ぽつ。
 雫が落ちたと思ったら、あっという間にアスファルトを真っ黒に濡れ染めた大粒の雨。


086.
途方に暮れる


 雨の音は好き。
 睦月の足音みたいに聞こえるから。
 目を閉じて、落ちてくる雨粒を額で弾く。
 伝い落ちる雫で携帯が濡れないように、ポケットの中でハンカチに包んだ。

 大きな水溜り。
 睦月なら。
 最近の睦月なら軽く跳び越してしまうだろうな。
 前の睦月でもきっと跳び越せたと思うけど、失敗するのが恐くて跳んでくれなかった。
 跳び越したら、私の方を振り返って笑って言うの。
「望美、跳べたよ」
 って。
 小さな子供みたいに。

 今、少しだけ、泣いてもいい?
 雨で涙が見えないから。
 雷鳴で音が聞こえないから。

 ぱしゃん
 ぱしゃん
 足音が聞こえる。
 睦月の足音じゃない。

「望美ちゃん」

 ね?
 やっぱり違う。

「ごめん。貸してあげる傘が無い」
「見たら判りますよ。橘さんもずぶ濡れなのに」

 ほんの少し、二人で笑う。

「今頃どうしてるのかな」
「…きっと、同じ雨の中にいるさ」
「そう…ですね。睦月、子供の頃かくれんぼが上手かったんです」
「それじゃあもっと気合入れて探さなきゃな」

 本当に、近くにいるのかしら。
 隠れて私たちをこっそり見てるのかしら。
 膝を抱えて、小さくなって。
 ほんの少し、不安な顔して、見つけてくれるのを待ってる…。

「こんな時間も、通り雨みたいに過ぎて行きますよね?」

 睦月、帰ってくるよね?
 俯いていると、黒い物が頭の上に降ってきた。
 濡れて重くなった橘さんの上着。
 睦月の柔らかな布地の服じゃなくて、硬い知らない人の服。

「気休めにもならないな。でも、望美ちゃんに風邪を引かせたら睦月に怒られそうだ」
「そんなの、全部睦月のせいです」
「…俺のせいなんだよ」

 寂しそうな声に驚いて顔を上げると、橘さんはもう後ろを向いて歩き出していた。
 ますます激しくなる雨の中を。

 私も、探そう。
 通り雨なら、すぐに止むよね?

 答えの代わりに、強い風が吹いた。


 会いたいよ、睦月。



end




30〜31話あたり? どーしても橘さんが出てきてしまうのは仕方が無いと思ってください。(笑)

2004.09.19


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