夢への準備


デスクの上は山積みの書類。
たった3日でこんな風になっちゃうのよね。

精霊暴走…土竜の巣の中心から遺跡が見つかって、そこをクロイツ中佐が率いる部隊が制圧。
あの悪夢のような特攻劇からもう3週間が経とうとしている。
亡くなった兵士の家族等への保障や、まだまだ続く精霊暴走の脅威からの民間人の保護、新しい部隊の編成、やるべきことはいつまでも無くならない。無くなるように努力するのが本当の仕事。
後方支援…といえば、死ぬことも無く書類シゴトばかりと言われる。
実際その通りなんだけど、自分の仕事に誇りを持っていれば、そんな陰口だって気にしないでいられる。

「お帰りなさい、ディーネ中尉。ハズマはどうでしたか?」
部下…といっても年齢は少々上だけど、優秀なスタッフが労をねぎらってくれる。
「相変わらずよ。マイペースな人たち。でも新規編成する部隊の協力者は見つかったわ」
「よかったですね。最初はどうなるかと思いましたがね」
スタッフの楽観的な笑顔に、苦笑いで答える。
「今でも十分どうなるかわからないわよ。ひとりは戦斧を扱える大男だったけど、もうひとりは16歳の女の子よ!」
「若さが心配なのですか?それを言うなら、中尉だって十分お若いじゃないですか」
「そうね。説得はしてみたの。でもどうしても精霊暴走を止めたいって…。思いはみんな同じなの。この災害を止められるものならば…って」

50年に渡って続く災害が、自然のものではなく人為的なものだったということが解って、それを止める方法も見つかった。
各方面からの支援を得られずには実行できない、危険で難しい任務。
人選や作戦行動を任されて、『人の命を預かる』という責任を痛感する…。

「ああ、ノーチス軍からも精鋭を選んでおく件ですが、ブランドル軍曹ともう一名はカーマイン曹長が候補に上がってます。よろしいでしょうか?」
「ブランドル軍曹は…現在は炎雲の目への街道封鎖でしたね。丁度いいわ。カーマイン曹長は…そうね、特殊任務向きかもしれないわね。隊長の任務を解いて、部隊はクロイツ中佐直下でエスカーレの支部を任せらるように手配しましょう」
話しながら書類をめくる手は止まらない。
たくさんの情報を得た中から、少しでも安全に作戦が展開できるようにしなくてはならない。

別の部下が手紙の束を持ってオフィスに戻ってくる。
「ディーネ中尉!アルカダから正規の書状が届きましたよ!」
一番上には、美しい紙の封書、流麗な文字、重要文書の刻印。
中身を傷つけないように早速封を切る。
「ありがとう。…協力者は、2名。騎士がいるのね。…この作戦の意味を理解して貰えるかしら?…後々のアルカダとの関係にも響きそうだわ」
「やっぱりアルカダと協力しあわなくちゃいけないんでしょうかねぇ?」
不審をあらわにする者もいる。当然だろう、去年まで戦争してたんだから。
「炎雲の目のノーチス側からの進入路は全く通れないのよ。アルカダに協力してもらわないとどうしようもないわ」
最初は精霊暴走を止めること。そして、異人種が協力し合うということが、本当の平和への一歩。
「ずいぶん準備が整ってきましたね」
「ええ。遺跡研究の科学士官が予告した暴走の月まであまり時間が無いわ。早く部隊を整えなきゃね」

めくり続ける書類の中、土竜の巣攻略時の死亡者リストに知った名前を見つけてしまう。
同期で軍に入った大男で、私が剣を使えないことを嘲笑った。ずいぶんケンカもした。
どんなに嫌いあった仲でも、死んでしまったらどうにもならない。
できるだけ事務的に処理しようと思っても、どうしても漏れてしまうため息。
…土竜の巣の精霊暴走を止める時、あまりにもたくさんの人が死んでしまった…。

先ほどの手紙の束を改めて、目当てのものは見つけられなかった。
「まだ…?おかしいわね。本当にこれで全部?見落としは無い?」
スタッフの一人が慌てて他の手紙の束を改めながら答える
「個人宛のものを除いて、軍に届いた手紙は…先ほどお渡しした束で全てです」
「例の地導師から…ですか?」
別のスタッフも『無い』と首を横に振る。
「民間人に協力を求めるなんて、本当はしたくなかったけど…。3人に連絡をとってみて、ひとりは剣を扱えない、ひとりは負傷でうごけない。あとひとりは3通も手紙を書いてまだ連絡がつかない。いったいどうなってるのかしら?」
「クロイツ中佐からも催促がありましたよ」
「困ったわね…。手紙にはこの作戦と地導師の重要性は書いてあるのに、どうして返事が来ないのかしら…」
「ちゃんと手紙が届いてるんでしょうかね?」

クロイツ中佐はこの作戦の最高責任者で、この国の平和は彼の肩に乗っていると言っても過言は無い。
お手を煩わせることはしたくない。
(はっきり言って、憧れてもいるし…)

「…手紙を追跡しましょう」
「どういう意味ですか?」
「手紙が地導師の手に渡るのを確認して直接返事を…、いえ、私が説得するわ。どうしても地導師が必要なのよ」
「モンスターや精霊暴走に恐れをなして逃げてるんじゃないですか?」
「そんな弱腰なら、無理矢理にでも引っ張ってくるわ!」
頭の中で作戦のフローチャートが出来上がってゆく。
「クロイツ中佐に明日独立部隊を発足させますと連絡を。私も明日出発しますので、警備兵の中から3名ほど連れてゆける手配をお願い。それから、オフィスを一時ロッカの村へ移します。重要な案件書類は毎朝届けてください」
そして、さらさらと地導師宛に4通目の協力を依頼する手紙を書き上げる。
「普通の郵便で出すんですか?この手紙」
「ええ。手紙が滞るような状態なら、改善しなくちゃいけないし。大至急の印を押したから、明日の昼には地導師の所に届くハズ。それまでに…」
背筋を伸ばして。
「この書類の山をなんとかしなくちゃね!」
私の戦闘モードはこんな感じ。



おわり。

2002.09.30






で。翌日エヴァンが拉致られるワケですな。(笑)
『仕事のできる女性』には、強い憧れがあります。
事務職ってのは、誰でもできそうでいて、実はそうではないんだよな。


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