おくちのコイビト


「こんな所で何やってるんだ、ディーネ?」

エスカーレ高原地区の展望台。
こんな曇り空の日の夕方には見るものなんて何も無い。
フフ。優しい人。探してくれたのかしら?
でもホントはね。今は会いたくなかったわ…。

「見つかっちゃったわね。今日は誰も来ないと思ったのに」
「…タバコ吸ってたのか?」
「キライ?」
「そうでもないけど」
「じゃあ…うるさく言わないで。時々なんだから」
「ふ…ん。ま、いいけど。何かあったのかよ?」
「いろいろと」

フィルタに唇を当てて、熱を持った煙を吸い込む。
それからゆっくりと息を吐いて。
…大分落ち着いたかしら。
ごめんなさい。さっきまでイライラしてたのよ。
ホラ、うまくいかないときってあるでしょ?

「軍、やめれば?」
「やめないわよ。それ言うの何度目?」
「さぁ。…おれにも一本くれ」
「え?エヴァンも吸うの?なんだか意外だわ」
「意外で悪かったな。どーせ見た目ガキっぽいよ、おれは」

そっか。不良ボーズだったのよね。悪い子バンザイ。
小箱を差し出すと、一本だけ取り出して、フィルタを突付いて葉を奥に詰める。
慣れてるわね…。
指がキレイね。男の人なのに。

「はい、どーぞ」
「どーも」

強い風で消えてしまわないように、火を渡す。
白い筒先に移った赤い光が、強くなったり弱くなったりする。
見とれちゃうな。
…タバコだけじゃなくて、その横顔も。

「このタバコ…不思議な味だな。キツくは無いみたいだけど」
「ハズマの行商さんから買ってみたの。いいでしょ?」
「いいでしょ?…てなぁ。でもやっぱ女の子には良くない」
「時々だから!どーしても口寂しい時だけ!」
「口寂しくて吸ってんの?」
「…そういうワケでも無いけど。口寂しいときもあるの!」
「じゃあ、タバコの代わりにこんなのは?」

悪戯っぽい笑顔を見せたと思ったら。
フイにキスですか!?

「…ちょっと、突然何よ」
「イヤ?」
「そうじゃなくて、こんなトコロで!」
「誰もいないし」

そういう問題じゃなくって…でもどうしよう、ホンキで怒れない。
私を見透かしたように、また口付け。
今度は強く、深く。
ちょっと冷たい舌…。
ちょっと苦い唾液を交換…。
エヴァンってば、タバコに酔っちゃったの?
私も?酔ってるのかしら?

「不思議な味がする…」
「じゃあ、もうやめようぜ、コレ」

あ、いつの間に!
私の指からタバコを絡め取ったわね?

「…やめてもいいけど。また口寂しくなったらどうすればいいの?」
「またキスすりゃいいじゃん」
「あなたがいないときは?」
「呼べよ」
「呼んだら来てくれるワケ?」
「いつでもどうぞ」
「ホントに?」

優しい瞳。
その瞳をずっと見ていたくて、自分の目を閉じるのが惜しいの。
薄目開けてキスしちゃったけど、私、変じゃなかった?
あなたの瞳に、私はどんな風に映ってるのかしら?

「あ、でも、スグに来られない時もあるぜ」
「じゃあ、吸う」
「吸うなって。待ってろよ」
「待つの?」
「そう。その方が美味しくない?」
「何が?」
「キス」

そして、軽く、蝶が止まったような口付け。

「…そうかしら?」
「そうだって。それに、さ」
「それに?」
「おれ、タバコに嫉妬なんてしたくないぜ」
「……プッ!アハハハハハ!」

ガキっぽい!
もう、エヴァン大好き!
嬉しくって、可笑しくって、涙が出てきそう!

「チェッ。わりとマジだったのに。そんなに笑わなくても」
「フフフッ。ごめんなさい!…ありがと。もうやめるようにするわ」

薄く細い煙を昇らせる二本のタバコを灰皿に落とす。
苦いキスは今日で終わりね。

「ディーネ、これから時間あったら、メシ付き合えよ」
「あ〜残念。今ちょっと休憩してただけなの。また仕事に戻らなくっちゃ」
「まーた仕事かよぉ?」
「ごめんね。また誘って」

私からキスのお返し。
唇を離すと、あなたの瞳が優しくって、安心しちゃう。

じゃあね。
そう言って、今日はさよなら。
イライラした気持ち、どこかに行っちゃったわ。
ありがと。エヴァン。
あなたがいてくれるのなら…。そうね、タバコなんていらないわね。



end

2002.06.04





なあ、「禁煙週間」って知ってる?>自分(5/31から一週間。今日はモロその日。6月は喫煙マナー向上月間デス)
だ、だ、だから、禁煙のススメじゃん!この話はっ!(汗)
でもでもね。このショートみたいに禁煙がススメられるのなら、世の中の喫煙者の半分はもうヤメてるわ。
「真似しよう」なんて思うなよ〜!
ちなみに。私は吸えません。上手に吸ってる人を見るのはダイスキです。
あ。それから。
実年齢20歳以下で読んでくれた人。雰囲気だけわかってください。雰囲気以上のモノがわかっても、それを他人に言わないように!(笑)

JTホームページより。

* 「嗜好品」とは
(1)飲食物であること(2)栄養摂取が目的ではないこと(3)香味や刺激を得るためのものであること(4)快感が得られること、を要素とするものです。なおかつ、(1)人によって好み(好き嫌い)があって一律に論じられないもの(2)良さがわかるには一定の修養が必要なもの(3)用いる際には品位や節度が求められるもの、とあります。つまり、「栄養摂取を目的としないで、心の安らぎなどを得るために、嗜み好むこと」で、実際に、お酒、コーヒー、タバコなどが例としてあげられています。

↑キスもタシてくれ♪


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