民から1人だけ助けるんじゃなかったのか!」

 叫んだ女はチョークだった。
 ムルカは怖気のする笑みを閃かせながら、ゆっくりソーマに歩み寄る。

「ええ〜そぉですよぉ〜?キレイな子でしょぉ〜?他のヤツらは全部光に変えちゃってくださぁい」
「バカ者め!その子は…その子は…!」(まだ名乗れないチョーク)

 あまりのキモさにソーマは思わず逃げ場を探してあとずさるが、広げられた両手に阻まれて、すぐ壁際に追い詰められた。
 ベールが持ち上げられる。ムルカの満足そうな表情は、ソーマが怯えているのを楽しんでいるからだ。そしてムルカの接近は止まらない。

 キスが来る!

 時間を稼ぐと言った手前、耐えるべきだろう。ぎゅっと目をつぶる。
 渋柿食べたと思って耐えれば…耐えれば…耐えれば…
 口元にムルカの息がかかった瞬間。

「限界!」

 ソーマの足が垂直に上がり、ハイヒールのかかとがムルカの顎にめり込んだ。

「ブルマイスター!ムルカを光に変えておしまい!」

 チョークの号令が轟いた。

「ぐええぇぇ〜なんでぇぇ〜?」

 どさぁ〜。ただ倒れるだけなのに、一場面を引き摺るしつこさのムルカ。
 その胸にソーマがゲシッとハイヒールを突き立てると、怒り爆発で叫ぶ。

「おっさん、俺が光に変えてやろうか!!」
「なななななにいってアミィちゃんっ!って声が全然」

 ムルカにドレスの裾を思いっきり捲くられる。

「ぎゃああああ!」
「ぎゃああああ!」
「ぎゃああああ!」

 誰の悲鳴かよくわからない。

「ボクはキミに何かがついてても全然構わない!」
「やめろー!俺の脚にしがみつくなー!!」

 絡み付かれ、ドレスを踏みつけられ、思うように抵抗できないままソーマはあっという間に組み敷かれてしまった。
 仕込んでいる武器はレッグガーターのナイフだけで、手が届かない。
 スカートが破られ、フリルが千切られ、肩紐が切れる。
 必死で抵抗するソーマを、ムルカがイッちゃった目で眺める。いろんな意味で怖い。

「ポポ、早く来い!」
「ソーマ、抵抗をやめろ!」

 心底願った言葉に答えたのは、ポポではなくチョーク。
 ブルマイスターを器用に操って、その大顎でソーマに乗っかるムルカだけを跳ね飛ばした。
 ムルカは反対側の壁まで吹っ飛ばされて、おめでたく泡を噴いた。
 改めて、ソーマは足からナイフを取り出して、ブルマイスターに構える。

「どうして俺を助ける!?」
「お前のお婿さんは私が決めてやる!アイツはダメ!」
「意味わからない!!」

 バタン!

「ソーマ!助けにき・・・」

 扉を開けたポポが見たものは、艶姿で大型甲虫に立ち向かう姫。

「・・・・・・・ム、ムシキングー!」

 ポポの絶叫にムシキングは応えなかった。
 ぷわーんと飛んできたのはチビキング。ポポの後頭部にパカンと当たる。

「いってぇー!何するんだよ!」
「ソーマ助けるのにムシキング呼んでどうすんだよ!お前が助けろよ!」
「…それもそうだね。お姫さまを助けるのは王子さまだもんね」
「誰が姫で誰が王子だ!?」

 ソーマのツッコミは放置して、通常三割増しの笑顔でチョークとブルマイスターを威圧するポポ。
 笑顔で怒ってる…。そういうヤツが一番恐い。

「チョーク、ソーマはぼくが貰う」
「何言ってるんだポポ」
「許さないっ!こんな子供にソーマは渡さない!」
「アンタも何言ってるんだ」

 チョークがさっと腕を翻すと、ブルマイスターがポポに向かって走り出す。
 ポポもブーメランを握りしめて身構える。
 その距離がゼロになる直前、真っ白い影が割り込んだ。

「やめろ!ポポを傷つけるな!」
「ソ、ソーマ!?」
「くっ!! ブルマイスター、やめろぉ!」

 獲物を目の前でお預けされて、ブルマイスターは狂ったように吠える。けれど、チョークは攻撃を許さなかった。
 しばらくポポの前に立ちふさがるソーマを見つめて、ガックリ肩を落とす。

「お前が望むのなら、それでもいい。けれど…別れたくなったらすぐに実家に戻るんだよ!」
「…だから、言ってる意味がわからない…」
「今日のところは退いてやる。ブルマイスター、来い」

 チョークは窓を破って、ブルマイスターは壁を破って出て行った。
 ソーマは踏ん張っていた足からハイヒールを蹴り脱いで、その場にぺたんと座り込んだ。

「大丈夫?」
「…靴擦れした…」
「守ってあげたいと思ってたのに、守られちゃった」
「次はポポがドレス着ろよ。その方が守り甲斐があるから」
「さっきはやめろって言ったのに?」

 ポポがすっかり乱れたソーマの髪を指で櫛付けると、さらさらの金の紗が甦る。
 きれいだな。女の子じゃなくてもソーマはきれいだな。
 そんなこと思いながら、ポポはそっとソーマに口づけた。

 さっきは同じことをムルカにされそうになって逆上したのに、相手がポポだとなんとなく許してしまう。
 ソーマは自分で自分が不思議だった。

「よぅっ!ポポ、ソーマ!下の反乱はあらかた片付いたぜ!」
「親玉のムルカってヤツはどこだい?」

 ポポが壁際で伸びてるムルカを指差す。

「・・・・んんっ、や、もう、やめろっ・・・!」
「ダメ♪」

 バタバタとユーリや沢山の難民たちがやってきても、ポポはソーマを抱きしめる手を緩めようとしなかった。

 ポポならいいかも、と思ったことを早くも後悔するソーマ。
 チョーク、俺の実家ってどこですか??



+ + + + + + + + + + + + + + + +




 虫たちが少なくなって弱くなってしまった森を、ここに集まったみんなで守っていく。
 ムルカ以外のクヌギの森の住人たちと、難民たちの会議であっさり決まった。というか、それが森の民の仕事だから。
 今まで、赤い目の甲虫の力でわがまま放題だったムルカはというと、アミィに

「もう一度、蹴って♪」

 と頼み、壮絶なケリを食らって昏倒したらしい。



「そろそろ行こっか」

 ポポが振り返ると、サーカス団のみんなは弾むステップで歩き出す。
 パムは花をひとつ摘んでいる。

「いろいろありがとう。ぼくたち、ここでがんばるよ。旅が終わったらまた来て欲しい」
「私も、ソーマみたいに早くウェディングドレスが着れるようになりたいわ」

 見送りのユーリとアミィに、パムが花を差し出した。

「またここに来るときには、あなたたちの赤ちゃんに会えると嬉しい」

 ポポとソーマが顔を見合わせた。

「どっちに似るのかな?ぼくかな?ソーマかな?」
「…俺たちの子供じゃないだろ…」


 高い木に吊るされたところから、遠くねちこい声が届いた。

「おとこのこのアミィちゃんもだいすきだよぉぉ〜〜」

 ソーマは無言で弓を引き絞った。



おしまい。


こんなオチでした。軽いなっ!(笑)

私は、オリジナルなキャラを出すのが苦手です。めったにやらない。
今回ちょっと出ましたが、そっくりさんは説明しなくてもええですね。
名前はたまたまパソ付近に転がってる「デザイナー/一条ゆかり」と「トーマの心臓/萩尾望都」からパクり。
変態おにいさんは、某ロムスカなんちゃらラピュタの人と、ムルタ・アズラエルの人を足してコネコネしました。どっちも大好きな変態です。絶叫系?(笑)はははは人がゴミのようだ!青き清浄なる世界の為に死ねぇ!
何が一番書きたかったって、ドレスで蹴り上げソーマですともよ。ステキ♪(変態>自分)

2006.05.23-05.27


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