ひとり。
 スカイグラスパーの前に彼ひとりだけが佇んでいる。
 この間と違うのは、その機体がいつでも飛べる状態であること、整備兵が一人もいないこと。

「フラガ少佐」

 声をかけると、ゆっくりと振り返る、穏やかな人。
 私に心配させないように、安心させるように、笑む。
 そんな風にさせてしまったのは、私。
 空色の瞳の彼は、空に消えた白い鳥を追って、飛んでいけば同じように消えてしまいそうで。
 あの時、縛り付けてしまった。
 言葉の鎖で。

「明日、査問会です。士官、下士官ともに本部へ0900、集合です」
「了解。…ってそれだけ言いに、ここまで来てくれたの?」
「ええ。そんなに広くは無い艦のはずなのに、この5日間、少佐と直接お話することができませんでしたから」

 彼は苦笑いながら、右手で前髪を掻き上げる。その仕草で表情の半分は隠されてしまう。
 口元が、「まいったな」と動く。

「あまりに情けない姿を見られるのがイヤだったんで逃げてた。すまなかった」
「少佐が謝ることなんて、何も無いですよ」
「…気にかけてくれたんだろ?」
「当たり前です」
「この艦でたったひとりのパイロットだから?」
「そんなこと!」
「ないよね?」

 言葉を先取りされて黙り込む私に、人を食ったようないつもの笑みを見せる彼。
 心中はまだ読めないが、表面上は冷静さを取り戻している。

「君の方が辛かっただろう?ごめんな」

 彼の謝罪は唐突だった。
 2人の少年を失って、辛いのは皆同じで。
 直属の上官だった彼が落ち込んでしまうのは当然のことなのに。

「CICのお嬢ちゃんが泣いてたんだ。俺は、慰める手を持たなかった」

 そして、今も、ミリアリアは涙の淵に。
 仕方が無い。もう、どうしようもない。
 私は、その気持ちを知っている。
 失えば二度と戻らない。
 身をもって知っても遅い。時は決して戻ってこない。

「遺される者の想いは知っていると思ってた。だから余計に」
「少佐が悪いのではありません」

 むきになって止める。
 最前線で戦う彼を、あんな言葉で縛りたくは無かったのに。

 彼が、ふっと笑う。

「いつか、帰ってこられなくなるかもしれない。そう思ってた俺を、繋ぎとめたのは君だ」

 …繋ぎとめた?
 そんな風に、思っていてくれたの?

「もし俺がホントに死んじゃった時には、お嬢ちゃんみたいに泣いてくれる?」
「泣きません!絶対、絶対泣いてあげません!だから…」

 そんなこと言わないで。
 軽口に隠される想いは同じ。私も、彼も。

 彼の手が、私の手に触れる。
 指が絡む。私も指を絡ませる。
 彼が遠くに飛んで行ってしまわないようにと、願いを込めて。

「帰ってくるよ。君のもとへ、きっと帰る」
「…家出息子にならないでくださいね。迷子は置いていきますから」

 ひどいなぁと彼が笑う。
 私は少し怒った振りをする。

 こんな、私の言葉が、彼を繋ぎとめるのなら。

 細い、細い鎖の想いよ、
 切れないで…。


end



「あなたまで戻ってこなかったら、私は…!」の続き。
直後の話ほど激しくなく。
状況を受け入れるだけの時間があったのだから〜と受け入れてみました。
全くもう!ラブくありません!すみましぇん…(土下座)

2003/07/17 UP


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