嫉妬ほど醜い感情は無くて。
 知られたくなくて、平然を装う。
 そんな自分が嫌になる。なのに、止まらない感情。

016.
嫉妬


「それで?虎さんはどういう人だった?」
 デスクをはさんで差し向かい。
 ドリンクボトルで飲むコーヒーは味気ない。やっぱりコーヒーはインスタントでもカップに入ったものの方がいい。
 宇宙空間ではそれも贅沢。
「残虐非道…という感じではありませんでした。あなたより先に、知り合いになっちゃいましたね」
 そう言って彼女はニッコリと笑う。
 アフリカの砂漠で、俺が言ったことを覚えていた。
「智将というか、猛将というか、一見つかみ所が無さそうなのは、あなたに似ていたわ。味方にすれば頼もしい感じでした」
「ふーん」
 俺の知らない男を誉めるかねぇ?
 まあいいけど。できるだけ、平然と、努力して笑う。
「他には、何か話した?」
 聞くと、彼女は何かを思い出してクスクスと笑い出す。
「コーヒーが趣味なんですって。かなり熱く語られてしまいました。エターナルの艦長室は1Gに重力設定ができるから、豆から挽いて落としたコーヒーが飲めますよ、是非飲みに来てください、ですって」
 ふーん、と相槌を打ちそうになって、そりゃー聞き捨てならないなぁ。
「行ったの?」
「はい?」
「コーヒー飲みに…」
「今日は行ってませんよ。ご挨拶だけでしたもの」
 今日は、か。後日改めて、か。
「どうか、しましたか?」
「いや、別に…」
 彼女が俺を覗き込むように見る。
 どうしてこんなに無防備かな?
 誰にでも優しい彼女は、きっと虎にもこんな顔を見せたのだろう。
 愛しさと、どうしようもない嫉妬。
 彼女に気付かれたくはない。それでも、笑顔はもう作れなくなってしまう。

「ところで、あなたの方はどうだったんですか?初めてでしょう?」
「ああ、M1アストレイとの連携のこと?俺向いてないよ。元々ゼロでも単機で行動することが多かったし。隊を組むよりバスターとつるんでる方が楽なんだが…」
「そんなわけにはいかないからって理由の演習でしたよね?」
「まあね。今度はM1との戦術シュミレーションでもして…」
 言いかけて、彼女からさっきの笑みが薄くなってることに気付く。
 なんだか、こう、無理して笑ってるような。
「何?どうかした、俺?」
「いいえ、何でもないんです!」
 目に見えて動揺してる。
 何かしたっけ?俺。
「エターナルにクサナギ。戦力は倍増ですが、伴う問題も増えましたね。バルトフェルド艦長とキサカ一佐と。友好的になってくれるといいんですけど。大丈夫ですよね」
 話を逸らした。
 俺をみて笑うのは、同意を求めて?それとも他の誰に期待をこめて?

 急に欲しくなってキスをする。
 でも、俺は嫌な感情に支配されている。
 彼女の中の誰かを消したい。でもそんなことは無理で。
 気付かれてしまったかもしれない。
 どこかよそよそしい。

 彼女も、今のキスにはのってくれない。

「…なあ、艦長」
「はい」
「何か、気付いた?」
「何か、って何ですか?」

 少し悲しそうに目を伏せて、短く距離をとる。

「俺って、ヤなヤツ?」
「…私が…私が嫌な女なんです!」

 一瞬、彼女が何を言っているのか解からなかった。
 悔しそうに目を逸らすのは、自己に嫌悪しているから…で。

「アストレイとの演習中、回線がオープンになったので、女の子たちとの話を聞いてしまいました」
「え?ああ、でも、たいしたこと喋ってなかっただろ?」
「どうして、個人プロフィールまで教えてるんですか!?」
「は?」
「身長とか体重とか、生年月日とか血液型とか!」
「別に隠すことじゃないだろう?ってか、単に聞きたかっただけじゃないの?」
「違いますよ!」

 …ひょっとして、嫉妬、されている?

 こんな些細なことで。
 嬉しくて、可笑しくて、彼女を覗き込むと、心底悔しそうに目を逸らされてしまう。
 たまらずに笑い出してしまう。

「なにが可笑しいんですか?」
「あははははっだって、まさかね」
「…もういいです。あなたが何も気にしてなかったって解かりましたから」

 ようやく彼女の表情からマイナスの感情が抜ける。
 苦笑うのも可愛らしいと思う。

「ところで、あなたも自分が嫌なヤツとか仰ってましたが、それってどういう意味ですか?」
「え?」

 そーいや、虎のこと、嫉妬してたっけ?俺。

「どうでもよくなった」
「はい?」
「虎んとこ、コーヒー飲みに行くんなら、俺も連れてけよ。マリューさん」

 彼女は少し考えて。
 真直ぐ俺を見る。

「もう、“さん”はいりません。マリューでいいです」
「え!?いいの?人前でも?」
「私も、ムウって呼ばせていただきますから。構いませんか?」

 まあ、その方が余計な男が寄ってこなくなるだろうから。
 と、彼女の瞳がとても悪戯っぽいことに気付く。
 そうか。
 俺にも他の女の子が寄らないように、なのか。

「了解」

 嫉妬されるほど好かれていたとはね。
 こんなに嬉しい嫉妬も無いだろう?


 もう一度、キスをする。
 今度は、優しく、甘く、切なく、愛おしく。



End



艦長と虎の会話に鷹がいなかったーってんで、あちこちで鷹の嫉妬話を拝見しましたがー。
私が書くとこんな感じ。(笑)
艦長に溺愛な鷹と、鷹に溺愛な艦長。

2003.08.10


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