too full with …


「ちゃんとマナエッグを選んでおけよ。…攻撃系ばっかじゃなくってー!」
「本当に二人で行く気か?」
「まあな。たまにはいいだろ?」

まるで近所に遊びに行くかのように話すエヴァン。
外出準備はさすがに真剣だったが、それ以外はのほほんとしたいつもの調子。
最近、私もこのペースに巻き込まれてきたような気がする。
まあ、確かにたまにはこういうのもいいだろう。
戦いが楽しい、などとは言えない。が、確かにそれはある。
ゆるやかに緊張感が増す。…こういうのもいいだろう。

ジオゲートを抜けエレベータを降りると、そこには何故か空があった。
草原があって、渡る風もあって、今までの閉塞感は微塵にも感じられなかった。
「不思議な空間だな。ここは」
「だろ?この間来たときに、これなら話しやすいかと思ったのさ」
「…?」
「わかんないか。ま、いいや。行こうぜ!」

芋虫、凶鳥、植物が変化した魔物。
慎重に進めば二人でも有利な状況を作り出せる。
多すぎる敵には魔法を使い、残りを順に潰していくパターンで殆どカタがつくだろう。

「ルティナって、いつ頃から軍にいたんだ?」
「生まれた頃からだ」
「え?」
「両親が軍属だった。だから私は軍で育てられた」
「ああ、そういう意味か。それって珍しいんじゃないのか?」
「さあ?珍しいのか?よくわからない。自分以外の自分など考えられないからな」

自分のことを話すなんて、今までなかった。
アルカダでは皆私のことを知っていたし、知らない人と会う機会も無かった。
扉を開けると巨大な土人形。
通路を抜けると竜騎兵。
相変わらず魔物の数も質も豪勢で、少々きつい場合があっても、二人しかいない分どんどんテンションが上がってゆく。

「親は元気なのか?」
「もう随分前に死んだ。父は戦争で、母は病気だった」
「そ、か。やなこと聞いたな。ごめん」

やなこと、なのかな?
親か。
いなくなって気づくとはよく言ったものだな。
私は何も、親には何もしてあげられなかった。
以前は悲しくて泣いた日もあった。
今では悲しい、寂しいと思う気持ちも遠い感情になっていたことに気づく。
エレベータを降りる…また戦いがあり…エレベータを降りる…。

「ジェイドってさぁ」
「…随分ハナシが飛ぶな」
「そうか?ま、いいじゃん。ジェイドって、クールを気取ってるクセに実は熱いよなぁ」
「言いたいことは遠まわしなんだ。ジェイドは」
「ルティナも似たところがあるな」
「クールだとか、熱いだとか、か?」
「うん。結構感情的」
「は!?」
「なんだ、そのリアクションは?」
「そんなことは無いだろう?理論で納得しなければ何事も…」
「いーや。…オマエってさ、親無くっても、大切にされてたんだな」

…そんな風に見えるんだ、私は。
どうして?
どうして、そんなことが解る?
どうして、私よりも私のことが解る?
確かに私はアルカダで幸せだった。そう思ってた。
親は無くても、軍で日々生死の危険にさらされていても。
でも、でも、今は、アルカダで感じていた幸せよりも、別の、違う…。

「アルカダに友達はいるんだろう?」
「ん、まあな。オマエのいう友達とは違うかもしれないが」
「どういう意味だよ?」
「ブランドルとカーマインのような、戦友って言うのか。それに似てるな」
「男!?」
「女だ」
「ふーん。…その人のこと好きなんだな」
「え?何故そんなことが言える?」
「顔。今まで話してるときの顔と全然違う」

どうして、こんなに話してしまったのだろう?
どうして、エヴァンに解ってしまうのだろう?
どうして、私は怒らないんだろう?
違う、怒れない。自分の変化に唖然としてしまう。

「何故、今日は私と二人だけで探索しようと思ったんだ?」
「ルティナと話したかったからって言っただろ?」
「それで、何になる?」
「別に。もっと知りたいと思ったからさ」
「おまえはおかしなヤツだな。この混沌の回廊の探索の理由もそうだ」
「そうか?」
「クァン・リーの心が知りたいから、だろう?知って、解って、その後どうなるんだ?」
「何かが変わるかも知れないって思うからさ」

上から空気を切り裂くような鳴き声。
剣を振るい襲い掛かる鳥達を落としてゆく。
エヴァンは強くなったと思う。もう、力では絶対にかなわない。
だが全てに目が届いているわけではない。フォローは任せて欲しい。
まだ、私を必要としていて欲しい。

多軍勢での急襲。
油断していたわけではないが、気がつけば前後に魔物の姿が迫っていた。
「ちぇっ!ついてないな!あと1フロアでジオゲートにたどり着くってのに!手前の虫の行動がヤバそうだ!ルティナ、けん制頼むぜ!」
即座にエヴァンが広範囲魔法の呪文を唱え始める。
「違うだろう!?こちらのほうが危険だ!」
虫の後ろでエヴァンに攻撃をしかけようとしていた凶鳥を一撃で倒す。
その後受身の姿勢を取るが、背後からマトモに針の雨と毒煙を浴びてしまい、動けなくなってしまった。
「くそっ!食らえヒューネルン!」
風の魔法で切り裂かれた鳥がバラバラと落ちる。
生き残った魔物たちが、私の足元に近寄ろうとするが、その間にエヴァンが割って入る。
「寄るな!てめぇら、まとめて葬ってやる!スパークボルト!!」

魔物の気配が消えて、また風が渡り始める。
「…無事だったか?エヴァン」
私はもう動けないかもしれない。
でも、エヴァンが無事だったら、それでいい。
「バカ!ルティナが怪我しちまったら意味無ぇんだよ!くっ毒まで…」
『ミケロマ』の呪文で少し回復したが、毒が強いようでじっとしていても体力が奪われてゆくのを感じる。
「マナエッグ切れ、アイテム切れ…最悪だな」
「すまない。少しは歩けそうだから。あと1フロア、行こう」
「こんな状態で歩かせられねぇよ」
背後にエヴァンが消えたかと思うと、次の瞬間抱き上げられてしまった。
「ちょ、おいっ!何をする!?」
「案外軽いんだな、ルティナって。これなら走って行けそうだ」
「バカッ!このまま進んで、敵に遭遇したらどうするつもりだ!?」
「そん時は放り出すさ。覚悟しておけよ?」
冗談めかして言った後、急にエヴァンの表情が引き締まる。
慎重に、大急ぎで移動…か。少しおかしくて笑ってしまう。

毒の効果で熱が奪われてゆく。指先が痺れて、眠気と悪寒に襲われる。
抱かれているエヴァンの腕と胸の体温だけが温かく感じる。
ヤバいな。意識が遠くなる。
「おい、ルティナ?!しっかりしろ!」
しっかりしたいのは山々だが…もう力も抜けてきてしまった。
視界が暗くなってゆく。
「ルティナ!!」
…エヴァンの声も遠くなる。
聞いていたいな、と思うのに。


     □ ■ □ ■ □


気がつくと、いつもの自分の部屋にいて、ベッドに横たわっている。
起き上がろうとしたが、力が入らず頭が少し動いただけだった。
「あ、ルティナ、起きたぁ?」
柔らかな声とともに嬉しそうに覗き込む水色の瞳。
「…ミャム、か?…そうか、途中で気を失ってたんだな、私は」
やっと状況が把握できる。
私がここにいるということは、エヴァンも無事に帰りついたということか。
「どこか痛いトコとか無い?」
「…ああ。薬の効果だな、まだ少し眠い」
「良かった。じゃあそのまま横になってて。エヴァン呼んで来るね」
ミャムが少し扉を開けて出て行く。
漏れ聞こえてくる外の音。
ジェイドとブランドルとエヴァンの諍うような声がミャムの声でおさまる。
ジェイドが熱い…か。確かにそうかもな。
今、何を言い争ってたんだろう?
そして近づいてくるエヴァンの靴音。

「大丈夫か?ルティナ」
「ああ、迷惑をかけた。もう平気だ」
「どこが平気だってぇ!?オマエはもう探索には連れて行かない!」
「え?何故だ?」
「…もういい」
怒鳴ったかと思えば、拗ねたような、傷ついたような顔をして、早足で部屋を出てゆくエヴァン。
何も声をかけられずにいると、今度は入れ替わるようにカーマインが入ってくる。
苦笑いを浮かべているが、いつもの茶化すような感じではない。
「大変だったのよ。あなた達が帰ってきた時、ね」
小さな声で、そっと耳打ちしてくれる。
「そうだったのか?」
「あんなに取り乱したエヴァン、初めて見たわ」
カーマインのしなやかな指が首筋に触れ脈を取る。
ベッドサイドの医療鞄から治療器具を取り出し、私の腕に手際よく薬液を注射する。
「エヴァンを庇って怪我したんでしょう?あのボーヤは他人が傷つくことに慣れてないもの。かなり自分を責めてるんじゃないかしら?」
ああ、そういうことか。それで…。
「…嫌われてしまったな」
「それは無いと思うけど〜。まぁ具合が良くなったら、もうちょっと話してみたら?」
カーマインはズレた毛布をかけ直してくれた後、軽く手を振って部屋を出てゆく。
一人になって目を閉じると、窓の外を風が渡る音だけが聞こえてくる。


     ■ □ ■ □ ■


風の音と暗い部屋、薄明かり。
少しだけ眠るつもりだったのに。もう夜も遅いのだろうか。
光源の方へ視線を向けると、興味無さそうに何かの本のページをめくるエヴァンがいる。
「…エヴァン?」
声がかすれる。
エヴァンは本を閉じ乱暴に本棚に突っ込むと、椅子を引きずって傍へ寄る。
暖かな手が私の額や頬に触れる。
「怒ってる?」
返事は無い。
拗ねたような表情のまま、エヴァンの指が私の頬をつまんでむにゅーと引っ張る。
「おれを庇ったりなんてしなくて良かったんだよ」
今度は額を指ではじかれる。
私が抵抗しないのをいいことにやりたい放題だ。
「何でだよ?あの時、どうしておれの言ったとおりに動かなかったんだ?そうすれば…こんな怪我、せずに済んだのに」
悪戯が止まる。
「…えと、それは、エヴァンと同じだ」
「…?」
「私が先に倒した鳥はエヴァンを狙っていた。私もエヴァンが傷つくのがイヤだったんだ」
「バーカ!そんなことしなくていいって言ってんだろ」
また額をはじかれそうになったので、思わず首をすくめ目を閉じてしまう。が、衝撃は来なかった。
かわりに髪をくしゃっとなでられる。
エヴァンの顔には苦笑いが浮かんでる。
嫌われたんじゃなさそうだと解って、安心する。
…安心?
いつから、エヴァンの気持ちがこんなふうに私を左右するようになったんだろう。

「…私も、変わったな。オマエのせいだ」
「なんだよ、それ?」
「他人のために何かをしようなんて、以前は考えたことも無かった」
「だからって、おれのために傷つくことなんて…」
「いいから聞いてくれ。…今までの私はすべてアルカダの為にあった。それが私の意志でもあった。任務や信頼の為に自分を犠牲にすることは当然だと思っていた。でも今は少し違う」
言いたい言葉がうまく見つけられない。
「今は、…本当に自分が大切にしたいものが解ったような気がする」
何とか捻り出した言葉は、言いたいことの僅かでしかない。
エヴァンのように、話せたらいいのに…。

「…おれのせいで変わったってのは違うだろ?」
諭すような口調。エヴァンの言葉はいつだってわかりやすい。
「ウルクが言ってた。人は変わるものだって。ルティナが変わったのはおれ達と出会ったことがきっかけだったかも知れないけど、本当はルティナが変わりたいと望んだからじゃないのか?」
そうかもしれない。
でも、相手がエヴァンだったから、こんなにも変わってしまったのだ。
「オマエは出会ったときから変わらないな」
「そうか?」
「変わってない。無鉄砲な単細胞だ」
「あのなぁ〜」
「このまま変わらないでくれ。この世界がすっかり別のものになってしまったとしても、おまえだけは…エヴァンだけは変わらないでいてほしい」

湧き出してくる感情が何なのかわからない。
涙が溢れてくる。
私はこんなに変わってしまったのに。
やっぱり私がこんな風に変わってしまったのはエヴァンのせいだ。
胸が熱くなってくる。何かが、心の中からあふれ出しそうになっている。
でも何も言葉にすることができなくて、頭の中が混乱して、何もまとまらない。
…変だ。おかしい。
息が、詰まる。

「ルティナ?どうしたんだ?」
「…わ、からない。とつぜん、なみだ、出て…」
「おい、具合悪いのか!?」
「…う、…いきが…」

そこまで言うと、本当に息ができなくなってしまった。
短く浅い息しかできなくて、指先の感覚が無くなってくる。
胸が何かで詰まっている…。

「ごめん、ルティナ」

顎を持ち上げられ、鼻を押さえられて、私の唇にエヴァンの唇が合わさる。
そしてゆっくり肺に息が吹き込まれてくる。
…唇が離れて、息が漏れる。
最後まで息を吐いてしまっても、今度は吸うことができない。
また、心配そうなエヴァンの瞳が近づいて、唇が近づいて、息をもらう。
暖かな手が、涙を拭ってくれる。

何度も何度も呼吸をもらっているうちに、眠っていた記憶がぽつりぽつりと呼び覚まされて、また消えてゆく。
親のこと、友人のこと、故郷のこと。
そして、エヴァンと出会ってからのこと…。
静かに、エヴァンを欲している自分を自覚する。

しばらくして。ようやく呼吸が整う。
「落ち着いた?」
「…ん。…教えてくれ、エヴァン」
「何だよ」
「さっき、どうして、涙がでてきたのか…」
「解らないのか?…うーん、えーと」
エヴァンは少し考えるような顔をして、やがて言葉を見つけて笑う。
「きっと、雨が降ったのさ」
「?」
「今まで、ルティナの心に降ってなかった雨さ。…疲れてたんじゃないか」
「そう、か」

自分で自分のことも解らない。
こんなふうになるまで、教えてもらうまで、疲れていたなんてことも気付かない。
土に水が染み入るように、癒される。
乾いていた心に雨を降らせたのは、エヴァンだ。

「…もう休めよ。そばにいるから」
「ありがとう。…ティトは?」
「おれの部屋で寝てる」
「エヴァンはどこで休むんだ?」
「添い寝して欲しい?」
「…殺してほしい?」
「遠慮しておく。…気にするなって。適当にどこででも寝るからさ」

柔らかな笑顔に見守られて、また眠りに落ちる。
親鳥の翼の下で眠る、雛鳥のような気持ちで。


     □ ■ □ ■ □


朝。
いつもどおりに目覚める。
体も、心も、すっきりしたような気がする。
鏡を覗く。目が腫れているかと思ったが、大丈夫そうだ。
身支度を整えて、部屋を出る。

食堂の扉を開くと、奥のほうで立ったままミルクをジョッキで一気飲みするエヴァンと、窓際に腰掛けてサンドイッチを頬張るミャムがいる。
行儀悪いなと思いつつも、その光景に慣れてしまった自分がここにいる。
「おはよールティナ!」
「よおっ元気そうじゃん」
いつもどおりの二人に、気負いが抜ける。
でも、これはこの二人なりの気遣いだ。とてもありがたく思う。

「昨日は、すまなかった」
「…それ、他のヤツにも言っとけよ。ジェイドとか…心配してたぞ」
エヴァンの言葉に小さなため息が混じっている。
昨日、相当小言を食らったのだろう。そんな感じだ。
頷いて答える。

「エヴァン、今日も探索に行くのか?」
「行く」
「じゃあ、私も連れて行け」
「昨日連れていかないって言っただろうが!ったく〜なんで行きたがるんだよ、あんな目にあったのに」
怒るエヴァンに、サラリと言ってやる。
「…私も、エヴァンのことが知りたくなった」
「は!?」
「なんだ、そのリアクションは?」
昨日とは逆の言葉のやりとり。
嬉しくなって、楽しくなって、つい笑いが漏れてしまう。
「いろいろ話を聞かせてもらおうじゃないか?」
「賛成賛成〜!アタシも連れてって〜♪」
「よしっミャムも行こう!いいだろう?エヴァン」

エヴァンは暫く面食らった顔をしていたが、やがてまぶしいほどの笑顔で答えてくれる。
「よっし!今日も行くぞ!混沌の回廊へ!!」



オワリ

2002.06.14





なあ、過呼吸の処置って…紙袋と違うん??<自分ツッコミ
そうですそうです、紙袋はふはふです。
で、癒し系??ミンナのルティナちゃんをひどい目に合わせやがってぇ!<さらにツッコミ
す、すんませーんっ!!
えと、目的はルティナの過去をでっちあげたかったのと、Second-End時のエヴァンの連れない態度にルティナちゃんかわいそうじゃーんっと思ったからさー♪
エヴァン、超攻め!!こんなヲトメの欲を理解してるよーな男じゃねえぞっ絶対!(笑)
ルティナちゃんは精神面が不安定そうだなーと妄想しちゃいまして、体調悪いときに軽くパニくって過呼吸(過喚起症。若いムスメさんにはアリガチ)というのはずっと考えてたネタでございます。ゴメンなーイケニエヒロイン!
場面設定は混沌の回廊B60F辺りですが、敵なんて殆ど覚えてませんので、ツッコミはイヤで〜す(汗)


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