それは時間という意味じゃなくて
 思い続ける心の強さのこと



050.
過去・現在・未来


 深夜に何かに誘われたような気がして、始はそっとハカランダから外に出た。
 何か、はアンデッドではなくて、もっと遠くて小さな声だった。
 見上げれば、星空。
 思わずカメラの機材を持ってきてしまったので、どこか、人工の明かりが届かない場所へと足を勝手に向けさせる。

 闇の濃い場所へどんどん歩くと、先客がいた。
「…ギャレン」
 暗闇に慣れた目が静かに立ち続ける男の表情を捉える。
 振り返った瞬間は、今まで見たこともない顔だった。
「カリス、いや相川始か。今は、戦う気など無いぞ」
「こんなところで何をしている」
「お前こそこんなところで…」
 答える気も、戦う気も無かったので、なるだけ平坦な場所にカメラの入ったバッグを置いた。
 旧式の一眼レフを取り出す。露光とシャッタースピードを調節して、レリーズを取り付ける。三脚を立て、カメラを取り付けると思いっきりレンズを上に向けた。

ぱしゃ

「なんだか不思議だな」
 ギャレンになる男はその口元に微笑を浮かべている。
「何が」
「アンデッドのお前が…、不死であるはずのお前が、時間の一瞬を切り取る写真を撮るなんてことが」

かしゃ
ぱしゃ

「知らなかったからだ」
 温かな紅茶の意味や抱きしめてくれる小さな腕、見境無く誰彼構わず信じる者、自分以外のものを守りたいという気持ちの意味を。
 一万年の過去があり今の一瞬を挟んで一万年の未来がある。
「一瞬に意味が無ければ、永遠にも意味はない」
「そうだな」
 永遠の時の中で、戦い以外のものにこれほど振り回されることなど無かった。

かしゃ
ぱしゃ

「お前も、永遠の命に興味があるのか。それを手に入れてどうするつもりだ」
「理想がそこにあると、信じていた」
「前の戦いから一万年かけて作った人間の世界だ。この世界に理想は無いというのか」
 ただ思ったままを口にすると、疑問を投げかけた相手は気を悪くしたようだった。
 けれどすぐに何かを思い出して、苦笑する。
「純粋だな」
「どういう意味だ」

かしゃ
ぱしゃ

「栗原晋の遺志を継いだのなら、お前にも解かるかもしれない」
 遺志。
 この男も、伊坂に殺された女の遺志を継いだ。レンゲルから解放した男の遺志を継いだ。
 こんな場所で、1人で星空を見上げていた理由は。
「淋しいのか」
 天音と遥香は夏の一時期「墓参り」というのをするらしい。
 天音は父親が死んだのは冬だから、こんな時に父親が帰るはずがないと言って遥香を困らせていた。
 この男もそういうことをするのだろうか。
 死者に逢うことを願ったりするのだろうか。
「あ…!!」

かしゃ

 短い声の後、見れば男が自分の手元を見つめていた。
「何だ?」
「…今の、撮ったか?」
 何があったというのだろう。
 レンズの先にある煙りのような流れを探るが、何も変わらない星々が輝くばかり。
「このカメラが何かを撮ったのか?」
「カメラが撮ったんじゃなくて、お前が撮ったんだろう?気づいてなくても、現像して確かめればいい。いろんなことを、今、気付けなくてもいいんだ」
 いろんなこと。
 人の心のこと。
「後で気付けばいいというのは、俺が永遠に生きるからか?」
 また思ったままを言うと、今度は声を上げて笑った。
「俺はそんなに長生きできそうにない。そうだな…せめて俺が生きているうちには解かってほしい」
 努力する、と言いかけてやめた。

 静かにギャレンになる男が去ろうとする。
「お前は、今の一瞬に何を見ている?」
 呼びかけると歩みが止まる。
 アンデッドと比べて、あまりに短く儚い命の中で。
「過去と、未来を」



 現像した写真に写っていたものは、鮮やかな光の傷痕だった。
 遥かな過去から輝く星、遥かな未来へと輝いてゆく星。
 その中に現れた、一瞬の流星。

 現在だけを生きる、全ての儚いものに似ているような気がした。



end



ちょいとありえない話ですな。(笑)
夏といえば流星。2004年はペルセウス座流星群の観測条件が最高です。
8月12日〜13日、特に13日明け方に晴れていれば一時間60個は飛びます。
天体写真はレリーズつけたカメラに高感度フィルム入れて、シャッター解放、1分くらいでちゃんと映ります。

お題はミヒャエル・エンデ「モモ」のなぞなぞから。

2004.07.27


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