風の墓碑
崩れかけた廃都に、あの頃と同じ乾いた風は吹き付ける。
甲虫を力の象徴として祀り上げていた遠い星からきた者たちの痕跡は、ゆっくりと失われていく。
知識を弔うつもりで、ソーマは笛を吹き始めた。
風が笛の音を遺跡の奥にまで届けると、遠く細く歌声が帰って来た。
空耳かと疑って笛から唇を離してみると歌は止まり、代わりに小さな影がまぶしそうにソーマを見上げている。
「笛、もっと吹いて」
「・・・パム?」
蝶の力を借りて、歌声の主の所へふわりと降りる。
その姿は出合った頃のパムよりも少し幼い。髪と服と瞳の色は漆黒で、肌は抜けるような白。
もう一度笛を吹くと、彼女は確かにパムの声で懐かしい歌を歌った。
「君が、オリジナルなのか」
問いではなく確認だった。彼女は笑うことを知っていた。
「ここにいたパムたちは、もう、誰も?」
「ここには私だけ。私の心を分けたものたちはこの星に数人存在する」
「君のように、遺跡を守ってるのか」
「それが私の望み」
彼女は廃都の中へ入っていく。暗いのではないかと思っていた部屋は、建物の軋みでできた隙間からいく筋も光が入り、薄明かりで満ちていた。
壁には幾つもの絵が描かれている。
以前にも見た、遠い星からやってきた者たちの物語。
そして、今、彼女が壁に描き付けようとしているのは、ソーマの見知った者たちだった。
「ポポの・・・、輝きの森で起きたこと?」
「私は書き記す。この星の全ての事象。先に訪れる者を導く為」
「たったひとりで、永遠に?」
遥かな夢を抱いて、去っていったセランと同じ。
「あなたは、永遠という言葉の意味を知っていますか?」
小さなパムは心から幸せそうに微笑んだ。
「求める者、ソーマ。あなたにお礼をしなくてはなりません」
「お礼?」
「笛を吹いてくれたから」
彼女は小石を拾って、壁にさらさらと蝶の絵を描いた。
そこにふっと息をかけると壁から離れ、燐光を放って舞い、ソーマの胸に飛び込んだ。
「・・・今のは?」
「命を光に変える力。遠い星で使われた力。使う、使わないはあなたの自由」
「命を、光に?」
「いつまで、一人旅を続けるの?」
それは答えの無い問いだった。
けれど、小さなパムはソーマの胸に手を当てて、にっこり笑った。
「あなたは解かっているはず。あなたが永遠を手に入れられるように祈ります」
廃都の外までゆっくり歩いて振り返る。
月明かりに白く照らされて、夢の続きを望んでまどろんでいる。
ソーマは笛を吹いてみたけれど、歌声は帰ってこなかった。
訪れる者は無くとも、墓碑は永遠に書き綴られる。
おわる。
ソーマさま、遺跡めぐりの旅っ!
積み重ねて行こうよ。
2006.05.06
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