ザフトの戦艦がフリーダムに守られてコロニーメンデルへ向かっているというストライクからの通信。アークエンジェルに送られてきたデータは即時解析され、同時にクサナギにも転送される。
 そのデータを見て、カガリは言葉を失った。

 ザフト軍所属、戦艦エターナル、指揮隊長アンドリュー・バルトフェルド!?

 見れば、艦長席に座るキサカも驚いている。
 不審に思ったらしいエリカが「どうかしましたか?」と問うと、キサカは表情を改めて「なんでもない」と答え、ほんの少し席を外すと告げてブリッジを出て行く。
 その、普段では決して見せないキサカの動揺に、クルーたちは止めることができなかった。
 カガリを除いて。


028.
闇払う陽の標


 メンデルの周囲警戒のため、慌しくM1が発進してゆくのを望む格納庫の前で、カガリはようやくキサカを見つけた。

「生きていたとはな。あの砂漠の虎が」

 苛立ち紛れにカガリがつぶやくと、キサカはいつになく感傷的に笑う。

「よかったじゃないですか。これで戦力が増えます」
「あのなぁ、キサカ!アイツはタッシルを…、おまえの故郷を焼いたんだぞ!」
「カガリ様、あの時は戦術的に仕方なく…」
「仕方が無ければいいのか!?おまえは納得できるのか!?」

 カガリは大きく怒鳴ってから、少し俯く。その目には涙。

「故郷を、焼かれたんだぞ?…それでもか?」

 二人の故郷は、炎の中に朽ち果てて。

 優しい娘。
 人の痛みを自分の痛みにできる娘。
 だから、なのだ。
 キサカは揺るぎの無い信念で、カガリを守ろうと改めて思う。
 やはり小さくてもウズミの娘。
 人を惹き付ける。

「故郷を失くしても、守るべきものがあれば、それが帰る場所です。私も、先程は驚愕いたしましたが、私怨を捨てなければ前には進めません。カガリ様、オーブは全てを失ったわけではありません。ならば、守りましょう」

 懸命に、言葉を受け入れようとするカガリ。
 それでもキサカに対しては甘えがあり、唇を噛んで悔しさを堪えている。
 納得する為に。

「では、どうすればいいと思う?アイツは敵だったのに」
「カガリ様はバルトフェルドを直接ご存知なのではないですか?ならば、解かるでしょう?」
「…うん。もっと、ヤツを知ればいい」

 キサカがカガリの肩を軽く叩く。
 ほんの少しずつでも成長している、この我が侭娘を見守ることができて、心底嬉しいと、笑う。

「エターナルが合流した後、その砂漠の虎を私にも紹介してください。カガリ様」
「“様”をつけるなっ!ああもう、今から何を言うか考えておかなきゃ、また怒鳴ってしまいそうだ!」
「今考えていても、その場で忘れるのがオチですよ」
「…何か言ったか?」
「いえ、別に」

 格納庫前の宙域を映し出すモニターに、エターナルと思われる光点が現れたのと、二人を呼び出す艦内放送が響くのはほぼ同時だった。


+ + + + + + + + + +


「よう、お久しぶり。と言ってもいいかな?」

 コロニー・メンデルのポートデッキに到着したカガリたちに、アスランがエターナルの乗員を紹介しようと近づいたとき、それを制して、低く朗々とした声が響き渡る。
 先手を打たれた形のカガリは、機嫌悪そうにその相手を睨んだ。

「バルトフェルド隊長、カガリをご存知なのですか?」
「さぁてね。知っているといえば知ってるし、知らないといえば知らない」

 以前に会ったときと同じ、いいかげんそうな男だとカガリの視線がきつくなる。
 言っていることはその通りなので、余計に腹が立つ。
 ここでペースを乱してはやられっぱなしになりそうで、怒鳴りたいのはぐっと堪えようと努力する。

「カガリ・ユラ・アスハだ」
「まさか、オーブの姫君だったとは、あの時は思えなかったがね」
「うるさい!戦場で女をはべらせてるおまえよりもましだろう!おまえこそ、あの時の美人はどうしたんだ?ふられたのか?」

 カガリにドレスを着せた人。
 アイシャ。
 バルトフェルドの表情が一瞬だけ曇り、後は懐かしむように遠くに視線を投げる。

「…そうならいっそ良かったが、彼女はこの片目と片腕を持っていった」

 バルトフェルドと前に会ったときから今と比べて、姿が変わることになった出来事。
 あの時の戦闘以外にありえない。
 彼を傷つけ、彼女と別れることになった原因は、カガリにもあったのだ。

「すまない…」
「なあに、次に会ったときに返してもらう約束をしている」

 二度と会えないわけではない。
 バルトフェルド自身、そう信じているわけではないが、そうであればとも願っている。


「地球で、オーブで、何が起こったかは地球連合軍辺りが脚色しまくっているニュースで把握済みだが、当事者側の意見は誰に聞けばいい?」
「キサカに。オーブ陸軍第21特殊空挺部隊、レドニル・キサカ一佐。父の信頼も篤かった」

 カガリは隣に控えていたキサカを紹介する。少しの緊張を孕みながら。

「よろしく」
「こちらこそ」
「キサカは…砂漠生まれだ」

 カガリが言わなければ知らないことだっただろう。その方が良かったのかもしれない。だが、カガリは言わずにはいられなかった。隠すより、初めに話しておく方がいい。心の居場所を作っておくべきだと、そう思った。
 キサカも僅かに戸惑ったが、カガリの幼い葛藤と望みが覗くその瞳に、応えるべきだと頭を下げる。

「ならば申し訳ないことをした」
「済んだことです」

 短く交わされた言葉で、断ち切られた悲しい連鎖。
 カガリも、ホッと息を吐く。
 その時バルトフェルドがいきなり何かを思い出したように「あ」小さく声を上げる。

「時に、キサカ一佐。ドネル・ケバブはチリかヨーグルトかどちらのソースを使う?」
「は?」
「チリ!チリだよな!?」
「おいおい、砂漠生まれの彼が好むのはヨーグルトだろう?」

 いきなり自分を肴に言い争いを始めた二人に、キサカが戸惑いながら退く。
 ここで話さなければならない程の、そんなに重要な話だとは思えない。
 とりあえず、穏便に済ませたい…のだが。

「どちらも好き、という答えではダメ…ですか」
「おまえはキラかー!」

 カガリが絶叫し、そのまた隣で成り行きを見守ったままだったアスランに質問の対象を変える。

「おい、アスラン!おまえはどっちだ!?」
「え?何が?」
「ケバブだ!ドネル・ケバブ!知らないのか!?」

 アスランはケバブを食べたことが無かった。その知識も無かった。
 カガリは何が何やら解からないという顔をしているアスランの肩に掴みかかろうとして、見送ったときとは違う様子に気付く。

「おまえなんでまた怪我してるんだ!?」
「今気付いたのか?」
「う、…だから、なんで!?」
「バルトフェルド隊長に、助けてもらった。いろいろあったんだ」

 プラントで。
 父に会いに行くと行って出て行ったアスランが怪我をして、逃亡してきたエターナルで戻ってきた。
 何があったのかは解からなくても、アスランにとってプラントが安全な場所ではなくなったということはカガリにも想像できた。
 沈みかけた表情のアスランに、小さく「おかえり」と告げて、カガリはバルトフェルドに向き直る。

「ありがとう。アスランを助けてくれて」
「いきなりしおらしいな。どうした?彼氏だったか?」
「違う、そうじゃない。ただ、大切な…」

 友達?ではないような気がする。
 婚約者がいるんだっけ?
 そこまで考えて、カガリは迷っている自分に気付く。
 が、次の瞬間に思いついた言葉に、自分でも最高だと思って笑う。

「アスランはアスランだ。私の、大切なアスランだ」



end



前半のキサカガの属性は「主従」!主従いいねぇ〜〜(笑)
後半は、ユカイな仲間達。

2003.08.15


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