黎月梨さんより頂きました

keep for ・・・


「エヴァン、気持ちは分かるけど、危険だよ」
「目をさました途端、エヴァンを……って事、あるかも知れないし」
いつも元気なミャムが悲痛な声をあげ、ティトがうつむきながらエヴァンを止める。
だが2人の制止をエヴァンは首を振って振り切った。
「いや……大丈夫だ、コイツの剣はもう取り上げちまってるしな」
そう言うとエヴァンは部屋の隅に視線を向ける。
視線の先にはクロイツの愛剣・クリムゾンが壁に立てかけられている。
「だけど!クロイツが目を覚まして暴れだしたら……」
「ここまでボロボロになって暴れるとは考えられないけど……万が一そうなったとして、地導師のおばちゃんたち2人じゃまず止められない……結局、俺じゃないと無理だって事だ」
クァン・リーが出現したエスカーレから傷付いたクロイツと共に戻って来たエヴァンたち。クロイツの負った傷を治癒魔法で魔法屋のお婆ちゃんが回復した後の事。 意識を取り戻さないクロイツの見張り兼看病は自分がやるとエヴァンが名乗り出たのだ。
「だが……お前も休まなければ」
ミャムやティトだけでなく、ジェイドやルティナもエヴァンがしようとする事は 危険だと彼を止めようとする。だが、エヴァンは頑なに譲らなかった。
「オレは大丈夫だよ、こうみえても丈夫に出来てるからな。それよりも、みんなの方がしっかりと休めるうちに休んでいてくれよ。クァン・リーとの決戦に備えて、な」
「エヴァン……」
ティトたちの不安そうな視線がエヴァンに集まる。
エヴァンはもう1度、低い声で「頼む」と言葉を紡ぐ。
「エヴァンがここまで言ってんのよ、アタシたちがどうこう言ったって、エヴァンはこの部屋から一歩も出ないわよ」
平行線を辿るティトたちとエヴァンの間に痺れを切らせたカーマインが割って入った。
「それにさっきのはある意味、リーダー命令だぜ。オレたちはあのイケすかねぇ クァン・リーとの決戦に備えて、体力をつけるべきなんだ」
「うむ……エヴァンは譲らぬだろう」
ブランドルとウルクはそう言いながら、外へ追い出すようにティトたちの背中を押して共に部屋から出て行った。
部屋に残ったのは意識を失い眠ったままのクロイツ、エヴァン、それからカーマイン。
「あんたも物好きよね〜。今まで散々やりあったクロイツの看病したいなんてさ」
クルッと振り返ったカーマインはやれやれとため息をついて苦笑いをした、と思ったらポン、とエヴァンの頭の上に手を置き、彼の頭を軽く撫でる。
「でも、アタシたちだって、ミャムたちと同じで心配なんだから……無理だけはしないでよ」
微かにカーマインの声が震えていた。いつも何が起こってもマイペースで颯爽としているカーマインも、クァン・リーの巨大な力を見せつけられたのだ。
人の心を奪い、そして操って、自分たちを襲わせようとした、あの恐ろしい存在。
彼女も人間なのだ。不安で不安でたまらないのだろう。
「カーマイン……ありがとう」
「なに言ってんのよ!じゃ、2人でごゆっくり♪」
軽くエヴァンの頭をどつくと、カーマインは部屋を出て行った。
最後の一言を言ったカーマインは、いつものカーマインだった。

「あーぁ、師匠から貰った剣もボロボロじゃねぇか」
エヴァンはクロイツの愛剣・クリムゾンを鞘から抜きながら、呆れた声をあげた。
柄と鍔の部分に剣の持ち主をあらゆる魔法から守護するためのオーブがはめ込まれているその剣は見る者を魅了する。だが、エヴァンがその魅力ある剣を鞘から抜くと、鍔から先の刃はボロボロだった。
「ったく、ちゃんと手入れしろっての!」
最後に手入れをしたのはいつの事やら。と思うと同時にこの剣を最後に手入れしたのは、そう遠くない時だろうとエヴァンは感じた。
「持ち主の性格はサイアクだけど……お前はこいつが持ち主で幸せ、なんだよな」
こんなに刃がボロボロになるまで使われた剣、
きっとこの剣は剣冥利に尽きるだろう。剣が振るわれた目的はともかくとして。
「俺の剣は……1度もこんな風になった事ねぇもんな」
エヴァンは腰にたずさえていた剣を鞘から抜いた。
「お前らがこうやって並ぶのは、久々だな……師匠と最後にあった時以来か」
2本の剣をエヴァンは壁に立てかけた。
「剣からすると……冥利につきるのはやっぱ降魔剣の方、だよな」
エヴァンは苦笑しつつ、クロイツの方を振り返る。
クロイツの眠るベッドの横に椅子を持ってくると、そこに座り、エヴァンは昔に思いを馳せた。

クロイツの持つ刃は降魔剣・クリムゾン、
エヴァンの持つ剣は逐魔剣・フルムーン。
かつてはそう呼ばれていた。
エヴァンとクロイツが住んでいた村には剣士がいた。
自らの剣は自ら作り上げる鍛冶の能力を持っていた剣士が。
彼の名はラヴァルス。白銀の髪が美しい30代には見えない男だった。
「また来たか、このワルガキコンビ。今日は保護者は一緒じゃねぇんだな」
「パイクは保護者じゃねぇって!アイツは今日は家の手伝い!!」
彼はエヴァンにとっても、クロイツにとっても剣の師匠だった。
と、言っても仲良く2人で肩を並べて彼の元に行くのではなく、エヴァンが彼の元に行くとクロイツがもう先に来ていて、というのが現状である。そして、そんなエヴァンとクロイツの遊び仲間(大人からみれば3人はワルガキセット)であるパイクはあまり喧嘩せず穏健で、彼がエヴァンとクロイツの保護者と周りは言っていた。
「……ってか、クロイツ。またいたのかよ」
「貴様こそ、いい加減に伸びない才能を伸ばそうとするのをやめたらどうだ?」
「んだとぉ!?その言葉、テメェにそっくり返してやるぜっ!!」
エヴァンを小馬鹿にするような事を言ったクロイツと、その言葉にムカッ!と来て 思わず怒鳴ってしまったエヴァンの頭をゴツゴツとした大きな手が上からグイッ!と押さえ付けた。
「っるせェ!!テメェら、この中に放り込まれてぇかっ!?」
ラヴァルスは交互に2人の顔に自分の顔を押し付けながら、問いかける。
クロイツは「ふん」とそっぽを向き、エヴァンは「いやだ!」と首をブルブルと振る。
「だったら、オレの仕事が終わるまで黙ってろ!!」
辺境で暮らすラヴァルスだが、剣士の腕も鍛冶職人としての腕も確かなもので色々な場所から、よく剣や包丁の注文が来ていた。それは、ノーチス人だけではないらしく、エヴァンはラヴァルスの元を訪れ、剣を注文していくアルカダの商人を何回か見た事があった。
ラヴァルスは午前の仕事が一段落するとエヴァンとクロイツに剣術を教えた。
剣の振り方、受け止め方、鉄の棒を持ってエヴァンとクロイツはラヴァルス指示の元、何度も稽古として模擬試合を行った。
しかし、ラヴァルスは剣の振り方や受け止め方、攻撃の交わし方を教える事があっても決して剣技を教える事はなかった。
「自分であみ出して覚えろ!」
これが彼の言い分だった。

「師匠、いきなり来いだなんて……なんだと思う?」
「オレが知るか」
ラヴァルスに教えを受けはじめてから5年が経ったある日。
エヴァンとクロイツは初めて肩を並べてラヴァルスの元を訪れた。
日が暮れかけた頃、いきなりラヴァルスに自分の元に来いと呼ばれたのだ。
「師匠ーっ!何か用か?」
いつものようにラヴァルスの鍛冶場に入ったエヴァンとクロイツは足を止め、いつもと違う情景に目を見開いた。いつもなら鍛冶道具などが散らかっている鍛冶場は 綺麗に片付けられており、エヴァンとクロイツは驚きながらも、首をかしげた。

「師匠?」
「2人とも来たか」
片付けられている鍛冶場の次に驚いたのはラヴァルスの格好だった。
ラヴァルスの格好はノーチス軍の軍人のようだった。いや、ノーチス軍の兵士の 格好をしていると言った方が正しい。
「師匠、その格好……」
「あぁ……さっきお偉いさんの使いが来てな、俺に力を貸せだってよ」
「戦争に行くのか?」
「そういう事だ」
「何で!?オレは剣を作る剣士だが戦争はしねぇって言ってたじゃねぇか!!」
エヴァンとクロイツの質問にラヴァルスは交互に答えて行くが、ラヴァルスがクロイツの問いに答えた瞬間、エヴァンは声を荒立てた。
「命令か……」
「そういう事だ、さすが年上だな」
クロイツの言葉を聞き、ラヴァルスは苦笑まじりで彼の肩を叩いた。
ノーチス軍の兵は志願制だ。それなのに「志願なんて真っ平ゴメン」と日々言っていたラヴァルスが軍に行くのはおかしい。
「何でだよ!何で師匠だけ命令なんだよ!!」
「戦線を覆すにはそれ相応の人材を引っ張らなきゃダメなんだと」
エヴァンの問いにそう答えたラヴァルスは持っていた2本の剣を1本ずつ、エヴァンとクロイツに押し付けるように渡した。
「ほらよ、俺の大事な2人の息子。お前たちに1本ずつくれてやる!!」
「これ……色々な商人が売ってくれって頼んでも、断っていた剣じゃねぇか!」
ラヴァルスの鍛冶場の壁にいつも飾られていた2本の剣。
エヴァンの持つ剣は厄災を払い月のように全てを守るもの、逐魔・フルムーンと、 クロイツの持つ剣は全てを斬り裂き血の道を作るもの、降魔・クリムゾンとラヴァルスはいつも呼んでいた。
「エヴァンは攻撃するより守りの方が上手かったから、そっち。クロイツは攻めが鋭く素早いから、そっちだ」
「そうじゃなくて……何でオレたちにくれるんだよ!持って行きゃぁいいじゃねぇか!」
「うるせぇ!師匠がくれてやるって言ってんだ!大事に持ってろ、じゃなくて使え!!それにそれは俺からの……死者からの餞別だよ」
『!?』
ラヴァルスの言葉にエヴァンとクロイツはハッと息を飲み、そして言葉を失った。
「じゃぁな!明後日の朝までにエスカーレに来いって言われてっから、俺はもう行くぜ。まぁ、お互いに精進しろや」
エヴァンとクロイツの横を通り抜け、ラヴァルスは家を出て行った。
そして、もう2度とこの家に戻って来る事はなかった。
この時、エヴァンが14、クロイツが19の時だった。

「お、クロイツ。目が覚めたか」
昔に思いを馳せていたエヴァンだが、うなり声が聞こえ、ハッと我に返った。
クロイツは「うぅ……」と微かなうなり声を上げながら、目を開けた。
「エヴァン……!?貴様、どうして……何故、俺はここに!?」
目を開けたら、目の前に天敵がいる事に驚いたクロイツは、体を起こそうとするが 体に激痛が走り、起き上がる事は出来なかった。
「……俺はまだ生きているのか」
「あぁ、悪いが、そう簡単に死なせねぇよ」
エヴァンの言葉を聞いたクロイツは「ふふっ」と笑った。
「お前まで師匠と同じ事を言う」
「は?」
「師匠に蹴飛ばされたのだよ、『お前みたいなヒヨッ子がここに来るなど許されるか、地上に叩き落としてやる』とな」
「それでお前は叩き落とされた……ぷっ」
クロイツは夢を見ていたのだろう。
そして、その夢の中で彼はラヴァルスに『ヒヨッ子』と呼ばれながら、叩き落とされた。
このクロイツもラヴァルスから見ればまだ『ヒヨッ子』なのだ。
「何がおかしい?俺がヒヨッ子なら、お前は卵だ」
「へいへい、かってに言ってくれ」
「………」
エヴァンは笑いを堪えた顔でクロイツの言葉を受け流した。
本当は言い返してやりたかったが、それをするよりも先にきっと笑い出してしまう。
だが、同時にエヴァンは思った。
『クロイツは絶対に死なさせねぇ』
きっとクロイツを死なせたら、ラヴァルスは今のクロイツ同様、
自分の夢枕に立って文句を言ってくるだろう。

大丈夫。絶対にクロイツは死なせない。
全てを守るもの、紺碧の夜空と夜空に浮かぶ金色の満月のように輝く剣に賭けて。


オワリ。

2002.09.02








【黎月さんのコメント】
エヴァンとクロイツのエピソードを書いてみよう!と思って書いてみました……
話の時間はバトルクロイツと進化の回廊の間のお話です。
なんだかメチャクチャです(涙)。エヴァンの剣の師匠は親父さんでなくなってるし(汗)。
エヴァンの剣の方の『フルムーン』という名前はオリジナルです。
あと、最初はエヴァンの装備専用武器から名前を決めようと思ったのですが、クリムゾンは「鮮血」というような意味を持っていて……これに対照的な存在の名前にしようと思ったら「太陽or月」が浮かんで来て……満月→フルムーンで行こうと 言う事に……
本当に暴走小説でごめんなさい。


【ちょろりんより感謝の辞】
お話を頂いて、文字通り「飛び上がるほど喜んだ」のでございます。
きゃぁぁっ!私も2本の剣を並べて立てたい〜〜!!(なんだそれ・笑)
クロイツは、愛着・執着・固執する人なんだと思う。
他人には理解できない行動も、彼は一途にそれしか見えないような。
エヴァンはきっとそんなクロイツの唯一の理解者になりえる…てか、理解者でしょ♪
激しくドリー夢モードに突入しました。

ホントにありがとうございました〜!!


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