橘さんはいいですよね。理由があるから。
肯定も否定もせず。
睦月の幼さを責める気にもならず。
漏れたのは苦笑にもならない溜息だった。
ここにはまだアンデッドが潜んでいる。
ならば、離れるわけにはいかない。
自分のことは、後回しに考える。
…それは、「逃げ」かもしれない。
072.
単独行動
悲鳴と怒号。
崩れ落ちてくる天井から、視界の端に映った母子を守るのが精一杯だった。
最初の衝撃の後、体に重く圧し掛かった建材片を動かそうとして、左腕に激痛が走る。さっきのアンデッドにやられた傷か、それとも今の崩落で、か。足も動かない。これは何かに挟まってしまったのか。
まだかろうじて動く右腕を伸ばして床面に触れようとすると、そこにはさっきの子供が、いた。
「…無事、か?」
埃の舞う暗がりの中ではほとんど何も見えないが、その子は確かに頷いた。
「あの、娘は?…娘は!?」
「シッ!…静かに。大丈夫です」
すぐ傍から、母親の声。
この会話に触発されたように、周囲の瓦礫の中から不安そうな声が沸き立つ。
「何なんだ!?今のバケモノは!」
「私たち、どうなっちゃうの?」
「わあああーこわいよー!」
まだ生きている人達がいる。
俺は、この人達を守らなければならない。
「静かにしてください!さっきのアンデッド…怪物が、人の声で戻ってきます」
ざわめきが止んだ。
「このまましばらく待って明かりが少しでも戻ってきたら、皆、近くに集まってくれ」
「アンタがいる所は瓦礫だらけだ!もっと安全な…そうだ、そこの通路は…」
「あそこは隠れる場所が無い。見つかれば必ず殺される」
不安そうな男性の声。この声が届いている全員がきっと同じ思いだ。その思いを責めることはできない。
「じゃあ、今のうちに逃げれば」
「ヤツは馬鹿じゃない。それを見越して待ち伏せているはずだ。」
男性は小さく悲鳴を上げた。
「あの」
代わるように、若い女性の声がする。
「私、動けます。あなたの傍まで行けます。何かできることはありませんか?」
勇気のある人だ。こんな状況なのに、妙に安心する。
「ここに来るまでに誰かいたら、手を引いて一緒に来てください。そして物陰に隠れて」
「…物陰に?」
「そう。できるだけ動かずに、じっとして。そうすれば、ヤツは俺たちを見失う」
確信を持って言えば、思いは伝わる。
確信…。
皆、俺が仮面ライダーだと知って、それで、信じてくれる。
離れた場所から、その女性が静かに動き出す。他の、何人かも同じように瓦礫の間を縫って俺の周りに集まってきた。
「そう、そこの壁の裏側に隠れるんだ。恐ければ隣の人と手をつなげ。そして静かに…」
おとなしく指示に従ってくれる。
不安なのだ。
本当は、1人ずつ離れていた方が安全だ。
だが、恐怖に迫られた状態の中で、1人でいられるほど人は強くないということを、俺は知っている。
「…おにいちゃん」
すぐ傍にいる女の子が、俺の手を引く。一緒に壁の端へ行こうと。
「ごめん。足が挟まってて動けないんだ。お母さんと一緒に隠れておいで」
「ううん、じゃあ私もここにいる」
胸にしがみついてくる小さな存在。
絶対に守ってやる。
「大丈夫。もうすぐ助けが来るから」
「…本当に?」
頷くと、女の子は安心してしがみつく腕の力を弱めて、軽くもたれかかってくる。
こんなにも、俺を信じてくれている。
皆を助けたい。
剣崎は、必ず来る。
あの、俺以上のお人よし。
睦月。
知っているか?
今の俺を、知っているか?
小夜子。
いつも、いつでも、そばにいるよな?
見ていてくれ。
end
睦月、小夜子が死んでよかったねーみたいな言い方をしましたが。
高校生くらいの、人生経験の浅い子にそれを言われて怒らなかった橘さんは大人だなー。(笑)
悲しみを経験しないと強くなれない?
そんなこと無いんじゃないでしょうか。
それも、きっと橘さんが教えてくれるよ、睦月。
2004.06.29
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