fantasy100
088.空色の想い(空想)





 ミツルくん、よく聞いて。アヤちゃんがね、目を覚ましたよ。

 アヤは死んだはずだった。
 僕はずっとひとりで生きて、これからもそのはずだった。
 幻界で、僕は失敗した。
 願いは叶えられることなく、長く短い1千年を、100人の悲痛な願いを抱いた旅人を、見てきた。
 戻ってきた現世は、信じ難いことに家出をしたはずの朝だった。

 ミツルくん、聞いてるかい?アヤちゃんがキミを呼んでいるんだ。

 塗り替えられる認識。
 アヤは、死んでいなかった。
 かろうじて生きていた。
 けれど、眠ったまま、もう目覚めることは無いと宣告されたまま、僕たちは別れたのだ。
 そういうことになっている。僕の記憶は変わらないのに。

 ミツルくん、行きましょう。アヤちゃんに会いに、早く行かなくちゃ。

 雲の上を踏むように、遠くなる現実と近くなる夢。
 ウソだ、こんなことはありえない。どうせ、醒めてしまう夢だろう。
 全ての感覚が遠い。時間も温度も光も闇も、かすむ。
 目に見えるもの、耳に聞こえるもの、痺れたようにもやもやとすりぬける。

 今朝、突然覚醒したんです。4年の眠りから。みんな驚いてます。

 四角い部屋に歳をとった博士と、若い医師、男と女と、さまざま。
 研究か、実験か、被験者であった小さな妹は大切に守られていたという。
 大きな窓の外は、溢れる緑、セミの声、まぶしい夏空。
 木陰に小さな車椅子、むぎわらぼうしを被せられた、長い髪のおんなのこ。
 夢ではなくて、現実、なのだろうか。

「アヤ、なのか」

 真っ白に照り返すコンクリートと、真っ黒に落ちた僕の影を踏む。
 手を差し伸べる。
 僕の手から、金色の光が舞って、主の下へと還ってゆく。

「 お に   ちゃ 」

 抱きしめる手と、手と、手と、手。
 夢なら、醒めるな。
 おねがいだ。

「 お か え り 」

 僕らは、やっと、あの日の続きに、帰ってきた。
 三谷、ミタニ、ワタル、
 おまえはどんな奇跡を起こしたのか、知っているか。

 4年の間に、大きくなってしまった僕、少し大きくなっていた妹。
 夏の空色のように、想いだけが変わっていなかった。

「ただいま、アヤ」






おしまい









2006.08.14


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