Nightmare -4



 バスターは充電と弾の補給だけを超特急で済ますと、すぐに戦場へ飛んで行く。
 フリーダムも、大破したストライクを一番奥のエアロックの内側まで運ぶと、すぐにドミニオンとの戦闘に発進していく。
 格納庫内のランプがグリーンに変わると整備班が一斉にストライクに群れる。
 コクピット前のキャットウォークにはマードックと医療班が待機。
 外からマードックが大声で呼びかけるがコクピットからの返答はなし。
 手動でハッチを開くと、小さな球状になった血が中に無数に浮いていて、扉を開放した時の気流に流れてマードックの作業着に点々と色をつけた。
 ムウは、シートに座ったまま、動かない。
 マードックがその有り得ないと思っていた光景に、息を呑む。
「…少佐、フラガ少佐!」
 耳元に大声で呼びかけると、ムウの体がビクリと反応し、マードックも側にいた医師もホッと胸をなでおろす。
 身体を圧迫し続けるシートベルトを外して、慎重にムウの身体を引っ張り上げる。
「あー、すまんすまん。無重力が気持ちよくてさ。ついうとうとしちまった」
 軽口を叩くムウはいつも通りの声を出しているつもりなのだろう。
 こんな時くらいムリしなくてもいいのにと思いつつ、その実、軽口でも叩いてなければ正気を保てないほどなのかとマードックは奥歯をかみ締める。
 キャットウォークまでゆっくりと運ばれ、その軌跡に赤い球が点々と漂う。
「意識はしっかりしていますね?応急手当のためパイロットスーツを切ります」
「えー!切っちゃうの?」
 医師の声はちゃんと耳に届いているようで、ムウのいつも通り過ぎる反応にマードックもつい大声で言い返す。
「予備があるでしょう、予備が!2箇所も穴空いてんだから、このスーツはもう使えませんよ!」
「ちぇっ」
 白い担架を仮の治療台に、応急手当が始まる。
 仕方が無いとはいえ、パイロットスーツに鋏が入るのは自分の皮を切られるような奇妙な感覚があって、ムウは直視できずに眼を背ける。
 その皮を一枚剥ぎ取ると、その内側、血と汗でべったり濡れているインナーシャツもザクザクと切り裂かれる。
「肩の怪我は、銃創!?」
「神経とかヤバそうなところには当たってないよ。多分」
 患部のすぐ上を止血の為に強く縛られる。きつい痛みに上がりそうになる声をムウが懸命に耐えていると、じわりとその痛みの感覚が痺れて消えはじる。医師が麻酔を打ったのだ。痛みは消えても、完全に感覚が無くなるまでの間を措かず治療が始められたので、治療器具の当たる感覚を知覚してしまう。
「気持ち悪い…」
 看護士が「吐きますか?」と聞いてくるが、そういう意味ではなかった。
 自分の身体を弄られることにはいつまでたっても慣れないと、言いかけて止めた。
 治療を見守るマードックが横合いから声をかける。
「こっちの、脇腹の怪我は?」
「ストライク、腰部に直撃食らってさぁ。コクピット内部も結構やられた」
「コロニーの中で何やってきたんですか?」
「うーん…。あ、記録が残ってるだろうから、それの解析も頼むわ。ザフトの新型MS、解析データはブリッジに送っといてくれ」
 ストライクを見上げながらマードックが怒ったように「了解」とつぶやく。ムウも首だけを巡らせてストライクを見上げる。
 同じ所に傷を負ってしまったことに、なんだか可笑しくなってムウが苦笑う。
「…っとにぃ。ランチャーでMS戦なんてやらかしたんですか?」
「再戦はエールだなぁ」
 楽しそうなムウの言い方に、マードックがムカっ腹を立ててゲンコツで金髪頭を殴る。
「!…いってぇ!」
「再戦は、少佐の怪我が治ってからですよ!それに、ストライクもすぐには直りませんぜ」
「できるだけ早く直してやってくれよ」
「そりゃあこっちのセリフ!」
 口論が続きそうになったところを、医師が手で制する。
「ここでの手当ては終わりです。後は医務室で。シュラフに入れて運びますから」
「その前に、艦長に通信入れますか?」
 気を遣ってるようなマードックに、ムウは小さく首を横に振る。
「まだ外は戦闘中なんだろ?緊急でもないのに入れてどうする?」
「少佐の顔を見せとけば…」
「見せて安心させられるような顔してるか?俺」
 口調はいつも通り軽く、顔だって笑顔を作ってる。だが、怪我による発熱が始まり、発汗が絶えない。
「艦長、察しがいいですもんねぇ」
「いきなり死にそうな怪我でも無いんだろ?なら、後でいい」
 それだけ言うと、ムウは広げられたシュラフの中に自分から潜り込んで行った。

 医務室に着いてからシュラフから出されて、治療台に上げられると重力が発生させられる。いきなり重くなる体にムウの息が荒くなる。
「俺、コレで運ばれるのキライなんだよな。なんか、死体みたいだろ?」
 足元に絡まったシュラフを蹴り落としながら、軽口を続ける。
「人間はそう簡単に死ぬもんじゃないですよ」
「簡単に死ぬよ」
「少佐はまだ死にませんよ。私の見立てでは」
 包帯を解かれて、再び治療が始まる。痛みを堪えるようにムウが息を詰めると、バイタルチェックの確認音と治療器具の当たる金属音だけが部屋に響く。
「痛むのならば麻酔と鎮静剤を打ちます。今は休んでください」
 医師の声に、ムウはゆるゆると小さく首を横に振ってそれを拒否する。
「…鎮静剤要らない。考えなくちゃならないから」
「今は、身体も頭も休ませなくてはいけませんよ」
「解ってる、けど、今考えなくちゃ…」
 発熱でぼうっとする頭を、ムウは懸命に整理しようとする。

 ラウ・ル・クルーゼの吐いた言葉の意味を。
 止められない憎しみの連鎖と、奴が開こうとしている『扉』の意味を。

「考えて、彼女に、マリューに言わなきゃ…」



end?


#45小ネタは終わり。本編の補完だからムウマリュも無し。
だって続きは本編で見たいじゃん。
なんて…ホントは未来を書くのが怖いからです。

続き…というか、番外編に続きます。

2003/08/22 UP


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