「…ラミアス、艦長」
ベッドに横たわったままのナタル、擦れた声でかつての上司を呼んだ。薄く開いた眼からは涙が溢れ、次々と零れ落ちる。
野戦病院…とはいえ、プラント施設内にあるそれは、地球上では考えにくいほどの高度医療が施せる場所であり、そこに運ばれるほど重傷、だがそこにいれば命は必ず助けられるのだ。
マリューの手元には1冊の分厚いファイル。ドミニオンの艦長としてこの戦役に参加し、また撃沈されるに至るまでの全ての記録が記されている。
ナタルが意識を回復してから、病床にあっても続けられてきた簡易裁判。その判決と処罰の前に、どうしてもと互いが望み、ようやく叶った対面。
「もう終わったの。許されるわ、きっと」
「いいえ、いいえ、私は…あなただけは私を許さないでください。それだけの罪を、私は!」
「ナタル…わかっているわ。だから、もういいの。あなたは生きて」
「…フレイ・アルスターからも聞きました。アラスカで転属になったとき、誰がアークエンジェルを守るのか…そればかりを気にしていました。JOSH-Aが全滅という報を受けたときも、身を裂かれるような思いをしました。ですが…フラガ少佐が、守ってくださったのですね?あの艦を」
「ええ。そう…そうよ。ナタルも、あの人と思いは同じだったのよ。ずっと」
「いいえ、フラガ少佐には及ばない、敵わない。私も、アークエンジェルを守り、たかった…」
軍人には相応しからぬ優しすぎる艦長と、少なすぎる人員、幼い少年兵。
失った大きすぎる犠牲と引き換えに、得られたものはごく僅か。
思い起こせば、それは弱くても小さくても、大切な希望の光であった。
それを守りきったのは、やはりナタルの傷だらけの手のひらを包んでいるマリューの、その優しさがあったからなのだ。
「ナタルを最後に助けた人…。ブルーコスモスの盟主、アズラエルよね。きっともう地球へ降りてるわね」
「ブルーコスモス…私は、彼にも逆らえませんでした。行き過ぎはあっても、彼らの全てが間違いだとは思えなかった」
「ええ、そうね。地球連合軍の兵士は皆そうなのだと思うわ」
「彼は、私と共に死ぬべきだと、そう思ったのにどうして…」
「『生きているということは、生きなくてはならないということ』…だそうよ」
そう言って、マリューはその場にいないもう一人の、アークエンジェルの同僚と同じ笑みを浮かべた。
ナタルには、その笑みが少しまぶしかった。
「私とアズラエルが生きていた…ということは、フラガ少佐も、必ず生きていらっしゃいます」
「ありがとう、ナタル。私も、信じて…待っているの。生きなくては、ね。あの人が帰ってきたときに恥ずかしくないように」
病室を出たマリュー。
ひとつだけため息をついた。
− 必ず生きて −
そうであって欲しい。
先日、彼女の元へ届いたムウの『遺品』、白い羽のエンブレムのついた彼のヘルメット。
戦闘空域のデブリの中で発見されたという。
コクピット部分は見つからなかった。残っていればその重量でデブリ帯へ引き寄せられるだろう。
あれからひと月…。
奇跡の生還のニュースもあまり聞かれなくなってきている。
UNOFFICIAL-SEED
死んでたまるか!
ナタル編。
2003/10/05 UP
--- SS index ---