最初、それは夢の形を取っていた。
 異形の爪が生身の頬を切り裂いた。
 慌てて下がりながら拭き取ったその血の色。



054.
潜む影


「橘さん、大丈夫ですか!?」

 目を覚ましたときに叫びださなかったのが不思議な程だ。
 揺り起こしたのはBOARDの研究員。時折この仮眠室で顔を会わせる人だった。

「…良かった。かなりうなされてましたよ?」
「う…、ありがとう、起こしてくれて」

 体中から汗が噴出している。
 強烈な寒気に歯の根が合わないほどに震える。

「医務室…は無理ですね?医師をここへ呼びます!」

 飛び出して行くその人を止めることもできなかった。
 胸の中にあるのは熱い塊か、凍たいものなのか、重くて動けない。

 おかしい。
 おかしい。
 どうしたんだ、俺の体は?

 再び堕ちていく夢の中。


 さっきの拭った血の色を確かめようと、手のあるほうを見る。
 そこに、自分の手は無かった。
 探す。
 床に、緑色の血溜り。
 まさかと思った瞬間、視界が急激に下がる。
 倒れるなんてもんじゃなくて。
 地面にボールが落ちるみたいに、視界が落ちる。
 ぱしゃん。
 音を立てたのは、白い珠。
 目だ。
 俺の、
 俺の…?



 柔らかな色で統一された部屋。当然ながら、そこは医務室だった。

「気付いたか?橘」
「からすま・・・しょちょう?」

 自分で驚くほどに呂律が回らない。
 沢山の人の気配を感じる。医師や研究員たちが、僅かな変化も見逃すまいと監視している。
 大いなる実験の、その対象である自分を。

「いったい、これ・・・、どう・・・うこと、ですか?」
「解からない。検査数値に異常は見当たらない」

 嘘だ。
 咳が出る。
 叫びたいのに、声が出せない。
 腕に繋がれた点滴、その上方に吊られた数本のボトルの薬品名を見て、愕然となる。
 安定剤と睡眠導入剤。
 そんなものが欲しいのではない。
 今、この溶けてしまいそうな程の熱をなんとかして欲しいのだ。
 凍えてどうしようもない身体の強張りをなんとかして欲しいのだ。
 何かを・・・隠している?

 虚ろになっていく意識の中、遠くで何かが。

−新しいライダーシステムの開発を急いだ方が良さそうだ。
−適合者は見つかった。

 新しい、システム?

−アンデットの出現も増加している。
−ギャレンだけでは、もう…

 そうだ、俺は、アンデットを封じる為に…
 自らの使命だと、今でもそう思っている。
 進化と、永劫へと続く生命の秘密を解き明かす為に。


 鏡の向こうに映る、影はギャレンのもの。
 指から離れたカードが、緩やかに回転して、胸に突き刺さる。
 封じられるのは、
 俺…?




end



1話以前。
信じていたものに裏切られた(気がする)のは橘さんでした。

2004.06.19


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