おかあさんはおそらへとんでいっちゃった

泣きじゃくる幼子をなだめながら、まさかという思いと、やはりという思いが交錯する。
あの者たちは、ただの森の民などではない。
おそらく、この子も。
恐れが、抱きしめる手を留めてしまう。

流れ者だった彼らは、ふわりとこの恵み少ない北の森に根を下ろした。
ふたりとも、よく笑った。よく働いた。
父親は勇敢な戦士でもあった。
母親の歌声は安らぎをもたらした。
ふたりの子は美しく聡明だった。

北のはずれの寂れた村には不似合いな家族。
どこかから逃げてきたんじゃないのか?
そんなささやきが冗談の中に紛れ込んだ。
夏の、ゆらめく太陽に不吉な影が現れるまでは。

幸せが過ぎたのだ。

父親は、野心に燃えた男の顔をして去った。
そして、母親も女の顔をして去ったのだ。

おとうさんは おかあさんは どこにいっちゃったの?

「ソーマ、お前はひとりじゃないよ。これからはこの村のみんなが家族だからね」

涙を拭いて、頭をなでてやると、幼子は静かになった。
けれど、その瞳に映っているものは何も無かった。




16.ひとり




ちっちゃなソーマは賢くて誤魔化しがきかない。のがいいな。

2006.04.05


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