まだ見ぬ空





faraway


 あんなに渦巻いていた雲はどこへ行ったのか。
 カラカラの晴天に影だけが黒く、白く染まった廃墟にパサーの足跡が残る。
 こんなところにまさか、と思いつつ慎重に歩みを進める。
 あからさまな鳴子を見つけ素人かと思えば、巧妙に隠された別の鳴子を踏んでしまう。
 厄介なヤツがいるのか?

「―――それ以上、この地に足を踏み入れるな」

 高い位置から朗々とこだまする声は聞き覚えのあるもの。
 見上げると、クワガタのような兜と棍を持つ、少年。

「何やってんだ、ソーマ」
「…パサー!? あんたか」




廃遺跡




 かつて、アダーの手下が使っていた廃墟は使う者が居なくなってから放棄されたはずだった。
 そこに「デュークが生きている」という噂を聞いたのはパサーだった。
 小悪党連中が金目のものを狙って入り込むと、変な兜をかぶった男に追い返されるという話。多勢で押し込もうとしても、怪しい技で同士討ちを始めたり恐慌状態になるらしい。
 不信をそのままにしておけず、パサーが様子を見に来たのだ。

「デュークの兜と棍、おまえが使ってるのか」
「使えない。兜はサイズがぶかぶかだし、棍もまだ振り回す程度」
「それで小悪党たちを追い払ってたんだろ」
「こけおどしに使えるからな。アイツみたいなことはできない。妙な奴らを追い払うなら落石の仕掛けを弓で落とせばいいし、幻惑は蝶でできる」

 チョークの技は継いだらしい。

「こんなところで何をしているんだ?」
「調べていた。森の民のことを」
「ああ?」
「どうしてもわからないことがある。教えてくれないか?パサー」

 廃墟の奥は力を失った遺跡になっている。パサーが奥まで入ったことはあまり無かったが、ソーマは頻繁に出入りしているようだ。
 壁に刻まれた文字を丹念に読み解けば、甲虫を操る技もわかる、かもしれない。実際に甲虫を操ったのはアダーだし、その仕組みを正確に理解していたのはデュークだけだろう。

「このあたりの壁画と文字、二重螺旋と進化の話」
「遠い宇宙の彼方にあったって云う、アダーの故郷のことか。滅んだ星だろう」
「ヒトが滅ぼした。過ちを繰り返さぬよう、ヒトが滅ぼさぬ世界を創る…」
「ヒトというのが森の民か。その星のヤツが全員赤い目にでもなったっていうのか?」
「そうじゃない。以前の星とこの星と…比べて、進化の道筋が消えているんだ」

 海から生まれた虫の子孫、植物の子孫、生態系の壁画。その中に森の民への進化の過程が一切描かれていない。虫と植物の間にぽつんと存在している。

「俺にはわからん。デュークならわかったかもしれんが」
「アイツになら生きていても聞く気にはなれないけどな」
「昔は違ったんだろう」
「何故、わかる?」
「チョークを見ていればわかっただろう」
「…ああ」

 壁画を見つめ、ここまでか、と呟いたソーマは旅装を調えていた。

「出かけるのか?」
「さっき引き払うつもりで外にでたらあんたがいたんだ」
「この遺跡はこのままか?」
「小悪党には住みにくい場所だよ。それに遺跡も、荒らすなら荒らせばいいし、甲虫を操ろうなんて根性があるやつがいればやってみればいい」

 この場所の知識は相当積み込んだソーマのことだ。その結論にパサーも異存はなかった。

「おまえは何が知りたくてこんなところに来てたんだ」
「ソラを越える方法を」
「こんなところには無いだろう。デュークのことでも調べたらどうだ」

 ソーマは俯いて、ふっとため息を漏らす。
 デュークの件に触れることに大きなためらいがあるのだろう。

「もしも、俺もデュークのようになってしまったら」
「ならないだろう」
「昔は、親父も、ああじゃなかったはずだって、言ったのはパサーだろ」
「だからこそ、おまえが知ってやれ。何、おまえがトチ狂えば今度こそポポがおまえの息の根止めるさ」

 ありえなさそうで、ありそうだ。
 ふたりで思い至って同時に吹き出した。

「また旅か?」
「そのつもり」
「少し、俺の森へ寄れ」
「パサーの?あれから甦ったのか」
「ああ。大変なことになってるぞ」

 全然大変じゃなさそうに誘うパサーに、「恩もあるし」とソーマが呟いた。
 壁画の前にデュークの兜を置く。
 不思議と埃の積もらないその場所に、いつまで存在するか判らないけれど。

 立ち去り際にソーマは一度だけ振り返った。



End






で。ソーマはパサーの森へ行きます。
パサーの弟妹の面倒を一緒にみるハメになるのです。
子守を仕込まれるソーマ。(笑)


2006.07.01


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