064.
水に沈む



 暗い部屋のなかで、瞬きする時間も惜しむほどに睦びあう。
 同じ呼吸、同じ鼓動、同じ体温。
 互いの全てを分け合っているのではなく、例えば彼女の秘密を彼はまだ訊けないでいた。
 それでも、現在の温もりを共有できるだけで、二人には十分なのだ。

「まるで空に恋した魚みたい」

 湿ったため息と一緒に、彼女が言う。
 闇に慣れた瞳が、彼の青い瞳を見つけて、ふと思ったことを口にした。

「何のお伽?」
「普通の魚の話よ。空に憧れて、水から飛び出してしまった。そして、空気に溺れて死んでしまうの」
「不安?こんなに傍にいるのに」

 頬を寄せて、彼はついでに彼女の背を撫で上げる。
 堪えるようなため息を捕らえて、吸い上げるようにキスをする。

「それはね、魚が急に思い出したのさ。空に行かなきゃならないってことを」
「魚だから行けないわ」
「進化するんだ」

 彼の自信たっぷりの言葉に、彼女がクスリと笑う。
 彼女の悲しいお伽は、彼のSFになってしまった。

「空に恋した魚は急に進化することを思い出して空を飛ぶんだ。うろこは羽根に変わる。青い空は君が自由に飛べる空になる」
「じゃあ、私は死なないのね?」
「まだ魔法が足りないのかな?」

 未来を語れば、それは絶望なのかもしれないけれど。
 それに繋がる現在を希望に変えて。

 進化できなければ、魚は深い深い水の底にに沈んでしまうだろうと、彼女は思う。
 けれど、それでもいい。
 今は、彼を信じて、空を飛べるだけ飛ぼう。

 宇宙は冷たく全てを凍えさせる。
 今だけは、互いの温もりを抱いて、抱きしめて。



end



ずっと前からネタ暖めてたヤツで。
See-Sawの「Jumping Fish」聴いたとき、ふと思い出したのは安部公房の「死に急ぐ鯨たち」でした。
でも、どちらも死んじゃったらイヤじゃー!と勝手にオチはユメミガチに変更。
あ、名前呼び合って無いけど、ムウマリュです。それ以外のイメージでは書いてません。

2003.10.05


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