ちりちり、痛いほどの陽光。
 夕方になってもナナメに差し込んで、アスファルトの上に溜まった空気をかき混ぜることも無く。
 とにかく暑くて死にそう。こころが死にそう。

 路地を曲がったその先に、傘を差した小さな子供が3人。
 陽炎の上で踊っていた。




fantasy100
057.陽炎





「わたるおにーちゃーん!」

 透明ビニール傘を差した女の子がぶんぶん手を振った。アヤちゃんだ。
 一緒に遊んでた2人も一緒に僕を見て、戸惑った顔を見合わせる。はっと家のほうを見て、それからアヤちゃんと同じように手を振った。
 スッと人影が現れる。ふたり。

「芦川…と宮原」

 どうりで家に行っても留守のはずだ。
 美鶴は、アヤちゃんがいるとき独特の穏やかな空気をまとっている。
 触れれば壊れそうなものを静かに見守る力は、美鶴の中で一番強いものだ。
 そんな美鶴が笑ってる。社交辞令抜きで。

「何やってるの?傘なんか持って」
「うちみず!」
「うちみず!」
「おにいちゃんにみずかけてもらうの!」

 一番小さな宮原の妹は水色のキティちゃんの傘を持って、…持ってても全身びしょぬれだ。
 宮原の家の前、焼けたアスファルトは水を含んで真っ黒に染まってる。
 もわもわの水蒸気を吐き出して、蒸し暑さは一層増してる気がした。

「きのうね、おさんぽのとちゅうでみずたまりをみつけたから、とびこんじゃったの」
「きのうもね、アヤちゃんといっしょにかさやったんだよ」
「すっごいおもしろいの!つめたくてきもちいいの!」

 昨日もやってたのか。
 水遊びの楽しさは、美鶴を見たらわかるよ。
 宮原の、兄妹たちの前で、すごくくつろいでる。
 悔しい。
 ゆらゆら、立ちのぼる、子供みたいな苛立ち。

「お水の無駄遣いじゃない?」
「地球温暖化防止だよ。地表の温度は2度下がる」

 宮原は大真面目に応えた。
 あさがおの垣根には温度計までぶら下げてある。ひょっとしたら夏休みの自由研究なのかもしれない。

♪ちひょーのおんどはにどさがるー

 歌い出すチビさんたちに、宮原は水撒きホースのノズルを霧状にして噴射した。
 傘を構えて、落ちる水に向かって突進していく。
 さわさわと細かな粒が散って、僕の手元に小さな虹ができる。

「宮原、ちょっと貸して」

 ホースが美鶴の手に渡ると、霧雨が僕の顔に降り注ぐ。
 慌ててしゃがんで、寄ってきたアヤちゃんの傘の中に避難した。

「あ、しかわっ!何するんだよ!」
「つまらなそうな顔してるからだ」

 得意気な、意地悪そうな笑みがむかつく。

「アヤちゃん、傘貸して!」

 透明傘は立派な防御壁だ。
 真直ぐ美鶴の前まで進むと、余裕の笑みのはずが僅かに怯んでいる。
 傘を一瞬すぼめて次に勢いよく開くと、傘に溜まった大粒の水滴が、美鶴と宮原に向かって飛び散った。

「なにするんだ」
「おまえが悪いんだろ」
「あーあ、結局今日もびしょぬれか」

 ふん。お子様遊びで負けるもんか。
 手を振って水滴を飛ばす宮原と、手の甲で瞼をこすってる美鶴に、少しだけ溜飲が下った。
 チビさんたちは僕の真似をして、傘をすぼめて開いてを繰り返し、水滴はおにいちゃんズに降りかかる。

「みつるおにいちゃんもきのうみずかけられたんだよ」
「ゆーたろーにーちゃんにねー」
「つまんなそーだったからってねー」

 美鶴のホースが慌ててチビさんたちに向けられる。
 けれど、すっかり濡れそぼってるので、さらに水をかけられる意味も無く。
 キャーキャー大喜びで騒ぎまくっている。
 宮原が問題の解を導くように、僕に視線を投げた。

「三谷、おまえ昨日どこか行ってた?」
「どこにも行ってないけど、おばあちゃんが来てて出れなかったんだ」
「ふぅん」

 ホースの向きが、宮原方面に変わる。

 アスファルトはすっかりぬるくなり、僕らの温度も2度は下がった。
 水たまりの上で遊ぶ僕らが陽炎に代わる。






おしまい








かなり衝撃だった。打ち水音頭

打ち水のついでに、頭からびしょぬれになって遊びましたよ。私が。

2006.08.06


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