今年は春が遅い。
 白い風花がいつまでも地表を覆って、種の目覚めを焦らす。
 それでも日が差せば、きれいだと母は喜ぶのだけれど。




春の庭まで





「石炭と樹液を持ってきた」
「ありがとう。このあたりではまだ薪も取れなくて。そろそろ遠出をしなくちゃって思ってた」

 肩にかかった雪を払いながら、ソーマが渡した袋はかなりの重さだった。春が来るまで必要な分量の石炭。まだその時期は遠いという意味だ。
 パムは今、小さな男の子にかかりきりだ。父親に似たらしく、泣いてばかりで困らせる。

「ポポ、おまえの、母さんは?」
「うん。・・・あんまり。多分、もう・・・」
「そうか」

 女手だけで、ポポを育て上げた。異変の時には命懸けで森を守った。一度は倒れ、セランに助けられたけれど、蓄積された疲労は徐々に母の身体を蝕んだ。
 病に倒れたのは前の春だった。

「会っていく?」

 問うと、少し迷ってソーマは頷いた。

 暖炉の灰を掻き出して、新しい石炭をくべる。
 パチン。大きな音で炎が爆ぜた。
 ベッドの方を振り返ったふたりは少し驚いた。
 そして、目覚めてしまった人も、驚いていた。

「夢の続きかと思ったわ。あの人も、友達と暖炉に火をくべていたのよ」

 あの人とはポポの父、ペレのことであり、友達の名をふたりは聞こうとは思わなかった。
 聞けば、悲しい話になりそうだったから。

「命の花のことを、教えてください。あなたの白い花は、船だったんですね?」

 唐突にソーマが尋ねた。今、問わずにはいられないと、吹っ切るように。
 今聞いてしまわなければ、知る機会を永遠に逃してしまうから、だろう。

「遺跡に魂を吸い取られる直前に自ら命を光に変えて、森の命をあなたの身に集めた。花になったのは、船となり飛び立たないために」
「そんなに難しいことじゃなかったのよ」
「森に命を還すとき、少なからずあなたの命も削ってしまった」
「必要なことでしょう」

 こぼれる微笑は、あの花のように儚い。

「大切なのは、信じること。・・・私は、幸せだったから、何も悔いてはいないわ」
「ありがとう、ございます」

 ソーマが頭を垂れた。

「母さん、春になったら遺跡に行こう。パムも小さなペレも、ソーマも一緒に」
「ええ、必ず・・・」

 隣の部屋から赤ん坊特有の泣き声が轟いた。
 母は、本当に幸せそうに笑って、泣き声を子守唄に眠ってしまった。

「・・・じゃ、俺はそろそろお暇しようか」
「何言ってるの?小さなペレはソーマが抱いたら一発で泣き止むんだよ?パムが子守名人だってさ」
「お前らに子守の才能が無さすぎなんだよ」

 灰の入ったバケツを抱えて、ソーマは部屋を出て行く。居間の暖炉にも火を入れなければならないから。
 母の肩に毛布をかけ直しながら、願わずにはいられない。

 もう少し幸せが続くように。
 せめて、春まで。




おわる。






あの頃を知る大人が減っていくのは、子供が子供でいられなくなるからだ。


2006.05.13


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