「おはようございます」
「失礼します」

 サイとミリアリアがブリッジに入った時、マリューひとりだけが艦長席に座っていた。

「おはようございます。あなたたちは今日からCICじゃなくて私の後ろね。よろしくお願いするわ」

 そう応えるマリューは微笑みながら何か物思いをしているようだった。
 これから戦争だと言うのにとても柔らかな笑みに、サイとミリアリアもつられるように笑む。

「艦長、何かいいことでもあったんですか?」
「ホント、とってもステキに笑ってらっしゃいますよ?」

 マリューが「そう?」と答えながらクスリと笑う。
 ひとつ、深く息を吐いて、目を閉じて、艦長席に深く沈む。

「ミリアリア。あのね」

 年上の上官に、友人のように呼ばれて、ミリアリアが通信席のキーを叩く手を止める。

「私、もう二度と恋なんてしないって決めていたの。ずっと軍にいたし、相手は軍人の男ばかりだし。軍人なんて最低だしね」

 ミリアリアの席から、マリューの顔は見えない。でも声音は明るい。
 もう二度と、ということは、その前のことを指している。
 思わぬ告白に、サイもミリアリアも驚いて顔を見合わせる。

「特に、パイロットなんて、一番先に消えてゆくのよ」

 ミリアリアの胸に、強く響く。
 消えてしまった、大切な人の笑顔。鮮やかに甦るのに、そこにいない人。
 急に締め付けられるような切なさも甦る。

「それなのにね。また恋をしちゃったみたいなの。また、なのよ。止めておけばいいのにね」

 自らを揶揄するように、マリューが小さく笑う。
 その相手が誰なのか、聞くまでも無いことだろう。この艦で『また』に当てはまる人物で、マリューが精神的な支えにしているのは1人しかいない。
 それでも、無粋だなと思いながらサイが掠れる声で聞く。

「フラガ少佐…ですよね」

 はっきりと人物名を出されて、マリューのクスクス笑いが止まる。

「…ええ、そう。そうなの。まるで、夢みたいなの」

 トールが今、夢の中ででも出会えたら、決して手を放さないのに。
 ミリアリアの失くした夢が、今、マリューの手の中にある。
 手放さないで欲しい。
 そう言いたいのに。
 マリューは出撃を命じる艦長で、その想い人は命懸けで戦う人なのだ。

「いつまで、夢を見せてくれるのかしら」
「いつまでも、ですよ」

 根拠は無くても、これは絶対だ。そうミリアリアが言い切る。
 マリューが後ろを振り返る。
 ミリアリアを見つめる瞳は静かに凪いでいる。

「夢が醒めたら?」
「醒めません。そんなこと、私が許さないですよ、艦長!」

 立ち上がって叱る口調のミリアリアに、救われたようにマリューが笑いサイに視線を送る。
 サイも、大丈夫ですよ、という風に頷く。

「ありがとう。2人とも」

 穏やかに言われて、サイは小さく「いえ」と答える。
 ミリアリアはまだ少し怒っている顔で小さくつぶやく。

「フラガ少佐にも、言っちゃいますからね。艦長のこと、ちゃんと責任取ってくださいって!」


end



2003/07/03 UP


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