廊下物語

廊下物語



11月3日

 だんだんわけがわからなくなってきました。ですので、自分の頭の中を整理する意味においてこれから日記をつけていきます。こういった種類の混乱をしずめるには、誰かに話を聞いてもらってすっきりさせるのがベターなのですが、いかんせん私のそばには人っ子一人いません。ただ上下左右コンクリートで間接照明を唯一の道しるべとする長い長い、終点の見えない廊下がつづいているだけなのです。
 そしてわたしはそこを歩いています。歩いているのですがなぜ歩いているのか自分でもわかりません。まわりにドアなども度々見かけましたのでそこに入ることも考えたのですが、そこで誰かが仕事をしていたら邪魔をしてしまうなと考えて思いとどまりました。実際、私が今まで通り過ぎてきたドアの中からは、コピー機の印刷音やらパソコンのキーをタッチする音、野球観戦とおぼしき歓声などがもれ聞こえ、とてもわたしが入っていける雰囲気ではなかったのですから。いや、それは言い訳です。私は単に勇気がなかっただけなのです。その気になれば誰かに助けを求めてこの長すぎる廊下を永遠に進むことも無かったのです。いつかわたしは脱皮し、ここから抜け出せるのでしょうか?ともかくも、そうなれるためにがんばっていこうと思います。

11月4日

昨日は誤って私が今いる廊下のことを書き損じていました。この場をお借りいたしまして陳謝いたします。今後はこのようなことの起こらぬよう善処していく所存であります。
 さて、長い廊下と記しましたここですが、行き止まりが見えないのです。道の先を眺めると暗闇かぼやけるかのどちらかでして、決してつきあたりの壁orドアがないのです。また今まで私が歩いてきたところは、土管の中と思しき円柱形の道や、周りにまったくドアもなく、ただただ永遠と鉄の壁が左右に連なるようなところなどもあり、もはや廊下なのだか通路なのだかわからない場所もありました。
 もちろん普通の廊下もありました。一昨日はこぎれいなオフィスの廊下を通り過ぎましたし、3日前にはコンサートホール脇の廊下を通り過ぎました。スタジアムにある、観覧席直下の通用廊下を通り過ぎたこともありました。こうしてどんどんいろいろな場所をめぐっているのですが、確かにそこを歩いているという実感を持っていても、次の瞬間には別の廊下に足を踏み入れているような状況がつづきまして、まったく脈略無く永遠にこの廊下は手を変え品を変えつづいていっているのです。ちなみに今私は昨日いたコンクリートの道をぬけて、古い小学校の廊下のようなところにいます。
{6‐3}や、{理科室}、{校長室}などと書かれたプレートがそれぞれのドアの上に掲げられています。壁と廊下は木で、ニスででもみがいたかのようにつるつるしています。そのおかげでしょうか、すこしこおばしい、木と油の混じったようなニオイがします。私が歩を進めるたび、床はミシミシ、ミシミシときしむのです。足元をよく観察してみると床板と床板の間に5mmほどの隙間が確認できます。
 どうやら今は授業中のようで、体育で空きになっている教室や先生と思しき人が黒板に字を書いているところ、あと国語でしょうか、本を朗読する男の子の姿なども確認できます。
 やっぱり、じゃましたら・・・いけないですよね授業中なのに。そもそも私は小学校のころ、授業に遅れてどえらく先生からどやされた記憶がありますので、この状況、周りは授業をしているのに自分一人だけ廊下にいるというこの状況にトラウマ的恐怖を感じているのです。
 だから、せっかく人が周りにたくさんいるのですが、ここは通り過ぎようと思います。歩いているうちに、またちがったところに出ることはこれまでの経験からわかっていますし、そこから活路を見出せればそれでいいではありませんか。つぎはどのようなところなのでしょうか?

11月5日

 昨日は日記の最後のあたりで動揺してしまい、お見苦しいところをさらしてしまいました。
 まぁ日ごろのつかれがたまっていたことも少なからず影響していたのでしょう。考えても見てください。いつともわからない昔から廊下を歩き続けるという状況を。そりゃ足腰もつかれます。ですがそれより、精神的に参ります。最初は、それこそ廊下など人間の作る建築物の一構成要素に過ぎないのだからいずれ終点がくるだろうと楽観的に考えていました。いつからでしょうか、わたしがこの状況に希望を抱けなくなったのは。そう、それは自分が歩を進めるごとに周りの風景が変化していく事実を知覚したときからでした。このようなこと、実際にはありえるべくもありません。ですが現にわたしはそういう状況におかれています。それを理解したとき、わたしはこう考えました。
 「1つ1つの廊下が有限でも、連なれば無限になるじゃないか」
 そうおもってからこちら、わたしはなんとかしてここからぬけだそうといろいろ画策している、ということなのです。
 さて、今日はホテルの廊下にいます。1023などと金文字でドアに記されており、その下には真鍮製と思しき郵便桶があります。おそらく、ここに新聞などをいれてもらうのでしょう。そんなドアが左右対象に一定間隔を置いてならんでいます。ドアノブには「おこさないでください」のプレートがかかっている部屋も数箇所見受けられます。・・・ということは今はお昼なのでしょうか。ともかくも辺りに窓がありませんので確認の使用がありません。白熱灯に照らされた廊下は暖かい光につつまれ、実際空調のおかげか温度、湿度共にとても快適です。床のジュータンはふむと沈み込むようでとてもきもちいいものです。
 もちろん小心者のわたしに、きもちよく寝ている、もしくはほかのことをしているかもしれない人の部屋のドアをたたくことなどできません。ここもおそらく今日中に通り過ぎることになるのでしょう。

11月6日

 そもそも、なぜ私は永遠と廊下を歩き続けているのでしょうか?・・・きっかけは今となっては思い出せません。ただ、仕事中トイレにたった記憶ならあります。推測ですが、トイレからかえるときに部屋がわからなくなり、そのまま廊下を進んでいくうちにこのような状況になったのではなかろうかと最近は考えています。
 今日は洞窟です。真っ暗です。一寸先は闇です。足元も悪く段差だらけで、なんどもこけかけました。しかたないので壁を頼りに手探りで進んでいきます。今までは人工的な場所、平らな道だけでしたのでこのような場所ははじめてでとても困惑しています。それとつかれます。細かい段差の上り下り@暗闇というものは、とかく神経と筋肉を使います。それが・・・もう何時間つづいたかわかりませんがともかくもつかれました。疲労困憊です。
 精根尽き果てた私は、その場に座り込みました。壁に寄りかかって、少しの間うとうととしました。
 ほほに風を感じてわたしはうとうとから立ち直りました。風の吹いてきた方向を見るとぼんやり明かりが見えます。たしかに、わたしがへたりこんだときには周りに光源など1つもありませんでした。いぶかって周りを見てみると、・・・床が動いています。さらにいぶかって足を踏み鳴らしてみると、床が鉄板になっています。それが光に向かって私を運んでいたのです・・・。どうやらそれはエスカレーターのようでした。エスカレーターといっても斜めに上昇加工するタイプではなく、地面と平行に進んでいく、よく大きな駅や空港などでみかける動く歩道とでもいいましょうか、あれが足元に忽然と現れていたのです。そしていつしか私の両脇にはベルトの手すりが、エスカレーターと等速ですすむようになっているのでした。
 やがてわたしはそれにのっかり洞窟を抜け、デパートの通路のようなところに出ました。まわりには電工広告で、
「クイズに答えてハワイへ行こう!田中ジュース開業10周年キャンペーン、12月2日まで各店舗で大好評実施中!おいしいジュースとやさしい笑顔、田中ジュースはいつもあなたのお店です♪」や、
「素敵な時間をご提供、喫茶モンマルトル//新メニュー、’マロンクリーム入りサンドイッチ風チョコレートスポンジケーキセットナタデココ付’がこの冬お目見え。柔らかな口どけ、午後の日差し、近しい人々とおいしい幸せを共有しませんか?ただいまキャンペーン期間中につき、入店時に「オッス、おらわくわくしてきたぞ」とおっしゃっていただくと、コーヒーを50円引きにて販売いたしております。この機会にぜひ一度おみ足をお運びください。スタッフ一同皆様のお越しをこころよりお待ちしております」などなどと書かれています。眺めているだけでも非常に愉快です。私はそれまでへたり込むほど疲れていたことも忘れてそれらの広告を食い入るように眺めました。
 いろいろと眺めているうちにエスカレーターが終了しました。そこから降りると右手に自販機、左手にソファーといった風情の休憩スポットが目の前に現れました。なんだかほっとした私は、自販機で「ホットクリーミー黒酢ジュース」というのを110円で購入し、向かいのソファーでくつろぎながらそのよくわからない飲み物を飲み干しました。それを飲み干してゴミ箱に入れると、つかれがどっとでてきました。そして、いつしか私は、そのままうつらうつらとしているうちにそこで寝てしまったようなのでした。

11月7日

朝起きるといきなりソファーだったので、いささかたじろぎました。右を見るとエスカレーターの降り口がありましたので、「あぁ、そういうことか」

と納得すると私は起床しました。  ともかくも先に進まねばなりません。エスカレーターの反対側を見ますと、縦長の窓と手すりのついた、左右にスライドさせて開閉を行うと思しきドアが目に入りました。そこに入るとまた別の世界なのでしょう・・・。そこにはなにがあるのか皆目見当がつきません。ですので、途中で体力がなくなっては大変だと思った私は、向かいの自動販売機から、500mlの「ジューシーレモンカクテル~オレンジ風味~」というのを購入し懐にしまい、件のドアを開いたのでした。
 ドアを開けた先に一歩足を踏み入れると突然ガタゴトとゆれて私は大いに面食らいました。なんとか壁につかまって耐えていると目の前に似たようなドアがもう1枚あります。そしてその奥は煌々として明るいのです。とある予感を持って私はそのドアを開けました。
 真ん中に廊下、左右にコンパートメントとボックスシート、ところどころにドアがあるところにでました。やはり、ここは電車の中のようでした。ですが横幅が広いので、おそらく新幹線のような特殊車両なのだろうと推測しました。
 やはりと言うべきかなんと言うべきか、私以外に乗客が乗っていなかったようなので、私はここがどこなのかを確かめるため、窓のあるところまでつり革や手すりにつかまりつつ進みました。
外を見て驚いたには、そこはまったくの広野なのでした。地平線の丸いことを視認できるほどに、そこにはなんら視界をさえぎるものが無かったのです。しばらく感激してそれを眺めておりますと、車内アナウンスが聞こえてきました。
「ぴいーんぽーん♪、えぇ、つぎはー、ピーーーです。ピーーーへの到着時刻はピーーーを予定しております。つぎはピーーーです。♪ぴーんぽぉーん」。
 ・・・ピーというのは、テレビなどで放送禁止用語などが発言されたときにそれを消すために用いられるあれなのですが、・・・そんなに問題のある駅名なのでしょうか?ともかくもこれに乗ってさえいれば、どこかにたどり着けるのだということがわかりました。安心した私は、手近なボックス席にすわって駅への到着を待つことにしました。
「!?」
 ボックス席にすわって私は慄然としました。私の向かいに、・・・こどもがひとりちょこんと座っているのです。私がこの連続廊下に足を踏み入れてからこちら、いわゆる「人」

と直接出会うのはこれがはじめてなのでとても緊張しました。
 「あの、・・・」
 子供が話しかけてきました。
 「顔が青いようですが、大丈夫ですか?・・・」
「あ、あぁ、ありがとう。だ、だいじょうぶで・・・すよ・・・」
なぜでしょう。うまくことばがでてきません。
 「そうですか。それはよかったです。ところで、どこへのご旅行なのですか?」
「えっと、つぎの駅で降りようとおもってるよ・・・」
当てもないので私はそう答えるより他にありませんでした。すると子供はうれしそうな顔をして言いました。
 「あ、奇遇ですね。実はこっちもそうなんですよ。えっと、踝沢(くるぶしざわ)公園・・・でしたっけ?すごく空気のおいしいいいところですよね」
「あ、いや、わたしはそこに行くのははじめてなんだ」
「そうですか。ほんといいところですよ。ガイドブックにしたためきれないほどの魅力が詰まった土地です。あ、あの、よかったらこれ、見ますか?」
 そういって、こどもは傍らにおいていたバッグからガイドブックをとりだして、わたしに手渡してくれました。
 「あ、うん。ありがとう」
言って、わたしはそれを受け取りました。そこには、その「踝沢公園」というところの魅力が子と細かく紹介されていました。とても自然の多いところであること、ホテルには全室に1GB光イーサネットアダプタジャックと無線ランネットワークアクセスポイントが完備されていること、公園内に生えている野草はすべて生で食べられること、路頭に迷っていた犬や猫を保護し、しつけたうえで放し飼いにしていることなどが書いてありました。
 「どうですか?」
「うん、よさそうだね」
「そうですか。よかった」
子供が微笑みました。それを見て、なんだか私の気持ちも徐々にほぐれてきました。
 「君は、どうしてここに行こうと思ったの?やっぱり旅行?」
私は子供に質問しました。
 「いえ、そうじゃないんです。実は今度ここに引っ越すことになりまして、そのための転居準備なんです」
{引越し}という言葉を発したとき、子供の表情がちょっとくしゃっとなりました。どうしたのだろうと思って見ていると、ぽつりぽつりと子供はここに至る経緯を語りだしたのです。
 「昔、モコっていうしば犬がうちにいたんです。すごくなついてくれて、一緒にいてとてもたのしかったんです。でも、隣の家から「うるさい」とか「くさい」とか、いろいろと言いがかりをつけられまして・・。もちろんモコは日ごろはほとんど吼えないし、すごくおとなしい性格で、1週間に1回ちゃんとお風呂にも入ったし、だからほとんどニオイなんてなかったんです。そもそも、モコは室内でくらしてましたから、散歩ときくらいしか外に出ないんです。・・・だから、つまり隣の人が相当犬嫌いだったのかなって。でも、その嫌がらせの内容がすごかったんです。ある日散歩に出ようと玄関にでてみると、門柱の下のほうに細い真鍮製のワイヤーがピンって張られていたんです。ちょうど、・・・モコの足くらいの高さでした。その時はギリギリに気づいてそのワイヤーを靴のヘリでふんずけて取り除いたのですが、もしモコが何も知らずに外に走り出ていたとしたら・・・、実際、靴のワイヤーをふんずけた箇所にはざっくりとほそながい傷ができていたんです」
 そういって、子供は右足をあげるとそのくつの傷を私に見せてくれました。靴の縁から靴底のゴムに至るまで、一筋の線が天井の明かりをあびてにぶく光っているのが目に入りました。
 「でもそんなのはまだ序の口で、うちの窓にどんぶり蜂をなげいれられたり、市の迷惑防止条例に抵触するからその犬を手放さないのなら訴訟するといった電話もかかってくるようになりました。家族一同、最初こそそれを無視してあしらっていたのですが、だんだんそういう風にもいかなくなり、近所に風説を流されたりして、であるきにくくなりました。そしていよいよ、その隣の人がお父さんの会社に怒鳴り込みに行ったらしいんです。お父さんは、上司のひとから「この問題を解決できない場合は、会社の信用にも関わるのでやめてもらわざるを得ない」と言われて、とりあえずなんとか説得して保留にしてもらって家に帰ってきました。そこで、家族で話し合って、引き取ってもらえそうなあてがなかったので、人目のおおいところにモコを、・・・おいてこようってことになったんです」
こどもはここまで一気に離し終えると、ふぅーと息をつきました。こどもの目には涙が見受けられました。私は、いつしか話に聞き入っていました。
 「だけど、保健所とかに捕獲されたら窒息死で殺されちゃうじゃないですか?だから考えたんです。・・・ほら、GPSってあるじゃないですか。あの、どこにいても居場所がわかるっていう。その発信機をモコの首の後ろにつけて、そして・・・わかれたんです。もし保健所がモコを捕獲したのなら、引き取りに行こうって、それだけを考えてそうしました。その後のことは、もう考える余裕がなくなっていました。ほんとに残念でくやしくて、いたたまれなかったんです。・・・。で、幸いなことに、モコは保健所のある方向とは別の方角に移動していくことが探知できたんです。そのときはホントうれしかったなぁ。・・・ただただそのときは、モコが新しい家族と一緒に幸せになってくれることだけを祈って暮らしていました。そうこうしているうちに、発信機の寿命が来たらしく、モコを追跡できなくなりました。それから数年して、この踝沢公園に家族で旅行に行ったんです。なんのことはないふつうのレジャーのつもりだったのですが、園内の巡回モノレールに乗っているときに、中央広場だったかな、そういう名前のスポットで、茶色い犬と黒いおおきい犬がならんでひなたぼっこしているのが見えたんです。なんとなく気になったのでその犬たちのことを、案内してくれてたガイドさんに質問してみたんです。すると、この公園で身寄りのない犬や猫やウサギやらを保護しているのだとおしえてくれたんです。それで、ひょっとしてとおもって、モコが保護されていないかどうかも聞いてみました。ガイドさんは、自分にはわからないが、中央管理棟の事務局に問い合わせてくれると約束してくれました。公園の案内が一通り終わって、その中央管理棟に早速行ってみました。まず、そこの職員の人が、モコの特徴に類似した写真を何枚か見せてくれたんです。でも、数も膨大で、探すのにはすごく時間がかかりそうでした。家族総出でさがしていると、職員の人がモコが発信器のようなものを付けていなかったかと質問してきました。していましたと答えると、その製造番号と型番、受信側機器のシリアル番号はわかりますかと聞かれましたので、今はわかりませんが、家に帰ったらすぐに調べることができますと答えました。すると、職員の人は「わかりました。では、それらがわかり次第、こちらにご連絡ください」そういって、電話番号とメールアドレスを教えてくれました。家に帰って、早速それら情報を確認して、電話で報告しました。すると、その機器の写真とシリアル用紙をスキャンしたものを電子メールで送信してくれないかと言われました。それでうちの一家がモコの本当の飼い主なのかどうかの照合を、GPSの追跡をやっている業者から取得した顧客別パーソナルデータと比較・照合して確認するのだと教えてくれたんです。早速PCからメールをだしました。ほどなく返事がもどってきて、確認がとれたこと、モコは元気にやっていること、モコの処遇についてはこちらに一任するが、別名あるまでは公園が保護を継続することなどをしたためた返信メールとモコの写真がかえってきました。写真に写ってるモコは、以前と全く変わらずやさしい表情でこちらを見ていました。そのときは、本当に胸の奥がドクドクとして、うれしいやら安心したやら、いろいろな感情が内交ぜになって、でもこころから安堵したんです。そのことを家族に話すと、お父さんは会社を辞めるといいました。このままここにいつづけてもモコが帰ってきたらまた隣家からいやがらせをされることは必定だろうから、お父さんはその踝沢近辺で働ける場所を探すって言ってくれたんです。そして、モコの処遇については、隣家からかつていじめをうけていたことなどを再びメールで公園側に説明し、父が新しい職場をそちら方面で探しているので結論はもうすこしまってほしいと書きました。すると、それへの返信として、公園側で住宅や職場を斡旋できるかもしれないが、迷惑でなければ資料を送るがどうか?」というふうに言われましたので早速送ってもらい、ほどなくお父さんは踝沢公園にあるホテルの一つで事務の仕事をすることになったんです。自分も清掃係として雇ってくれるとホテルの人は言ってくれました」
「なるほど、そして君はいま新居に向かって旅をしているというわけなんだね」
「はい。前の家は売り払って、お父さんたちは先に公園の方にいっちゃったんですが、学校の関係とかいろいろで、この2週間ほど前の街にのこってたんです。だから、この電車を降りたらほんと何年かぶりにモコに会えるんです。それを思うとなんだかすごくうれしくて、でもなんだかモコにたいして申し訳ないような気持ちもあって、なんだか妙な心持ちです」
そういうと、子供は先ほどのガイドブックを再び取り出し、「これ見てください」

と、表紙の左上を指さしました。
「この子がモコちゃんかい?」
「はい」
そこには、ふわっとした毛並みの温厚そうな白い犬がこちらをねむたそうに眺めている写真がありました。なるほどすごく気性の良さそうでやさしそうな犬でした。
 「可愛いじゃないか」
「そうですね。ほんと、ともかくも一刻も早く会いたいです」
子供はいかにも待ちきれないといった雰囲気で、その写真をじっとながめているのでした。
 「・・・・・・なんだかすいません。初対面なのにいろいろと一方的にしゃべっちゃって」
「いや、いいんだ。気にしないでよ」
それより私は、この子供には不思議と心を許して話せるのでした。今までは、あれほど人と話すことが恐怖だったのに、自分自身でも不思議でした。それは相手が子供だからなのか、相手がこちらに心を開いて身の上を話してくれたからなのか、それとも他に理由があるのか・・・。
 「ところで、君の名前はなんて言うんだい?」
それからしばらくたって、私は子供に問いかけました。

「?」
おや?と私は思いました。その名前に聞き覚えがあったからです。
 「

いい名前だね」
「ありがとうございます」
「つかぬ事を聞くが、君はどこかでわたしと会わなかったかい?」
「・・・ごめんなさい。あなたと会うのははじめてだとおもいます」
「いや、いいんだ。こちらの勘違いかもしれないし、気にしないでいてほしい」
ここまででかかっているのですが、どうしても思い出せません。

・・・確かに記憶にあるのですが、この喉の奥に魚の骨がつかえたような感じはなんなのでしょうか?
「ぴぃーんぽーん♪、えー、つぎはー、く、踝沢公園ー踝沢公園ー ♪ぴぃーんぽぉーん」
ほどなく、アナウンスが駅が近いことをつげました。子供は降りるための準備を始めました。そして電車は静かに、広々とした近代的なプラットホームへと滑り込んでいきました。私と子供は一緒にホームに出ました。緑の香り漂う気持ちいい風が、空間をかけぬけていくのがわかります。確かに、周りには木もおおくしげっており、自然の多い所なのだなと思いました。  「では、ここで失礼します。いろいろと話を聞いてくださってありがとうございました」
子供は一礼してからそういうと、{関係者専用エレベーター}と書かれた扉の方に向かって歩き始めました。
 「あ、

「はい」
<「その、モコちゃんによろしく・・・」
「はい。電車の中ですてきな人とであったってつたえます」
なんだか私には、いつしかその子供と別れることがとても名残惜しく、そして大いなる機会損失な用に思われ、少しでもその子供と一緒に痛いと強く感じるようになっていました。でも、予定があらかじめ定まっている物はどうしようもありません。子供はエレベーターに乗って去っていきました。
 仕方がないので、私も一般客用の階段に向かって歩き始めました。階段を登り切ると駅の廊下に出ました。そこをあるきながら、私はまた孤独を感じるようになっていました。
 でも、それはポジティブな孤独とも言えるような物で、あの子供と会う前の心持ちとは明らかに違っていました。
       END



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