たったひとりの家族
カグヤの宇宙港で、重い荷物を預けると急に頼りなくなって、周囲を見回した。
もう。
早く来てよ。
急いでこちらに歩いてくる人を見つけて大きく手を振った。
「パパ!パパ!」
「ごめんよ、フレイ。遅くなってしまって」
「本当よっ…また、会えなくなるのに」
背広の広い胸にもたれて甘えると、パパは髪を優しく撫でてくれた。
大好きなパパ。
大好きなパパの匂い。
パパも私の匂いに気付いてくれたみたいで、おやおやと目を丸くする。
「いつの間にお化粧なんて覚えたんだ?しかもこの匂いは…」
「やっぱり気付いてくれた!ママの使ってた香水と同じよ」
「フレイはますますママに似てくるな。かわいい私の娘」
パパの目が嬉しそうに細くなる。
ママは小さな頃に亡くなってしまった。
私と同じ、赤い髪をしていたママ。
パパの仕事はとても忙しくて、私と一緒に過ごせる時間は少なかったけど、いつも時間を割いて私を傍に置いてくれた。
たったひとり同士の家族。大切な人。
「ねえ、パパはいつになったらヘリオポリスに上がるの?」
「できるだけ早く上がりたいのだが。大西洋連邦とオーブの…ああ、うん、とにかく、地球にいるよりもヘリオポリスの方が安全だよ」
「そうね…オーブも素敵なところだったけど、暑いんだもん」
パパは大きな声で笑う。
恥ずかしくてちょっと怒った顔をすると、また優しく髪を撫でてくれる。
マスドライバーを上がる連絡艇の搭乗が始まるアナウンスがロビーに響く。
「あちらでカレッジに編入できる手続き書類に、フレイは少し我が侭だと書かれてたぞ。…ホドホドにな」
「そんなの!…ホントに我が侭を言いたい人に通じなかったら意味無いわ!」
本当は、パパと一緒がいいのに。
パパは私のために、ヘリオポリスへ行くことを勧めたんだから。
でも、本当は、ね。
「アルスター事務次官!」
「ああ、アーガイルさん。…私の娘、フレイです。よろしく頼みます」
パパのお仕事関係の人かしら。失礼の無いようにお辞儀をする。
奥さんらしき人と、少し年上のような男の子もいる。
「おまえと一緒にヘリオポリスに上がるんだよ。困ったことがあれば、アーガイルさんに言いなさい」
「パパ…」
もう、別れの時。
パパ。
寂しくて、悲しくて、泣いてしまいそう。
「ほら、フレイ。笑っておくれ。パパにおまえのかわいい顔を見せておくれ」
「イヤ!」
鼻の奥がツンとするのを堪えて、怒る。
「早くお仕事終わらせて…会いにきてくれなきゃイヤよ!」
涙を見せないように俯いてると、パパとアーガイルさんが何かを話している。
そして、本当にもう行かなくてはならない時間。
「元気でな。私の大切な娘、フレイ」
「…パパも、ね。待ってるから、ね」
なんとかそれだけを話して、何も見ないように俯いて歩いて。
シャトルの席に座ると、窓の外の、パパがいる見送りロビーの窓を探す。
パパの姿を見つけたような気がしたとき、シャトルは宇宙へ向けてマスドライバーを駆け出した。
「大丈夫?」
寂しさと不安で泣きそうになっていると、さっきのアーガイルさんの息子らしき男の子が気遣ってくれた。
頷いて答える。
「僕はサイ。サイ・アーガイル。…君って…」
「フレイ・アルスターよ。…なあに?」
「とてもきれいな赤い髪だなって思ってさ」
サイはそう言って笑った。
私の赤い髪、本当はキライだったの。
でも、ね。
「ありがとう。パパも、この髪のこと好きだって言ってくれたの」
やっと、笑えた。
パパ。
私、待ってるから、ね。
End
激しく父親っ子のフレイ嬢。
パパが好きで好きで仕方ないフレイ嬢。
だから、なんだよね。
2003/02/01 UP
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