村の中の、どこにもいない。
ルティナに行く場所なんて無い。
じゃあ、どこに?


誰もいないところ、誰も来ないところ。


村の外?
遺跡じゃない。
故郷であるはずもない。
そんなに遠くじゃない。そんな気がする。

星辰の広場?


そこは、かつてはきれいな花畑だった。
黒く醜く焼け焦げたその場所に、彼女はいた。
ゆっくり歩いて近づくと、彼女もゆっくり振り返る。


何も、言葉を交わせないまま長い時間が過ぎて。


灰藍色の空に十六夜月が覘く。
白い光を受けて見えるルティナの顔は、昨日よりも寂しい。


ルティナのために、おれができること。
何か。
何でも。
どんな小さなことでも。


何を?
何をすればいい?
何をルティナは望む?



言い出せなくて。



ルティナが顔を上げる。
あの時と同じ、救いを求める瞳。



さらり、とルティナが剣を抜く。



「殺して…私を殺して」



剣の束をおれに向けて差し出して。



おれは何もできないのか。
きみのために。



そんなこと、ない。

ルティナの剣を受け取って。

おれにできることは、これだけ。
これが最善とは思えないけど、おれにはこれならきみに差し出せる。
剣を首筋にあてると、エッジの部分が当たってチクリと痛む。

そのまま突く。

激しい痛み。
それよりも暗くなる思考が一瞬だけ恐怖を呼ぶ。



「どうして」



ルティナの手がおれの首筋に触れる。


指が痺れて、剣が落ちる。
ルティナの手を血で汚したくなくて、払おうとしたのに掴んでしまった。
意識が薄れる。
言わなきゃいけない。
「同じことだろう?」
耳鳴りがする。
「ルティナが死ぬってことは、おれが死ぬってのと同じなんだよ」
ルティナの声が聞こえない。
でも、ルティナの瞳に驚愕はあっても、さっきまでの怯えや拒絶の色は無い。
やったぜ、追い出してやった。
そう思うとなんだか口元が緩む。


体が、重い。





















雨の中を一人で走ってる。





どこだ?
ここはどこだ?





暗い影から、ひとつだけ、星が現れる。
あれは、何だっけ?





ふわふわと降りてきて、手の中に納まる…
これは、何だっけ?





手の中にある暖かいもの…





寒い。
雨の中で、手の中にあるものだけが暖かい。



誰かが呼んでる。
あれ?
夢か?


強烈な疲労感。
よくわからないけど、目を開けてみると、ルティナがいる。
おれの手は彼女の頬に当てられていて。
ちょっと嬉しい。



おれは嬉しいと思ったのに、ルティナが泣いてる。
なぜだろう?



視界に入る白い月。
記憶にある月の色は赤かった?



ええと…。
雨の夢を見たのは、おれが濡れてるかららしい。
なんで濡れたんだっけ?


そうか。
ルティナが自分を殺せと言ったんだ…。
その先はあんまり覚えてないけど、大体の予想はつく。


「ごめん、ルティナ」

救ってやりたいと思ったのに、かえって傷つけた?
ルティナが、苦しそうに泣いてる。
ごめん。


「こんなふうに泣かせたくなかったのに」


暖かいルティナの頬に触れる。
指で涙を拭いて、そのまま指に髪を絡めようとして、さらりと抜ける。


ルティナの腕の傷に触れる。
いまだに傷だらけの腕。


「そ、か、使わなかったのか、あの傷薬…。手の傷痕、残るぞ」
「使っていたら、死んでいた!」


そう言ってまた泣く。
今度は怒って泣いてる。
悲しみで泣くよりも、怒って泣いてる方がずっといい。
嬉しくて笑ってしまう。


「死んでもいいって思ったんだ」
「おまえにはまだやることがあるだろう?クァン・リーのカケラを探すんじゃなかったのか!?」
困ったな…どう言えばいいのかな?
「う…、そう、なんだけど、忘れた。いや、違う。意味が無いって思ったんだ。 これからおれがやりたいことに、ルティナがいないと、その全部に意味が無くなる」
「私にそんな価値なんて無い!残忍な罪を重ねて、生き汚くて…自分の死さえも本当は怖くて、選べない!
 こんな私に…生きる場所も意味も、もうどこにも無いのに…」

「それでも、ルティナは生きなきゃならない」

生きて欲しい。
そう思ったのはおれ。
だから。


「それでも、おれはルティナを」
「だめだ!このまま、おまえに受け入れられたら!…弱くなってしまう!」


言葉では拒絶しても、心は人を求めてるのに。


「強くなければ…生きてゆけなかった!何があっても、揺らがない意志で、たくさんの人間を殺して、
 それでも迷わずにいられる強さがなければ…」
「違う。そんなのは強さじゃない。誰かを傷つける剣は諸刃なんだ。必ず傷つけたほうも傷を負う。
 痛まない心なんて無い。麻痺してるだけで、痛みを感じないだけで、強くなんてないんだ」


そうやって、無理矢理自分を押し込めて戦ってきたのか。


「…殺すたびに痛みを感じていたのなら、とっくの昔に心なんて壊れてた。違うか?」


ちゃんと悲しみも苦しみも感じてたのに、ずっと隠してたのか。
そして、今、全てを思い出して、壊れそうになった心。
でも。
今なら。



「痛みがなければ、ひとはひとでさえもありえない。
 今ならわかるだろう?だから、もういいんだ」


ルティナの心は、もう一度いろんなことを感じられるようになったはずだから。


「おれがいる。みんながいる。
 だから…生きるなら、ひとりじゃない」



過去も、罪も、消すことはできない。
でも、おれが癒してやるから。



おれのために、泣いてくれた。
おれのために、怒ってくれた。


「エヴァン」


名前を呼んでくれる。
ただそれだけのことが、おれはとても嬉しいんだ。


「エヴァン」


返事の代わりに、さらさらと髪を撫でて。


「もう、泣くなよ。ルティナ」
「…、ん…」





ようやく穏やかに凪いだルティナの心に触れて。





ルティナの指が、おれの手を、胸を、顔を撫でる。
暖かさが心地よくてまどろみかけると。
次に別の、やわらかくて熱いものがくちびるに触れる。
その熱はゆっくり体中に広がってゆく。



「昨日の夜は…」


月蝕だったから、心が不安定になったんだよ。
そう言いかけて、やめた。


「いや、もういいや」


おれのせいで泣かせるのだけはもうやめよう。
ルティナがそばにいるだけで、おれはとても嬉しいんだから。



「ルティナ、笑って」


涙の跡を拭って。
戸惑ったように、少し、笑ってくれる。


いきなり花咲くような笑い方ができるはずもないな。
少しずつでかまわない。
おれにきみの笑顔を見せて欲しい。


きみがいつも笑っていられるように。
おれがそばにいるからさ。


今はまだ、硬い小さな種。
おれがずっとルティナの胸に種を蒔き続けよう。
美しい花が、いつか咲き乱れるように。
きみの笑顔を見せて欲しい。


いっしょに生きよう。





End

2002.11.30






あちょがき。(号泣)

長々とお付き合いありがとうございました。まーじーでー。
アカイツキを衝動的に書いて、続いてしまいました。まさかこんな展開になるとは、書いた本人も予想外。
途中、全然違う話になってるし。読み難いことこの上ないですね。
非常に雑です。
自分自身が話の重さについて行けず、全く文章らしいものになってません。それでもupしちゃったのは恥さらしです。読んでいただいた方には非常に申し訳なく思ってます。ごめんなさい〜。(涙)
オチはこんなふうになりました。
ごめんね、エヴァン。今度死ぬのは私だな。(滝汗)

平和とか、そーゆーの、あんまり上手に語ることはできないんだけども。
とりあえず、個人が幸せで、大切にしたいものがあって、笑っていられればいいのかも。

明日咲く花、私はルティナには蓮が似合うと思う。
あれは泥の中から咲く花。
どんなに望みが無いような場所でも、美しい花は咲く。


追記メモ。
月蝕
地球の影に月が入る現象。必ず満月の日に起こる。
蝕の途中、少しずつ黒い影に入っていくんだけど、月全体が影に入った時、真っ黒ではなく赤銅色に輝きます。
そらもうブキミな色ですが、私にはそれなりに好きな天文現象です。


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