「橘、くん…」

 見られたくなかった、と。
 地を這って痛みに耐え、尚、悔しそうに目を逸らした彼。
 私は、何も解っていなかった。


075.
仮面


「前に…、どんな仕事をしてるのかって聞いてたよな…」
「うん。けど、もう……いいわ」

 恐かった。
 人型のバケモノが力無き人達を次々と襲って、命を奪ってゆく。
 噂で、少し聞いただけだった。
 本当にそんなことがあるなんて。

 橘くん、逃げよう。
 そう言って彼の手を引いたとき、すごく厳しい顔をしていた。
 そんな彼は見たことが無かった。
 …いいえ、違う。一度だけ。
 救急患者の症例のFAXを読み上げたとき、怪物がどうとかいう話をしたときにも、橘くんは厳しい目をして、診療所を飛び出して行った。
 あの時も、…戦っていたというの?

『恐怖心が心の根底にある場合……脳の一部で破壊のイメージが増幅し、心臓や他の臓器に影響を…』

 恐怖心なんて、誰にでもあるじゃない。
 酷いことを言ってしまった。
 橘くんは、バケモノと対峙しながら、微かに震えていた。
 傷つけること、傷つけられること、恐くない訳が無いわ。
 ほんの僅かでも。
 それがいつか増幅して、全身を貫く激痛に変わる。
 おそらく、常に死のイメージに付き纏われつつ、戦って…いたのね?

 橘くんを救ってあげたい、だなんて。
 動けなかった。
 橘くんが倒れて、バケモノがその巨大な刃を振り上げたとき、私は悲鳴を上げて立ち尽くしているだけだった。
 こんな私に、一体何ができるんだろう。

 命懸けで戦ってる橘くんに。

「驚いたよな?」

 無理に笑おうとする。
 泣いてるみたいにも見える。

「だけど、俺はもう、戦えない」

 見ただろう?
 自嘲気味に笑って、疲れたように俯いてしまう。

「ごめんね…そんな大変なことしてたのにわかってあげられなくて、支えてあげられなかった」
「何言ってんだよ。…君がいてくれたから。君のそばにいるときだけは、戦いを忘れられた」

 あなたは。
 ライダーじゃないときもずっと戦っていた。
 そして、きっと私の傍にいるときだけ、仮面を外していたのね。
 それなのに、私は…。

「じゃ、こうしよう、私も医者やめる。だから、橘くんもライダーなんて仕事やめて、どっか遠くに…そうだ、二人で南の島へ行こう。それで、さとうきびとか作って…」

 橘くんが笑ってくれる。
 けど、それは「無理だよ」という顔。
 きっとライダーなんかじゃなくても、橘くんは誰かが危険にさらされてたりすれば、飛び出して守りに行ってしまう。
 たとえ、自分の身がどうなってしまっても。

 タイミング悪く病院からの呼び出しの電話が鳴って。

「小夜子に医者はやめられないよ」

 橘くんは、これ以上私に心配させないようにと背を向ける。
 心にも殻を纏って。


 どうすれば、橘くんの中から硬い仮面を外してあげられるの?



end



なのに、橘さん、次に小夜子んとこに行ったときには藻人間なんだぜ?(苦笑)
こんな危なっかしい男、知らねえよ。
そして、危なっかしい男の弱い部分を知ってる小夜子ちゃんは、橘さんにとって本当に大切な人なんだなーと思うのな。

2004.07.08


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