『…ビクトリア宇宙港での悪天候の影響で、臨時にカグヤ宇宙港へ降下する便が激増した為、プラントから到着する定期便に半日から1日の遅れが出ています…』
テレビのニュースは昨日から同じことばかりを伝えている。
カガリは昨日と昨夜と今朝に届いたメールを眺めては何度もため息をつく。昨日のものは『間に合わないかもしれない』、今朝のものは『誕生日おめでとう。直接言えなくてごめん』だった。どちらにも『構わない、仕方ない、ありがとう』そう返事を返してはいたけれど。

――折角の誕生日なのに。
――折角、来てくれるって言ってたのに。

同じ誕生日のアイツも、彼女がいなくて残念かと思ってTV-Phoneを繋いでみると、お母さんが出てきて『赤い髪の女の子と出かけました』なんて言われた。
アイツも優柔不断だ。女の子が、赤い髪もピンクの髪も可哀想じゃないか。
怒ってみても気分は空回りして、出てくるのはやっぱりため息ばかり。
「ため息なんて、らしくないねぇ。お嬢ちゃん」
開けっ放しのテラスの窓から、ひょいと覗き込んだ男がいる。
「フラガ…か。お前こそ、今日は私の護衛はいらないって言ってただろ?とっくにマリューさんと出かけたと思ってたぞ」
「彼女はカグヤに行った。宇宙港は今頃てんやわんやだからな。俺にできる仕事は無いが、マリューは整備から管制まで何でもできるからって、呼び出されたのさ」
「そっか…」
「そっか、じゃなくて。夕方からはパーティだろ?」
「それも…なんだか、抜け出したくなってきた」
むっつりと告げると、ムウが天を仰いで、少しだけ何か考えた。
「どこか行きたい所があったんなら、連れてってやろうか?」
「え…?」
「アスランじゃなくて申し訳ないが。お供いたしますよ、お姫さま?」
ムウの突然の誘いに驚いた。その目にはいつもの軽い感じだけではなくて、マリューに向けられるような優しさがある。愛しい人に向ける色。

――あのこと、ムウは知ってるんだろうか。

つい先日、カガリに知らされた秘密を思い出して少し動揺する。
「…いいのか?」
「いいよ、どこでも。それでいいところ教えてもらえたら、次はマリューと行くから」
その言い方が自己中心的なようで、でも本当はそうではなくて。ムウらしい気遣いだ。
嬉しくて頬が熱くなる。今日、初めて笑うことができた。
「うん。じゃあ、急いで出かけよう!お昼ご飯奢ってくれよな」
「りょーかいっ!急ぐんならバイク乗って行こうぜ」

――やっぱり、知ってる!

判り易いヤツだと思う。ムウには『大好き』という人にだけ見せる表情があり、今はそれがカガリに向けられている。きっとそれはカガリ自身も同じで、今きっと同じような顔をしているのだろう。
それは、無条件に愛しい人。
アスランと、父と、キサカと、キラと、そしてムウ。


「ここ!ここに来たかったんだ!」
行きたい場所がある、とムウを案内して着いた場所は魚市場。昼前になっているのでせりは終了しているが、隣接する観光市場ではまだまだ賑やかな声が聞こえている。
「ここに…アスランと来るつもりだったのか?」
「うーん…今日来るつもりじゃなかったけど、お前と一緒だったらいいかもなぁって思ってさ」
確かにアスランとデートで来るような場所ではない。けれど、ここはオーブの中でもカガリのお気に入りの場所なのだ。活気があって、人々の生活が見えて。物価も見えるから、指導者として見ておくべきだと…ウズミが言っていたのだ。お父様も、大好きな場所だった。
「ところで、お前。スシは平気か?」
「え…スシ!?って、ライスの上に生魚が乗ってる、アレ?」
「そう、それ!ここの市場のは新鮮で美味いんだ!市街地の料亭よりもずっと美味いスシバーがあるから行くぞ」
「それが昼飯なのね。…お手柔らかに」
市場でニギって欲しい魚を買い物して(それもムウの奢りで)すぐ隣にあるスシバーへ持ち込んだ。
その店も昔からウズミが常連だった。店の主人から「新しい彼氏か?」なんてからかわれつつ(そういえば、以前キサカをこの店に連れて来た事もあったのだ)次々と並ぶネタを二人で片付けていく。
「結構美味いなあ」
「だろ?」
「納豆巻き以外は…」
「ブルーチーズみたいなモンだろ?何でダメなんだ?…キサカもダメだけど」
「一佐も大変だな。元々サシミなんて食う地域の人じゃないでしょ」
「食ってればそのうち慣れるんじゃないか?」
「…若いねぇ」
「どういう意味だよ、それ?」
ヒカリモノを片付けている二人を眺めながら、店の主人も苦笑する。
「全ての人間がスシのネタを全部食えるってワケじゃないってことさ。けど、お嬢ちゃんには…」
「子ども扱いするなって!私ももう17歳なんだぞ!」
「おう、すまんすまん」
お父様と同じように、大きな手のひらが頭を撫でる。
錯覚だと思いたいのに。緩やかな感情に心が縛り付けられる。
「…私は、まだ子供なのかな…?」
「急いで大人になることは無いだろ。…俺たちがいるから、さ」
急がなくていい、私たちが為していることを見てよく学びなさい。
お父様・・・。
そして、やっぱり、兄?
「あれ?カガリ、もう食わないの?じゃあ、そっちのイクラいただき!」
「え・・・あ、あー!!ちょっと考え込んでただけじゃないか!勝手に取るなっ!お前のハマチも食べてやる!」
「マスター、アブリシャケも頼むわ」
「もうひとつ、イクラのグンカンマキ作って。・・・食べられちゃったから」
ギャーギャーとカウンター席で騒いで喧嘩して、スシネタ談義に花を咲かせる。
きょうだいってこんなのかもしれない。
「スシ奢っただけじゃ誕生日プレゼントにならないなぁ。ここに来るまでの道程に良さそうな店があったからあとで行ってみる?」
「店?何の?」
「さあね」
ムウの目がまた優しくなる。悪戯っぽい色は、今まではマリューだけに向けられていたもの。

――愛されちゃって、いいのかな?


「加工場…だな。真珠の」
「産地だって聞いてたけど、こんな場所があったなんて」
「知らなかったのか?」
海岸沿いの地形を利用して、海側には真珠の養殖場、陸側には鈍く輝く石を重ねて作られた美しい建物がある。美術品のような珠を職人達が芸術品に変えてゆく加工場と、その作品の展示室も併設されている。
「へえ…綺麗だな。でも、私にはまだ…似合いそうに無い」
「そうか?」
「大人っぽ過ぎる」
「そろそろ大人だろ?17歳の姫君」
いきなり大人扱いされたような気がして、恥ずかしくて耳まで赤くなる。
ムウは傍にいた職人を捕まえて、ひとつの作品を指差した。
「これ、彼女に合うサイズに直してくれる?」
本気で少し焦った。
「似合わない、私に、こんなの。マリューさんなら…似合うだろうけど、私には…」
「マリューにはもっとシンプルなのがいい。カガリにはきっとこれが似合う。今夜のパーティでつけてくれる?」
今夜のパーティ…。
アスランもラクスも来られない。思い出すと残念が気分が甦る。
「さっき、マリューからメールが来たよ。宇宙港の混雑がやっと緩和されたってさ。プラントの連中も今夜のパーティには間に合う」
「ほんと、か!?」
アスランが来る!来てくれる!
「あーあ。そんな嬉しそうな顔しちゃって。キサカ一佐の気持ちがわかるなぁ」
「なんだよ、それ?」
そこから先は適当に言葉をかわされて、結局ムウの苦笑の意味はよくわからなかった。
話しているうちに、びろうどの箱にさっきの真珠が加工されて、二人のもとに届く。
「じゃあ、急いで屋敷に戻ろう。夕方からのパーティの準備に」
「そうだな。マーナが待ちくたびれて怒り出す前に」
箱は、カガリの上着の胸ポケットの中に入れる。失くさないように、抱きしめるようにして。

――兄さん。

「どうした?」
「ううん。ありがとう」
言えない言葉を、今のカガリにできる一番大人っぽい笑みにこめて贈る。
「誕生日、おめでとう」
風のように、一瞬――ムウの唇がカガリの頬に触れた。


誕生日パーティの会場となっているのはカガリの私邸の広間とテラス。招待状を送ったわけではなく、口コミだけで50人近い人が集まったのはどういう訳なんだろう。
砂漠のサイーブたちまでやってきて、すでにキサカと酒を飲み交わしていたりする。
「平服でいいって言ったのに、なんでみんなお洒落してくるんだ?」
「何言ってるんですか、カガリ様。こんなお祝い事だからこそ、みんなしてお洒落できるんですよ。勿論、姫さまを一番のお洒落にしますけどね」
マーナが嬉しそうにドレスの裾を直す。そして髪飾りも。
「それにしたって良い真珠ですわ。戦争の影響でダメになってしまったかと思いましたが、本当に今日のドレスによく映えて…」
カンペキ!とばかりにマーナが微笑んだので、カガリもようやくその会場の中へと歩みを進める。途端にM1アストレイの3人組に掴まり、エリカに掴まり、キラを引き摺ったフレイとラクスに掴まり、AAの学生たちに捕まり…ようやくアスランまでたどり着く。
「遠いところ!来てくれてありがとな、アスラン。来なかったらパーティやめようかと思ってたんだぞ」
「カガリ…」
いきなり絶句しているアスラン。
「何だよ」
「…よかった。中身は普通のカガリだ」
「どういう意味だ?」
「あ、いやっ!ええと…すごく大人っぽくてビックリしたから」
お前だって、いつもと違ってスーツじゃないか。そう言おうとしてやめた。なぜなら普段と比べて大人っぽいという印象が、きっとアスランがカガリに対して思ったよりは小さかったから。
今日、アスランがもう半日早く到着していれば、今みたいにカガリが大人っぽくなることは無かったのに。
少し意地悪してみる。
「このネックレス、フラガがくれたんだ。綺麗だろ?」
目に見えてアスランが動揺してる。けれど、それを知られないように目をそらすのが余計に面白い。
「どうりで。…でも、少し、大人っぽ過ぎるんじゃないか?」
「似合ってない…か?」
今度はしょんぼりしてみる。
「あ、いやっそんなことは無い!けど、あの、カガリ?」
「…くっ…ふふっ…あははははは!」
堪えきれずに爆笑してしまう。
「こらこら、お姫さま!そんな笑い方してたら、ドレスもアクセサリーも台無しだぞー」
ムウとマリューが花束を持って来てくれた。
「お誕生日おめでとう、カガリさん!素敵なレディにプレゼント」
マリューが花篭をくれる。水滴や蜜蜂のガラス細工も間から見えて、とても可愛らしい白い花篭。
「ありがとう、マリューさん。本当はこんなドレスもアクセサリーも、まだ早いと思ってる。けど、10年後にはマリューさんみたいなレディになるから!」
「まあっありがとう。ふふ。期待してるわね」
ムウはといえば、手にした花束をアスランに押し付けている。
「なんで…俺に、なんですか?」
「その方がいいからに決まってるだろ?」
意味がわからずきょとんとするアスランの耳元で、それでもカガリには聞こえるように囁く。
「スシを食えるようにしておけよ」
「スシ、ですか?あの、ライスの上に生魚が乗ってる…?」
「キュウリやシンコやナットウも巻いてある」
「…?」
「フラガ!アスランなら食えるに決まってるだろ!コーディネイターなんだし」
激しく誤解している発言にムウは笑う。そしてマリューと笑いあってそっとその場を辞す。
「食えないとか言って、姫さまを泣かすなよ」
軽く手を振って人ごみの中に混じっていくムウに、アスランとカガリが曖昧に手を振った。
ふと、手の中に残った花束を、アスランが改めてカガリに手渡した。
「カガリ、誕生日おめでとう」
「ありがとう、アスラン」


「あんな風に笑わせられるのって、悔しいけどアイツだけなんだよな」
ポツリと呟いたムウの耳をマリューが軽くつねった。
「妬いちゃうわよ」
「妹なのに?」
「妹でも、よ」
楽しそうに話し続けるカガリとアスランを、ムウとマリューはおそらくずっと見守り続けるだろう。
これからもずっと。




2004/05/11 UP


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