焚き火を囲んで、今日一日の災難を笑いあっていると。
 ソーマは懐から出した紙を広げて、何かを書きつけて、しばらく懐かしむように見つめた。

「それは、地図?」




引力



 覗きこむと端を伸ばして見せてくれた。

「まだ地図って言えるもんじゃない」
「でも、書き込んだのって、今日越えてきた断崖だよね?そして、今いるのがこのあたり?」
「もう少し北、かな」
「北…?」
「方角、わかるだろう?」
「…夜だし、太陽無いし、月も無いし…」
「教えてやるから一回で憶えろ」

 いつもの呆れたようなため息はなかった。
 立ち上がったソーマはぼくの手を引いて、明かりの囲みを外れて歩く。

「わ、わわ、真っ暗だよソーマ!」
「闇夜だからな。月があれば太陽と同じに方角がわかるけど、星夜の見方も憶えておけばいい」

 少し開けたところへ出ると、引かれる手が止まる。
 そのまま腕を取られて、伸ばされる先に明るい星。

「この季節、天より南に明るい星があれば麦の穂星、並びをカーブしてオレンジの雨星、続いて車星、角を辿れば北の極み星」
「あ、ホントだ。父さんにも教えてもらったよ、北の極み星。でも探し方は違ったような…」
「夏は弓飾り星から辿るし、秋は四つ星と刻み星、冬は蝶星から辿る」
「それそれ、蝶星!今、どこにいるの?」
「西の端」
「へぇ…あ、見つけた。不思議…なんで変わっちゃうのかな?」
「不思議でもなんでもないけど」

 真っ暗でわからないけれど、ソーマの声音が優しかった。
 きっとさっき、地図を見つめてたときと同じ。

「星が懐かしい、の?」
「え、何故そんなこと言うんだ」
「地図とか、図鑑とかって、なんだか懐かしい気がしない?見たことのないものを想像したり」
「俺は見たことの無いものは見るまで納得しない性質なんだ」
「それで、地図は書きかけなんだね」

 記録。
 今までソーマが通ってきた道、通ってきた時間。
 確かなものを探してるソーマの、確かな記録。

 じゃあ、星は?

「星の地図は書かないの?」
「毎晩見てれば憶えるだろ」
「毎晩見るの!?季節で変わっちゃうのに?」
「…さっき教えた方角、憶えてるか?南西に歩けばみんなのところに戻れるからな」
「あ・・・ソ、ソーマ!?置いていかないでよー!」

 慌てて手を振り回して、ソーマの肩を捕まえた。

「毎晩見る!見るから、もう一回教えて!」
「方角を知るのは自分の立ち居地を知るためだ。闇夜でなければ迷わない。一緒に旅をするんだろう?」
「ソーマにとって、星は迷いを払うもの、なんだね」

 答えはくれなかった。
 でも、もう一度ぼくの手をとって空を指差す。

 麦の穂星、雨星、車星、角を辿って北の極み星。

「さて、南西は?」
「あっち」
「憶えたな」
「明日も教えてくれる?」




おわる






出た、星話。(好きだからさ!)
麦の穂星=スピカ
雨星=アークトゥルス、
車星=北斗七星、
北の極み星=まんま北極星。
夏の白鳥座なんかはムシではトンボになりそうな形だよね。

2006.06.06


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