071.
雨に濡れても



眠れないのを幸いに一気に雑務を片付けようとしているのに、一向に減らない未決済文書にため息を吐く。

− 一緒に食事に行こうか −

そんな誘いは半分社交辞令だったのだろう。


オノゴロ島に限り、行動の自由を許されたAAクルーたちは、少ない余暇ではあるが、それぞれに買い物や娯楽を楽しんでいる。
だが私は、自分に課した職務に追われて、ほとんど艦を出ていない。
いつも通り食堂で朝食を突付いていた私に、呆れ顔で話しかけた彼。
「勿体無いだろう?せっかく安全地帯に入ってるのにさぁ」
軽い口調は相変わらずなので、黙認するとして。
「報告書をまとめ上げたり、いろいろとしなければならないことも多いですから」
「いつ息抜いてんだか。自分の時間ってのは自分で作らなきゃできないぜ」
彼は学生組クルーが持ち込んでいた街の情報誌を広げて。
特集記事の個性的な日用雑貨に「使いづらそうだな〜」と笑ってツッコミつつ。
パラリと大きく広げて、私に見せて。
「今夜、時間があれば…」
指先にはしゃれた創作料理店の広告記事があった。


時間があれば、ということだったし。
私も手隙になる時間ができなかったし。
彼に至っては工場区へ呼び出され、他の作業員が引き上げた後も戻ってこない。
おそらく『技術協力の成果』を見て、それを自分のものにするつもりなのだろう。
普段、飄々と好き勝手に行動しているように見えて、実は他人が知らないところで努力をしている。
そんな人だから。

深夜、1時を過ぎて。
コーヒーではなく今度はホットミルクをいれようとした時、ディスプレイモニターにコールサインが現れる。
彼から。
「…はい。何か?」
『仕事中でしたか、艦長殿?』
「ええ、まだあと少し。フラガ少佐も今まで工場ですか?お疲れ様です」
我ながら、冷たい態度だなと思う。
『あのさ…すまない』
「何が…ですか?」
『誘っておいてさ、俺のほうが時間が作れなかった』
本当に申し訳無さそうな彼の言い方に、思わず笑いがこみ上げてくる。
「気にしてませんから。それよりも、もう遅いのですからお休みになった方がよろしいのでは?」
『うーん、それなんだけどさぁ』
コツコツ
部屋の扉がノックされる。
突然のことに驚いて、一瞬動作が固まってしまうが、すぐに扉を開ける。

「こんばんは」
いつもと同じ、すこしおどけた感じの、明るい笑顔。
壁にもたれかかって…髪と服がしっとりと濡れている。
「雨…?」
コクッと頷く彼を部屋に招きいれて、乾いたタオルを渡して。
二人分のホットミルクを作る。
「この国は雨が多いんだな。走って戻ったんだが、結局濡れてしまった」
「傘を探すとか車を拾うとか…どうしてしなかったんですか?」
「時間が惜しかったから」
彼は私のデスクの上をさらりと眺め、「やめやめ〜」なんて言いながら勝手にデータ画面を閉じてゆく。
「言ったろ?時間が無ければ作り出せばいいって」
「強引ですね」
「でも、悪くないでしょ。今から食事にって時間じゃないから、明日の朝食を一緒に。どうかな?」
「…とりあえず、これ、飲んでください」
小さな湯気が昇るミルクを渡すと、彼は冷えた手を温めるようにそれを飲む。
「俺は…もうちょっと甘くてもいいけどなぁ」
彼は悪戯っぽく笑って、私に口付ける。
始めは優しく、次第に強く求め合うキスになりそうになって。
彼の耳、髪に触れると、まだ湿気ていて冷たい。
少し残念に思いながらも、唇を離して。
「ムウ…シャワー浴びてきてくださいね。風邪を引きますから」
「ありがと。愛してるよ、マリュー」

作り出された2人の時間は、とても甘いものになった。







PHASE 28 題して「オーブの休日」編?

砂吐いてます。あまりのコトに。(笑)
言い訳したいことはイッパイなのに、それすらも恥ずかしくて出てこない。

2003.04.29


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